昨日の家族3人の集まりのはなし

2017-05-26 08:38:10 | Weblog
私自身が67歳になっているのだから義母が90歳は当然のことなのだが、なんというか年月の経過が信じられないような気分だ。昨日の家族3人の集まりで何をしたか、何が出来たかというと、まずは上総一宮の家と土地の名義を義母に一本化する書類を渡したこと。ただし、現在の上総一ノ宮は、津波の危険地域で地価がひどく下がっていて、売りたくても買い手がなかなかつかず、二束三文にしかならない状況なのだそうだ。それはわかる。実際にあの辺をあちこち歩くと津波の怖さがよくわかるからだ。

父はきちんとした計画を立てたりするのはまるでダメな人だったから、自分の夢を追いかけるばかりで、どうも現実に弱い人だったようだ。もっとも、それだからこそ上司や経営者がしっかりしていればその下でよい働きができるというタイプの人間だったのだ。家では奥さんだった私の実母のかじ取りがしっかりしていたときは、夢見る夢男さんでも、その夢見る能力で営業の仕事では有能だったわけだ。

だが、実務的、現実的でない人だったから商売には全く向かないのに会社を辞めてからはあっちこっちに手を出し、成果を上げる前に嫌気がさして止めてしまうことの連続でお金も使い果たし、義母と二人、上総一ノ宮に逃げるように移ったのだ。義母も昔の田舎の人だから、父を信じ切ってついていたわけで、その辺は本当に気の毒だ。子供の当方もこの年になってさすがに四ツ谷でいろいろ経験したおかげで父のことも第三者的に判断できるようになった今は父の良い面だけでなく悪い面もよくわかる。可哀想だけど、父も弟もそういう器なのだから仕方がない。

当方もその親の子だから、現実の世渡りにはまるで弱くて今の状況になってしまった。でも今の我が家の状況では、さすがに何もできない、何もしないというわけにいかなくなっているのだ。いくら3人とも人生の後半も後半といっても、生きている限りは戦うしかないではないか。私自身は多分何とか最低限やっていければ大してほしいものもないのだが、義母と弟のために言わせていただきたいと思う。

これまでの年月の間に、大したものではないとはいえ、いくつもの物語や童話を書いてきた。今は亡き某恩師の司祭のおかげで、ほとんどのものが美智子さまをはじめ皇室関係でもお読みいただくことが出来て大変ありがたく感謝するばかりであります。けれども長年、今は亡き別の某師は私程度のものが世に知られるのを嫌って足を引っ張り、悪いうわさを流し、まわりから相手にされなくなるように裏工作ばかりなさっていたので、私が自分の書いたもののコピーを差し上げた方々はそれを持っていることで社会の表舞台に出て行っているのに、書いた当人の私は本来の希望だった観想会の隠れた生活にも無縁だったし、妹には死なれ、90になろうという義母の生活も何とかしてやれず、弟の今後も心配するばかりでどうすることもできないまま、このまま黙っていては私はともかく、義母の今後、うちの家族の入っている墓の今後、放っておかれるのではちょっとこれは何か変なのではないですかと言いたい。

私自身は、やっと自分自身もかかえてきた日本とキリスト教の問題に、風の家のミサや講座という場を見つけ、あ、この方向だとおもっているところですけれど、上記の現実、責任者はどこのどなたなのでしょうか。以上、本日はここまで。

この話が外部に流れると多分四ッ谷の教会の安念という女性がまた右翼の街宣車を我が家の周りで騒がせると予想されますが、それでもこの記事、今回は断じてだします。
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