日々・from an architect

歩き、撮り、読み、創り、聴き、飲み、食い、語り合い、考えたことを書き留めてみます。

お知らせ

2018-02-19 21:50:45 | Weblog
最近迷惑コメントとトラックバックが送られることが多くなりましたので、当面確認の上公開させていただくようにします。どうかよろしくお願いいたします。
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森一郎教授の「ニーチェ」 にトライ

2017-03-19 21:28:02 | 日々・音楽・BOOK
文庫本「愉しい学問」(講談社刊)をお送り下さった東北大学´森一郎教授`のトークショーを拝聴した。
この3月18日(土)、東京駅八重洲口を出た道路の向かい側、八重洲ブックセンター8階のギャラリーである。本のカバーは、仙台の写真家小岩勉さんの、広瀬川で遊ぶ子供たちの姿を撮ったストイックなモノクロ写真で構成されている。数年前に小岩さんと共に、東北各地の広大な被災地巡りをした折、この写真を撮った処で被災の様相を見て、コトバが出なかったことを想い起こした。

この507ページに渡る分厚い本には、詳細な訳注と、「訳者あとがき」とした森一郎教授の綿密な論考が記載されているが、まずこの冒頭の序文を一読することから僕の読書がスタートした。そして彼方此方に傍線を引くことになったものの、この序文もまた貴重な読み処なのだ。

森教授が東京女子大学(東女・トンジョと呼称)に在任時代、A・レーモンドの設計による東寮と体育館を何とか残したいと、トンジョのOG連と共に活動をしたものの残すことができなかったことを想い起こす。

この度のギャラリートークには、そのときの東女OGの方々が数名在席されていた。お互い笑顔で思わず握手をしたりすることになった。そして、おそらく終生、僕の心のどこかに東女でのそのときの保存活動の経緯が留まっていることに気がついた。
森先生の講話をお聞きした後、ブラ歩きをしてOGの方々と昼食を共にする。

この一文を起稿しながら『喪われたレーモンド建築』と題した、『なぜ残せなかったか?』とサブタイトルのある著書を本棚から取り出して久し振りに観ている。僕が寄稿した「不条理と戦う考」と題した一文を読み返したりした。
その表紙には、『ホンモノは、「残さないでよかった」ことは一度も無く「残してよかった」か「残せばよかった」しかない』と記された東女のOG、作家永井路子氏の一文が記載されている。
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沖縄ん!(3)實清さんの器

2017-03-11 18:36:35 | 沖縄考
大嶺實清さんとの陶話が尽き無かったが、ふと陶棚に沿った床においてある二つの器を持ってきてごらん!と言われた。そして根路銘さんと僕にプレゼントしてくださるとのコト、二人で思わず顔を見合わせる。

一つは天目形、そしてもう一つは沓形。僕はこの沓形の景色と同じの小ぶりの平形に近い實清さんの器を持っている。しばし考えて根路銘さんと眼を合わせながら、持っているのと同じ景色だけどこっちにしようかな!とぼそっとつぶやいた。彼はにこやかな笑顔に・・・實清さんも笑みを浮かべる。

帰郷してからどう使っている?と電話をしたら、眼路銘さんは載いたお茶碗でご飯を食べてますとのこと、さて僕は!
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空の旅を味わう~福岡・別府・大分へ

2017-03-05 20:17:50 | 自然
6ch・The World of Jazz from Concord Music Group 記載された機内オーディオ番組。ANAで飛ぶ空の旅の何よりの楽しみ。こう始まる。
「ハロー マイネームイズ ローレンス・タンター。」

この2017年3月1日.ANA243便、羽田発am8:20.福岡am10:15。ANAスカイホリデーの機内でこんなメモを´旅のご案内`に書いた。

『`ムクムクと盛り上がる雲を、窓の下方や間近に観るのが好きだ。時折りそのなかに潜り込んでくる真っ白、何も見えなくなって舌打ちすると、すぐのそっと空が開けて!
座席に設置のインターホンではJAZZ。アート・ペッパーのトランペットが叫んでいる。時折り何時までも時の経緯を忘れさせるタナーの「ベリーナイス」との一言と、この番組の懐かしきテーマソング繰り返されて聴こえてくる。』

<追記:写真は、帰郷の日、大分空港から羽田空港行きの、ANAとタイアップしているソラシドエアからの夜景です>
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沖縄ん!(2)黒の筒茶碗

2017-03-01 17:41:44 | 沖縄考
大嶺實清さんの陶房に伺い、トライしていると思われる黒の筒茶碗を前にして今年もまた根路銘さん共々實清さんの陶話に聞き入った。

實清さんは予予(かねがね)利休を支えた長次郎と織部を引き合いにしながら、「楽」一徹の利休と、折々に姿を変えていく織部の作陶に目を向けながら、ご自身を「俺は織部だなあ!」と述べたことが僕の中にいつまでも留まっている。

しかし目の前の筒茶碗と、それを包み込むという若き織物師作の織物を前にした論考は、八十歳を超えてもまだ新しい世界(利休の世界だろうか!)にトライする意気込みと、思わず手に取って魅入ってしまった茶碗に魅せられた。
ふと気がつくと1時間半ほど時を経たが、その間に大勢の人々が訪れて、次々と實清さんの作品を手に入れていく。時折實清さんはにこやかに彼ら(彼女ら)に声をかけ、一瞬和やかな空気が近辺に漂うのだ。
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沖縄ん!今年の訪沖(1)

2017-02-26 16:20:37 | 沖縄考
盟友、沖縄(那覇)の建築家国場幸房さんが昨年の12月に亡くなった。
十数年前からの訪沖の際、沖縄のジャズ界を率いてきたJAZZのライブハウス「寓話」でJAZZを味わうことを何よりの楽しみにしている僕は、近年、寓話の常連だった幸房さんとご一緒することも楽しみになっていた。そして建築家同士、幸房さんの処女作とも言える`ホテルムーンビーチ`や`沖縄公文書館``沖縄美ら水族館などを案内してもらい、建築談義をしたことなどに思いを馳せる。瞑目することしか出来ないことに、`生きることとは何か`とついついうつむいて考え込んでしまう。

今年の訪沖は、建築家根路銘さんと共に国場さん宅に伺い、お仏壇にお線香をあげさせて頂く事、そして例年の聖クララ教会でのコンサートを拝聴することでもあった。

<余話>
本文が意を尽くしていないのに、余話とは!と我ながらどうかと思うが、この訪沖、初日17日に一人の建築家(宜野湾市在住)にお会いし、建てた建築を案内してもらってヒヤリング。夜は「寓話」へ。

18日(土)には東京原宿から那覇の実家に一時戻った女性インテリアデザイナーと共に国際通り近辺の那覇市内巡り!そして一緒に聖クララへ。コンサート拝聴。冒頭に教会堂満席の聴衆に一言挨拶をさせてもらった。そして深夜まで、このコンサートに関わった建築家と音楽家と共に痛飲。

コンサート翌日の日曜日には、沖縄本島のほぼ半周を根路銘さんの運転する車で案内してもらい、まずは読谷の陶芸家「大嶺實清」さんの陶房へ、2時間ほど陶器を初めとした文化論考を・・・僕の大学の後輩が實清さんの陶房に、1年振りの出会いを楽しむ。そして今宵もまた寓話へ。

翌20日(月)最終日、途中から沖縄の構造設計を担っている建築家新川さんが同乗、一味違う本島巡りを楽しみ夕刻帰郷。

<写真:昼食をとった沖縄ん・・・>
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明朝からの訪沖を直前にして

2017-02-16 15:42:12 | 日々・音楽・BOOK
明朝からの訪沖は、建築家根路銘さんと共に、亡くなられた盟友・沖縄の建築界を率いてきた国場幸房さん宅へ弔問、明後日・2月18日(土)の夕刻から行われる「聖クララ教会」でのコンサートを拝聴することです。そして宜野湾の建築家を訪問して建築を拝見させていただき、お話をお聞きします。

更に、大嶺實清さんを陶房に訪ねて陶話談義、JAZZの寓話にも!と書き記しながら、JAZZの好きだった国場幸房さんのにこやかな笑顔が蘇ってきて、瞑目することにもなりました。お線香をあげさせていただきます。
コンサートの前には、東京原宿で女性連で建築に取り組んでいる工房の沖縄出身の建築家が、一時帰郷しているので、那覇を中心とした建築探索をしようと言うことになっていますが、さてどこへどうやって! 多分、国際通り界隈のブラ歩きでしょう。そして一緒に聖クララへ!コンサートを支えている音楽家海勢頭さんとも久しぶり、ラサール神父にもお会いしたいものです。

月日の経つのが益々早くなり、己の來住越し方を振り返りながら、さてどうしたものかと思う昨今ですが、南国沖縄の沢山の知人の顔が浮かび上がり、やあ!と握手をしながら、その方々との尽きぬ会話を楽しむことになるでしょう!

<写真 2014年5月23日撮影>

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ウード奏者常味裕司の演奏と語り口に酔いしれる

2017-02-07 19:01:11 | 自然
武庫川女子大学教授岡崎甚幸教授の企画・構成による`日本工業倶楽部会館大会堂`での講演会を拝聴すると、どの企画も僕の問題意識と重なることがあったり、思いがけない視点での論考に眼を見張らせられたりすることもあって興味が尽きない。とりわけ「シルクロードのキリスト教文化」のシリーズは、見果てぬ夢への刺激を受け、思わず瞑目したくなることが度々おこる。

この2月4日(土)の、篠野士郎東京工大教授の「東アナトリアのキリスト教建築」と杉本智俊慶応義塾大学教授の「聖地イスラエルのビザンツ教会」というテーマと論考に好奇心が刺激されたものの、現在の生々しい迫害・戦地の様相などには全く触れられなかったことに、ある意味ショックを受けた。
学者・研究者とはそういうものかと瞬時思ったものの、この一文を書きながら、とりわけ本智教授の柔らかい語り口に人柄が感じ取れたことを思い起こし、僕も含めて聴講者の常識として、あの地域の厳しい状況をある程度知っていることを前提としての講義、つまり僕の知識不足が問題なのかもしれないとついつい考え込むことにもなった。

ところで伝えておきたいのは、お二人の講義の前と、講義が終わった後に登場されたウード奏者常味裕司氏の演奏と語り口に酔いしれることになったことだ。ウードと言う楽器の説明をうまく出来るとは思えないので割愛したいが、そうもいかないだろう。
形態はマンドリンやギターの様相、琵琶にも類似している。11弦なのはアラブ・トルコなどの微妙な音階を奏でることによって生まれたのだろう。

それはそれとして、微妙な音階と常味氏のお人柄とが一体となって、得も言われぬ見果てぬアラブの空気を味わうことができた。同行したわが娘もこの常味氏の演奏と、伝わってくるアラブ・トルコの自然と人々のその姿を感じ取った様相で、親子で、得も言われぬ一時を過ごすことができたことを伝えたくなったものです。

<会場での写真撮影は遠慮してほしいとのことで写真がありません。案内チラシの一部を紹介しておきます>

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フリードリヒ・ニーチェの愉しい学問

2017-01-30 14:23:27 | 文化考

東北大学の森 一郎教授(哲学)が送って下さった「愉しい学問」と題したニーチェの著作を読み始めた。
まず何よりも森先生の送り状に魅せられる。こう終わる。・・・私としては、ぼそぼそと夢に描いてきた「世界への愛 amor mundi」の成就を目指そうと、懲りずに自分に言い聞かせています。まだ私は生きている。まだ私は考える。とぶつぶつ繰り返しながら。・・・

まだ私は生きている。まだ私は考える、と言うフレーズは、ニーチェの一言を汲み取ったものだが、ニーチェはこのあとこう続ける。「すなわち、私はまだ生きていかなねばならない。なぜなら私はまだ考えなければならないから。」そしてそうだった、とどこかで聞いたか読んだのかさやかではないが「我在り、故に我思う、すなわち、我思う、故に我在り」は心に留まっている。

朝のロマンスカーに揺られながら55ページまで細々と読み砕いてきたが、こんな僕のコトバをアトランダムにメモした。

深淵 諧謔、洞察、僭越、多様、微笑、失笑、悦楽、トドノツマリ、懐疑、目配せ、羞恥 示唆

それはともかく、この著作の第一部、第二部は1883年に起稿、第3部が翌年と続けた。なんと130数年前のことになる。それが現在(いま)に生きる森教授や、門外漢の僕にさえも身近な課題として問題提起されて、己の來し越し方に瞑目することになるのだ。

それにしても分厚い507ページ。さてどうなることか!と思いながらも実は、この著作を胸に抱いて、岩波新書の湯浅学著「ボブ・ディラン ロック精霊」をあっという間に読み飛ばしてしまった。

<愉しい学問のカバー写真は、仙台の写真家、盟友でもある`小岩 勉`さんの写真です>。
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全日本卓球選手権を見ながらの若き日

2017-01-22 19:05:27 | 日々・音楽・BOOK
若き日、卓球にのめり込んだことがあった。この連日の「全日本卓球選手権」のTVの放映を見ながら思い起こすことがある。

嘗て、とは言っても数十年前にもなる高校生時代、高校では文学部の部長を担いながらも荻村伊知郎の時代、住んでいた柏(千葉県)の伯父の会社の社宅の近くに小さな卓球場が出来た。ふと出かけてみたら、その卓球場の近くに住んでいた東京都庁の職員と出会い、その穏やかな笑顔と端正な風情に引き込まれ、卓球にのめりこむことにもなった。
お名前を失念したが、その方は、全国都市対抗戦の東京都の代表を担う、荻村の盟友だった。そんなことを聞きながら卓球を学んだ。

そして僕は、母校での球技祭、3年生のときにクラス対抗球技祭でキャプテンとしてクラスを率いて優勝する。何となく苦笑いをしたことを想い起こすのは、決勝戦で1年生だけは卓球部員の参加を認める仕組み、対になった最終戦、相手は卓球部の俊英、1年生なのにレギュラー。僕たちはクラスメートともにこの卓球台を取り囲み野次を飛ばす。びびった1年生はミスを連発して僕たちが勝った。試合終了後その後輩にごめんね!と囁いたことを憶えている。

荻村が世界選手権で何度か優勝し、国際卓球連盟の会長を担ったことなど想い起こしている。同時に世代が替わり、卓球の技術的なスタイルも変わってきているとは言うものの、その面白さに替わりはない。とは言いながらも、余りにもいまの若き選手たち、生涯を卓球に依存するのかと、ちょっぴり気になっている。

<余話>こう書いてきた僕はいま、錦織とフェラディの全豪テニスの生中継に捉われている。写真がないので何時ものように空を!
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