日曜日の開店直後、いとこ家族が来店しました。
整形外科医である彼は、大阪での学会の後、家族で六甲アイランドのホテルに泊まっていました。
前日にル・ボナーさんに現れたという情報は、I先生より寄せられていて、てっきりその後こちらに来ると思っていましたので、不思議に思っていたのでした。
今春先、伯母(いとこの母親)の葬儀で顔を合わしていましたが、それ以前は11年以上会っていませんでしたので、ゆっくり話したのは久し振りでした。
お互い交換したままになっていた緑のオプティマを返しました。
いとこも立派な大人になって、〜ちゃんと呼びかけるのは少しおかしな感じがしましたが、癖になっていて自然に呼んでしまいます。
お姉さんのお土産のモンテグラッパミクラの赤を選んで、一旦子供たちを遊ばせるために南京町に出掛けていきました。
彼の置いていったル・ボナーのペンケースの中には、自分で東京で買ったオプティマ、彼の合格祝いに私の父が送ったプロフィット、私の母が使っていて、母の死後伯母の元に行き、伯母が亡くなって彼のものになった70年代の149の3本が入っていました。
どのペンも使い込まれていて、彼の素朴な人柄が感じられましたし、磨り減ったイリジュウムには彼の努力が表れていました。
戻ってきて、自分の万年筆を選びましたが、前もってメールで打ち合わせしていた通り、M800デモンストレーターを選びました。
透明のボディと各パーツ名の表示が、清潔な医療機器のようで、医者が使う万年筆としてこれ以上ピッタリのものはないと思えました。
長野でも万年筆は買えるでしょうし、東京や名古屋の都会の方がずっと近いし、行く機会も多いと思いますが、わざわざ神戸の私の店で万年筆を買ってくれたことがとても嬉しく思いましたし、家族を気遣う立派になった彼の姿を誇らしく思いました。









