日々・from an architect

歩き、撮り、読み、創り、聴き、飲み、食い、語り合い、考えたことを書き留めてみます。

東京女子大旧体育館に響きわたった ビートルズの「アクロス・ザ・ユニヴァース」

2009-06-14 10:43:25 | 建築・風景

ジョン・レノンの爪弾くギターの音を聞いた途端、東京女子大旧体育館のあの空間が浮かびあがり、ジョンが唄いはじめると、僕たちの前で慈しむようにギターを弾き唄う英文科のホープ中野学而講師の姿が瞼に現れた。曲は「アクロス・ザ・ユニヴァース」。
心にじんわりとしみ込んで来るいい唄だ。
東女(トンジョ)旧体で、中野学而がギターを弾きながら唄たったザ・ビートルズのアルバム「LET IT BE」の3曲目に収録されたこの曲が、僕の生活の一部に、おそらく生涯留まることになった。

2009年5月20日(水)の午後、(2009年と記録しておきたいのだ)旧体育館で学生が主催した「体育館=社交館」復活イベントで、永井路子さんや鳥山明子さんと共に、レーモンドの設計したこの体育館への想いを語り合ったあと、森一郎哲学科教授から最後にもう一言如何ですかと言われ、面々と熱い想いを語り継いだものの、コトバの限界を感じていた。
中野講師が、いきなりギターを弾き始めたとき、ああこれだと思った。唄が響く。旧体がコンサートホールになったが、理屈なんてどうでもいい、ビートルズだ。かつてプロを目指したという中野学而が、あっけなく僕のコトバを飛び越えた。

最近あまり聞かなくなったが、ひところ「ビートルズ世代」という言い方があった。60年安保世代、というのもあったし、安田講堂世代もあった。60年安保は僕の少し前の人々の「焼け跡派」のもののような気がしたし、安田講堂・大学紛争は、団塊の世代。僕の歳を通り越した。ビートルズ世代は、その団塊の世代と結びついたような気がしていた。
「俺はねえ、プレスリィ世代でもなくてペレス・プラド世代かなあ」なんて云ったこともある。
ペレス・プラド、今の若者は知らないだろう。でもどの言い方も僕にはしっくりこなかった。

年代が錯綜しているが、高校生時代に、芥川賞を取って時代を震撼とさせた慎太郎の「太陽の季節」が映画になり、文学部の部長だった僕は、部員を引き連れて観に行った。映画を観にいったのではなく芥川賞を観にいったつもりが北原三枝にぞっこんになった。でも三枝の相棒裕次郎は演歌っぽくて馴染まず、ジョン・バイエスに向かい、PPMになった。なぜかボブ・ディランには目が向かなかった。そして30歳になってJAZZなのだ。ゲイリィ・ピーコックを、笠井紀美子を銀座のジャンクで聴く。
それがこの歳になってビートルズだ。僕はなぜか一呼吸遅れる。いやビートルズだという事になるとなんと半世紀、はるかに乗り遅れた世代になるがそんなことはどうでもいい、ぐっと来てしまうのは仕方が無い。

「LET IT BE」はビートルズの最後のアルバムで、ライブ仕立ての「Get Back」録音をベースに、他のセッションを組み込み、ストリングスやコーラスをオーバーダビングしてつくられた。完成度が低いなどと言われるが、いやいやそんなことはない。なんとも魅力的なアルバムである。生々しい。

聴き馴染んだ「レット・イット・ビー」。それに「トウ・オブ・アス」、「ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード」そして「ゲット・バック」。どの曲を聴いても時代を超えている。そしてなぜかどの曲もメロディをなぞれるほど知っている。そして、今なぜか「アクロス・ザ・ユニヴァース」に出会ったのだ。

アルバムのライナーノートをめくっていて愕然とした。こういうところが僕が一呼吸遅れる、言い方を替えると`トロイ`ということだ。
ジョン・レノンがリバプールで生まれたのはなんと1940年、僕と同い年ではないか。そしてビートルズがレコードレビューしたのが1962年。僕が大学を出た年だ。ああ、なんてことだ。ちょっと大げさだけど僕はビートルズ世代なのだ。それがなぜ?1966年の日本武道館における日本公演は事件ともいえるのだが、僕は箱根の強羅でホテルの建設現場に没頭(?)していた。

それはともかくビートルズを聴く度に、東女の旧体の室内空間や、そこで舞う艶やかな若者たちの姿、花が活けられた水鉢が目の前に現れ、数多くのOGの方々や先生方の顔、暖炉を前にして近藤富枝さんと談笑する学生たち、チャーミングなジャーナリスト藤原房子さんの姿、それにどこかで気持ちが通じた事務長のにこやかな顔が浮かぶだろう。保存要望書を持っていったのに!
記者会見でご一緒した平野健一郎先生の穏やかな声が重なって聞こえてくるかもしれない。

中野学而講師がコーディネートして何度かビートルズを中心としたコンサートがこの旧体で行われたそうだが、僕が聴いたのはただの一回、それも一曲。
あの時、思わずアンコールと叫びそうになったが、「アクロス・ザ・ユニヴァース」一曲なのにこれからの僕の人生に「ビートルズ」という思索対象が現れたのはなぜだろう。
東京女子大旧体育館が響き、僕に与えてくれたのは「無限かつ永遠の愛は、何億もの太陽のように、私のまわりに光り輝き宇宙の果てえと、私を誘う、『Across the universe』」。








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4 コメント

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音楽、写真、陶芸、美術、建築 (m)
2009-06-14 12:34:18
penkouさんがお持ちの繊細な感性(感受性?)琴線の響き、深く広い思考回路、他者に優しい懐、・・・
毎度こうしたブログを拝読すると毎日をテキトーに流して生きてる(立ち止まって深く考えることをしない)自分が恥ずかしいです。
追伸
近美100原稿送りました。
一献、同じことばかり (penkou)
2009-06-17 21:00:43
mさん
ビートルズはいいです。やはり、
コメント、恐縮してしまいますが、やはり一献傾けながら(笑)
ご無沙汰しております (awata)
2009-07-11 21:53:43
何年か前、トンジョ体育館のイベントでお会いした者です(大国魂神社ではお写真をいただきました)。
たまにこちらを覗かせていただいてます。今は海外におり今回は行けなかったのですが、こうして様子を知ることができて嬉しいです。屋上、きれいな花ですね。
言葉もありませんが旧体アウトです。 (penkou)
2009-07-12 21:38:04
awataさま
水鉢のきれいな花が懐かしいのですが、この魅力的な建築がなくなってしまいました。溜息が出ますが怒りとともになんだか不気味な感じがしてきて困ります。

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