いもうとよ-15

2017-04-21 13:15:02 | Weblog
こんにちは~、マリーで~す。今日はねえ、うちのおばはんがなんか調子が悪いとかって言ってるから早めに書いて早めに終わらせるつもりなのよねえ。あの人、かなり脂身が多いから暑がりの寒がりなのよ。季節の変わり目は風邪ひきやすくて全く困っちゃうわ。それでもちゃんと昼ドラの「やすらぎの郷」だけはみてるんだもん、ホントにしょうがないったらないわよ

でもさ、普段テレビはあんまり見ないあの人が見てるんだから面白いドラマなのかもね。普段はうちのおばはんが見るテレビ番組っていったら、「相棒」のある時期は「相棒」と、あとはNHKばっかり、それも今はニュースと特集番組くらいよ。たまにお気に入りの俳優さんの出ているドラマくらいは見るけど毎回毎回見るのは「相棒」くらいなのよ。

今は時代も変わったし、うちのおばはんもプロテスタントからカトリックに改宗してるけど、昔々半世紀くらい前はプロテスタントのすごく堅い教派にいたから、テレビどころか、映画や雑誌もみんなあんまり良くないものだって教わっちゃってたし、いまだにそんなにテレビに熱心にはなれないのよ。

本来なら、うちのおばはんは時間があればテレビより、お外を散歩したり電車の車窓から景色を見たりする方が好きだったのに、足腰が故障し始めてから、さすがにあんまり出歩けなくなっちゃってお家にいる時間が増えたもんでちょっとはテレビを見る時間も増えたはずなんだけど、それほど見たいものもないらしいのよ。テレビよりパソコンやスマホのあたしを使ってSNSのフェイスブックや、ツイッターを見たり、ブログを書いたりしてる時間の方が多いんだわさ。

でもって、あの人ったらさあ、死んでしまった妹も、もしパソコンが使えてもっと違う世界に目を向けていたらとか、今更もうどうにもならないことばかり考えちゃうのよね。人間は誰でも持って生まれた天分てものがあるから、みんながみんな同じじゃないんだし、おなじ兄弟姉妹でも、神様が与えてくださった性格や能力や好みとかも、とにかくみんなみんな違うからどうすることも出来ないんだけど、肉親の情っていうのかしら、もうどうにもならないのはわかっているのに、死んでしまった妹に、ああだったら、こうだったらっていまだに未練がましい思いを向けちゃってたりするのよね。

同じ身内の死者でも、祖父母や父母、親類たちとは全然違って、小さい時からいつもそばにいて一番身近で、決して仲が良かったとは言えないのに、すごくよくわかっている相手だったのよ。同じ子供部屋で過ごしてきて、顔かたちの輪郭の細部まで覚えている相手だったから、遺体の顔写真だけでもすぐにわかっちゃったってところがまた悲しいじゃないのよ。

みいちゃんの一生って何だったんだろう。みいちゃんが残したものは何なのだろう。みいちゃんは何を思っていたんだろう、何を言いたかったんだろう、うちのおばはんはみいちゃんのおねえちゃんだから、妹の一生の意味なんてわかるわけもないけどそれでもやっぱり考えちゃうのよね。

というわけで、この話、まだもうちょっと続くから我慢して読んでね。ほんじゃ、またね。







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