ゆっくり一人歩き

いわゆる良い物ってどんなものだろう?考えるより、国宝を見るのが早いでしょう!国宝をゆっくり自分の目で見て廻ろう!

舎羅林山

2012-02-15 22:48:10 | 歴史

ということで石峰寺のあったとされる舎羅林山へ!

上り口がいくつもあるらしいのですが、私が知っているのは墓地のある場所からの登り口のみ・・・

墓地の手前から右手に伸びる道が登り口!

 

まぁ、高い山ではないので傾斜もそれなり・・・

でも落ち葉が積もっていてメチャクチャ滑るので注意!

鉄塔の脇をすり抜け

赤土の斜面(名所図会には水晶を産すとあるので、この辺りが怪しそう・・・)を登り

頂上!

頂上には石が積んであり三角点もありました。

悲しいのは登ってきた斜面の反対側!

見晴らしがすごく良いです!

それもそのはずで、山の北側の半分が削られて整地されています・・・

ここはバブル時代の計画をそのまま押し進めたあげくに頓挫し、どうしようもなくなってしまった所・・・

あぁ悲しい・・・

 

そんな事よりも、石峰寺の遺物でもないものか?とキョロキョロしながら登ったものの、それらしき物は何も発見出来ず・・・

礎石も無ければ案内板すら無い!

頂上に祠ぐらいあってもよさそうなものですが何にも無い!

ん〜〜〜どうして?

ここでふと思う・・・

そう言えば平野湯跡にあったお堂は薬師庵!

掘り出された仏像は薬師如来!

摂津名所図会に描かれた舎羅林山の位置がちょっとおかしいような気がする・・・

あれれ?

もしかして今の沙羅林山と名所図会の舎羅林山は違う山で薬師庵の場所が石峰寺なのか?

もう少し調査と文献探しが必要みたいです・・・

 

でも、そんな時間も無いのでwwどなたかご存知の方は情報くださいww

 

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石峰寺

2012-02-13 22:38:35 | 歴史

先日、多田に行ったのは平野水を見に行っただけではありませんでした・・・

その理由をお話しする前に一つのお寺を紹介!

そのお寺とは京都は伏見にある石峰寺です。

石峰寺と言えば多くの歴史ファンや美術ファンが思い浮かべるのが伊藤若冲!

先日もNHKでアイドルグループの嵐のリーダーが伊藤若冲の動植彩絵を紹介している番組がありましたが、たしかに伊藤若冲の絵はすごいの一言!

そんな伊藤若冲が晩年に住んでいたのが、この石峰寺なのだそうです・・・

黄檗宗のお寺らしく門は中華風

その門をくぐると

本堂

現在の石峰寺には伊藤若冲との関係を示すものとしてお墓と若冲の下絵を元に掘られたという五百羅漢の石仏群があります。

ですが、なぜか石仏は写真不可!

ということで写真はありません・・・

伊藤若冲の絵の一枚でも拝めるかと思いきやそれも叶いません・・・

 

でも私がここに来たのは伊藤若冲のお墓参りに来たわけでもなく、石像を拝みに来たわけでもないのです。

実は、この石峰寺・・・

江戸時代に建立されたお寺なので基本的に私が好むようなものは無いはずのお寺なのですが、創建にかかわるお話に興味があるのです!

現在の石峰寺の本尊は釈迦如来なのですが、創建当時は薬師如来だったのです。

摂津名所図会などによると、その薬師如来は多田の沙羅林山に源満仲が建てた石峰寺の本尊と言われていたものなのです。

沙羅林山石峰寺の本尊は戦火を避けるために地中に埋められ、その後、知る者もいなくなり、行方が解らなくなっていたそうなのですが、江戸時代になって山腹に夜な夜な光が現れるので光源のあたりを掘ってみると石棺の中から薬師如来像が見つかったのです。のちに、この像を本尊として建てられたのが今の石峰寺なのです。

なんかすごくないですか?

 

残念なのはその本尊が火事によって失われてしまったこと…

一目でいいから見たかった!

ということで多田に行った理由のもう一つはその沙羅林山(今は舎羅林山と書かれることが多いみたいです)に行って見ることでした。

 

 

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平野水

2012-02-01 21:34:39 | 歴史

皆さん一度は飲んだことがあるでしょう!

三ツ矢サイダー!

その三ツ矢サイダーがどこで出来たのか?ご存知ですか?

三ツ矢サイダー・・・元の名前を三ツ矢平野水と言うそうで・・・

兵庫県は川西市の平野地区で湧いていた平野水を用いて作られたのが最初なのです!

で、その平野地区に以前からそれらしき塔と建物があったのは知っていたのですが、どこから近づけばよいのかわからないし、車を止められるような場所もなかったので今まで行けずじまいでした・・・

それが最近できたホームセンターコーナン辺りから行けることを知り、行って見ることにしました!

 

そもそも江戸時代の摂津名所図会に平野の湯というのが載っていまして、古くからこの辺りの鉱泉が有名だったことがわかります。

ですが、現在はその面影を残すものはほとんどなく、有名な浴場があったことを想像すらできない状態です。

唯一残されたというか、当時を標す石標が一つ建っているのです。

昭和十年となっているので、その頃はまだこの辺りに浴場があったのでしょうか?

↑薬師庵

薬師庵も新しい建物なので当時を想像することはできませんが、確かにこの辺りに平野の湯があったそうです。

ただ平野水の名が示す通り、温泉ではなく当時から冷泉で、それを汲み上げて温めて利用していたそうなので、その事が廃れてしまった原因なのかもしれません・・・

それではホームセンターコーナンの奥にある三ツ矢サイダー発祥の地へ!

塔と奥に小さな建物が見えます。

この塔はなんでしょう?

鉱泉の汲み上げ装置でも入っているのでしょうかねぇ・・・?

こちら↓は記念館になっているみたいです。

残念ながら建物の前まで行けるのですが、現在、中には入れないようで、詳細を知ることが出来ないのです・・・

さらに奥には小さな祠がありました。

源満仲が住吉大社から勧請したといわれる住吉神社です。

小さい祠ながらなかなかの謂れですねぇ…

そして現在の平野水がどうなっているのか?結局、よく解らなかったのですが、すぐ近くの川のほとりには取水のための施設のような建物もあるし、近くの樋から流れる水も普通の水ではないようで…

あやしい湧出物を含んでいそうです…

そう言えば摂津名所図会には入るのは効能がたくさんあって良いが、飲んではいけないとされている・・・

ん?

どういうこと?ww

 

 

 

 

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山本五十六

2012-01-13 22:18:11 | 映画・エキストラ

先日、久々に戦争物の映画『山本五十六』を観てきました。

大東亜戦争モノの映画はほとんど観ているし、山本五十六の話も本などに書かれていることはほぼ知っている。

なので、今回の楽しみはCGの出来栄え・・・最近のVFX技術で戦闘場面がどれだけリアルに見えるかを楽しみにして観ました!

以下、批評!

メインは山本五十六の戦争観と戦死するまでのエピソードですが、山本五十六の教えを託された一人の若い新聞記者の目線も少し取り入れている。

ストーリーで感じたことは、今までの大東亜戦争映画と違い、マスコミとそれに踊らされる民衆を批判的に描いていること・・・これを描いた映画は今までなかったと思う!これについては完全にとは言えないけれど同意できるし、政府もマスコミも信用できない今、肝に銘じていたいと思っていることです。

戦闘におけるストーリーは時間のためか?戦史に残るエピソードを少し飛ばしすぎているので、あれ?っと思う場面が少々・・・

それにしても山口多門はいいとしても、山本五十六を美化しすぎ!

南雲長官をコケにしすぎ!ww

まぁ、一般的な見方はこの映画の通りなんだろうけど、南雲だけがだめだったわけではないし、山本五十六が必ずしも優れた指揮官だったわけではないと思うんです。

せっかくマスコミと民衆の批判をしているのに山本五十六一辺倒では矛盾と言うか、やっぱり偏った見方になっているようで・・・気になりました。

最後にVFXなんですが、違和感はあまりないものの、これと言った見所もなく、あまり大したもんではありませんでした・・・残念!

ただ、戦備オタクでも雇っていたのか?大和が初期の兵装だったりして、そんな所はチャンとしてました!ww

 

 

 

 

 

 

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あけましておめでとうございます!

2012-01-03 22:29:09 | その他

新年、明けまして、おめでとうございます!

今年はどんな年になるのやら・・・

年齢を重ねていくと明るい希望ばかりではなくなってしまいますねぇ・・・

例年通りなら良しとしないといけないのか・・・?

う〜〜〜ん・・・

でも、それでは一年の始まりとしてはあまりに寂し過ぎる!

なので

今年も一年!精一杯!遊べるようにww頑張っていきましょう!

 

新年早々、箕面の滝へ行ってきました!

初詣は例年通り、檀家になっているお寺に行ったので初詣ではありませんが、新年の挨拶をするために、まずは西江寺へ!

こちらは大黒天様がおられるので一年の商売繁盛を願う・・・

『困ってますんで、ホンマに頼んます!!』

 

お次は瀧安寺!

言わずと知れた弁天様なので、こちらでも商売繁盛を・・・ww

『マジで困ってますんで、ホンマにホンマに頼んます!』

 

あっ!

賽銭忘れた・・・><

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よいお年を・・・

2011-12-31 22:37:59 | その他

大晦日です!

 

最後に先日の月食の写真・・・

愛機のXactiで撮りました!

思ったより、よく撮れていてビックリ!

寒い夜、家の前の駐車場で三脚を付けたカメラを向けていると完全に不審人物扱い・・・ww

そんな中、なぜか中国人に話しかけられる。

その中国人、スマートフォンで必死に撮っていたけれど映っていたのは光の点でした・・・

残念!

 

皆さん!よいお年を・・・

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横山展望台

2011-12-30 20:55:42 | その他

お久しぶりです!

もうすぐ一年も終わりですねぇ〜

月に一度はアップしないとだめなのではないか・・・との義務感から、これといった話題がないのですがお付き合い下さい・・・

志摩での仕事帰りにちょっと寄り道・・・

何度も通っている道沿いに「ミシュランガイドに載った!」との表示があるのが気になって行ってみることにしました。

その名を横山展望台といいます。

志摩にある展望台といえば英虞湾の展望が素晴らしいに決まっている!と予想はしていたのですが、まさにその通りでしたww

予想外だったのはさすがにミシュランに載る(本当に載っているのかどうか?ミシュランガイドなんて持っていないので知らない・・・)だけあって展望台やトイレなどが完備されていること・・・

ただし、欲張ってはいけません!

横山山頂へ何キロとある案内板を見てしまい公園を外れてしまうと・・・

普通の山道です・・・

険しいわけではないですが革靴では行かないようにしましょう・・・

 

ちなみに山頂はこんな↓感じ!

三角点はありましたが、これといったものはありません・・・

それでも、この道は近畿自然歩道の一部になっているそうです。

まぁ、ところどころから見える展望はなかなかのものです!

一番上の陸地が志摩半島で右端が御座岬になります。

↑なごらの浮石とあります・・・なんだろう・・・?

海から石が浮いてここにまで来たとでも云うのだろうか?

 

帰りに横山石神神社に行ってみる・・・

なんだか決まりの厳しい神社だった・・・

写真を撮る場所まで指定される・・・まぁ、二度と訪れることはないだろう…

 

横山展望台・・・英虞湾が一望できて地形がよくわかるので志摩半島へ観光に行くときは見る価値があると思います。

 

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猿の惑星 創世記

2011-11-11 23:49:39 | 映画・エキストラ

『猿の惑星 創世記』を観てきました!

小さい頃に観た第一弾の『猿の惑星』は本当に衝撃的だった・・・

それからン十年後の『猿の惑星』最新作はどんな出来だろうか?

評判は良さそうなので、いつものようにレイトショーへ行くことにしました。

そろそろ公開も終わりということで2Dの字幕版しかやっていない・・・

字幕を観るのは久しぶりだけど、二時間足らずの映画なので面白ければ大丈夫・・・?

観客は平日のレイトショーらしくわずか六人!

年齢層も高め・・・

さぁ!始まり始まり!

 

以下、感想!おもいっきり、ネタバレあり!

まず私は『猿の惑星』のDVDは全作を揃えている!

『猿の惑星』シリーズは時間を戻るワープをしてしまった(いまだに出来ると言う科学者がいるが・・・)ためにストーリーが無限ループ状態に陥ってしまうという常識はずれ(SFに常識もクソもありませんけどね・・・)の残念状態・・・

なので今作はどうするのだろうと密かに思っていたのですが、その辺りはあっさりスルー・・・というかストーリーを変えてきました!

猿の名前は引き継いでいるものの、無限ループから抜け出すためか?創世記というサブタイトルらしく賢い猿の生まれを描いています。

開発中のアルツハイマーの薬(ウイルスらしい)を猿に打つことから一匹の賢い猿が生まれ、賢い猿が広がっていくと同時に、その薬は人間には副作用があって死んでしまうというもの・・・

猿が反乱を起こすまでの心理描写と3D版もあるぐらいのアクションシーンがこの映画の見所となっています。

猿の出演シーンは全部VFX!

多少の違和感があるもののなかなかの出来栄え!

突っ込みどころは反乱する猿の数の増え方!

ドンだけ猿を飼っとんねん!と突っ込んどきます・・・

 

先日、久しぶりに箕面で猿を見ました!

そう言えばざっと見ただけで30匹位はいたかなぁ〜

う〜ん・・・

この数に反乱を起こされたら一人では到底太刀打ちできません・・・

 

 

 

 

 

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開成皇子墓のつづき

2011-11-04 22:26:46 | 歴史

前回のつづきです・・・

開成皇子墓から山を降りていくと勝尾寺が見えてきます。

見下ろすと勝尾寺の伽藍が広がっているのですが、ここに前身の彌勒寺があった訳ではありません!

彌勒寺があったのは今の奥の院なのです。

奥の院へは本堂から先に進んでいくとある閻魔堂の右手に伸びている石段を登っていきます。

ちなみに閻魔堂の左手に伸びている道は自然研究路なので先に行くと出発点の箕面ビジターセンターに戻れます。

↑閻魔堂

参拝客の多くはこの閻魔堂周辺が奥の院だと思ってここまでしか参拝していかないようです・・・そういう私もここから先に行くのは初めてです。

石段を登って行くと古いお墓が立ち並んでいるのですがその先に・・・

丈六の弥勒菩薩坐像がありました!

いやぁ〜びっくりしました!

勝尾寺にこんな仏像があるとは知りませんでした!

どこかの成金が寄付でもしたのかと思うような仏像ですが、なんと!この仏像は江戸時代に鋳造されたものなのだそうです。

よくまぁ〜戦時中の供出を逃れたもんです・・・

この仏像の横に文殊堂、文殊堂の奥に納骨堂

↑文殊堂

開成皇子が彫った文殊菩薩が納められていたそうです。

現在は定かではありません・・・

↑納骨堂

(ここに来ても何の案内もないので戸惑うのですが、お堂の名前などは摂津名所図会から判断しました。)

この五輪塔↑は熊谷直実の供養塔と言われています。

なぜこんな所で熊谷直実?と言うと、源平の合戦で焼けてしまった勝尾寺を熊谷直実が再建したのだそうです。

そしてここからさらに上にひとつの小さなお堂・・・お堂というよりは祠にしか見えませんけど・・・

六角のお堂で中には謎の切り株が収められています・・・この切り株は何だろう?

兎に角、この場所を般若台と言い、お堂はそのまま六角堂と呼ばれています。

その昔、開成皇子は写経した大般若経をこの般若台に埋経し、六角堂を造り、道場を建てて彌勒寺と名づけたとされていて、そのままの状況がここに残されているのです。

これだけ開成皇子にまつわる話があって、それに対する場所もあるのだから史実だと思うんですけどね・・・ちょっと出来すぎなような気もしますが・・・

それにしてもこれだけ面白い場所や仏像があるにもかかわらず、CMまで作っていた勝尾寺がこれらのものを宣伝しないどころか、案内板も作らないのは何でだろう?

そっちの方が謎でした・・・ 

 

 

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開成皇子墓

2011-11-02 21:42:18 | 歴史

開成皇子が気になってしょうがないので墓を見に行くことしました。

墓の近くまで行ったことはあるのですが、ついつい楽な道を選んでしまっていたので今まで開成皇子墓を見たことがなかったのです。

せっかく近くに墓があるんだし、開成皇子を語るなら墓を見ないわけにはいかないでしょう・・・(もうなんのことやら自分でもよく解りませんが・・・ww)

ということで箕面ビジターセンターに車を置いていざ出発!

↑ご存知!東海自然歩道の西の起点です!

ここから登っていきます・・・

すぐに分岐があるので今回に限り左手の厳しそうな登りの道を進みます!

するとすぐ・・・

↑箕面ダム

これを見るたびにいつも思うのですが、こういう石積みのダムって他にもあるのでしょうか?

 

最近の箕面の滝へのジョギングが効いているのかバテルことなく目的地付近に到着!

めざす開成皇子墓はこの裏側です。

正面へはここから木組みの道で山頂と皇子墓を廻り込むように行くのですが、木組みの道が壊れているらしくて通行止!

さらに廻り込んで行く様に道が造られていました。

開成皇子墓↑

墓の裏側にあたる先ほどの最勝ヶ峰頂上には岩があり

開成皇子座禅石と言われています。

開成皇子はここで座禅をしていて勝尾寺の開祖である善仲、善算(勝尾寺を開基したのは役行者とばかり思ってました・・・)と出会ったとされています。

話はさらに続き、その後に開成皇子は大般若経を写し、般若台に埋経してお堂を建てたそうです。

それが勝尾寺の前身である彌勒寺だということです。

 

ここで彌勒寺の跡を見に行くことにします!

つづく

 

 

 

 

 

 

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