「 九州 ・ 沖縄 ぐるっと探訪 」

九州・沖縄・山口を中心としたグスク(城)、灯台、石橋、、文化財および近代土木遺産をめぐる。

沖縄県竹富島 / 那覇市 ・ 西塘の竹富島帰郷 「 蔵元跡と園比屋武御嶽石門 」

2016-12-31 15:10:19 | 沖縄の文化財



竹富島にある 「 蔵元跡 」










































蔵元跡の近くにある 「 星の砂 」 で有名な皆治浜








皆治浜 ( カイジ浜 ) の説明板








西塘が手掛けた首里城内にある 「 園比屋武御嶽 ( スヌヒャンウタキ ) 石門 」






星砂で有名なカイジ浜に入る道の手前の森に
石組みの残った平場があり、そこに 「 蔵元跡 」 の説明版が建ている。
ここは竹富島出身で琉球王府に仕えていた西塘 ( にしとう ) が、
八重山諸島を統治していた時に使っていた蔵元の跡である。

蔵元というのは年貢を収納する倉を意味するが、
それが役所を意味するようになり、
八重山、宮古、久米島では役所の事を蔵元と呼んでいた。

西塘はここで約20年間政治を行っていたが、その後石垣島に移した。
その時に唄ったとされるシキタ盆という歌は、現在でも伝えられている。


竹富ヌ仲嵩ヌ島ヤ
島ヤリヤドゥ フンヤリヤドゥ クユサル
大石垣大本ヌ真正面ニ シキタ盆
マウキ島デ イヤリル・・・


当時はこの遺構の隣にあるカイジ浜や西桟橋は、
他の島々とをつなぐ玄関口であった。


ここ蔵元で政治を行っていた西塘のことを説明しておきたい。
伝承によると、1500年に琉球王府と
宮古の連合軍が八重山のオヤケアカハチを征伐したとき、
総大将であった大里親方によって、西塘の才能が見出され、王都の首里に上り、
西塘は沖縄本島の首里の地で言葉を学び、文字を学び、
さまざまな学問を修めて当時の著名な土木建築家になった。

世界遺産に登録された園比屋武御嶽 ( スヌヒャンウタキ ) の石門は、
西塘が建築したものである。
また、首里城の城壁修復も行なったと伝えられている。
このようにして、王都の建築技術者の地位に上った西塘であるが、
彼には積年の思いがあった。
それは郷里竹富島に帰ることであった。
西塘は、石門建築の際に 「 帰郷が叶うならば、
園比屋武御嶽の神様を竹富島に勧請することを誓った 」 と伝えている。

夢叶って、西塘は八重山を統治する頭 ( カシラ ) として帰郷した。
そして、竹富島のカイジ浜近くに蔵元 ( 役所 ) を建て、そこで政治を執った。
また、竹富島に国仲御嶽を創建して遥拝所とし、園比屋武御嶽での誓いを果たした。
おかげで国仲御嶽は、八重山で唯一の首里王府に直結した御嶽となり、
誇り高き竹富人気質を涵養する精神的な拠り所になった。



福岡県朝倉市  『 帰 省 』  宮崎湖処子 

2016-12-31 13:13:31 | 文学・文化・映画作品



福岡県朝倉市の札の辻公民館にある宮崎湖処子の 「 帰省 」 の文学碑





宮崎湖処子は、北村透谷と並ぶ
明治20年 ( 1887年 ) 代後半を代表する詩人の一人である。
『 帰省 』 ( 民友社 ) は、明治22年 ( 1889年 ) 8月、
東京から帰郷したときの感激を詩を挿入して書いた抒情的散文である。
生まれ故郷・三奈木 ( みなぎ ) 現・朝倉市甘木への憧憬にあふれており、
翌年8月に出版され、当時多くの読者に愛読された。
近代化が進んだ東京を批判し、故郷を美化して描いたが、
湖処子自身は故郷に帰る事ができないという矛盾の中で、
故郷喪失者という意識を抱き続けることとなった。


このうるはしき天地 ( あめつち ) に、
父よ安かれ母も待て、
学びの業 ( わざ ) の成る時に、
錦飾りて帰るまで、



この詩は 『 帰省 』 第一章に入れられた自作詩の一節であり、
昭和41年 ( 1966年 ) 、三奈木の札の辻公民館敷地内に建立された
文学碑に刻まれている。

湖処子は、イギリスの湖畔詩人、ワーズワースの詩と生涯を
「 ヲルヅヲルス 」 ( 明治26年 ) にまとめて、
我が国に初めて紹介した人でもある。


朝倉市甘木の三奈木は、集落の中に清冽な小川がめぐり、
静寂そのものの田園地帯である。
広い平野を清らかな佐田川が流れ、
土手道や屋形原橋付近は湖処子の 『 帰省 』 当時を思わせる。



  帰省の前に帰省なし、帰省の後に帰省なし 

宮崎湖処子 ( こしょし ) の本名は宮崎八百吉と言い、
出身地は、福岡藩大老三奈木黒田氏の別邸・播磨屋敷から近い
現在の朝倉市三奈木札の辻。
宮崎仁平の二男として、文久3年 ( 1863年 ) 9月20日に生まれた。
 
湖処子のほかに、愛郷学人などの別号があり、
一時は末兼姓を名乗っていた。
宮崎家は、口碑によれば、秋月城主秋月種実の侍大将・三奈木弥平次の末裔で、
農業を営む旧家であった。
弟の右夫は詩人で、号を亡洋と言い著書に 「 貧の朋友 」 がある。


 「 帰省の前に帰省なし、帰省の後に帰省なし 」 とまで言われ、
多くの若者の心を掴み、
当時のベストセラーになった 「 帰省 」 誕生の経緯を略述。

父の死にも帰省しなかった湖処子は、父の一周忌に、兄の強い催促で帰省。
帰省にあたって一抹の不安が脳裏を掠める。
というのも、上京する時政治家になることが夢であったが、
今の自分を直視するとき、
果たして家族をはじめ親戚知人は暖かく迎えてくれるであろうか
という心配があったのだろう。

しかし、帰省してみると、不安とは裏腹に人情と平和のすめる故郷があった。
都会とは別世界の田園の理想像桃源郷の故郷の存在、
母の実家佐田安谷の美しい自然もそのまま、
後の湖処子夫人となる女性の優しいもてなし、
6年ぶりの帰郷は、湖処子の心に故郷礼讃を育んだ。
これがきっかけで翌年明治23年 ( 1890年 )6月 、
「 帰省 」 として民友社より刊行され、
故郷を賛美する田園文学の最高峰として絶賛をあびたのである。



沖縄県津堅島  「 防波堤の学生と帰省の詩 」

2016-12-31 03:32:37 | 離島めぐり















            此の麗しき 
               津堅島に

            父よ安かれ    
               母も待て

            学びの業の
               成る時に

            錦飾りて
               帰る迄






熊本県熊本市  「 熊本地震後の熊本城 」

2016-12-30 14:30:06 | 歴史 ・ 墓 ・ 城 ( 本土 )


























震災前の熊本城天守閣








宇土櫓


















高校を卒業してから、17年間熊本で暮らしていた。
その生活の中にいつも熊本城があるのが当たり前だった。

何かのイベントが有る度に熊本城に足を運んでいたし、
二の丸にある美術館にもよく行っていた。
その度に右手に誇らしげな熊本城が見えていた。

宇土櫓が復元改修されてから、
一般公開前に特別に内部を見せてもらったことがある。
そんなことを思い出しながら、薬研堀沿いを歩いた。



「 2017を迎える準備万端 」

2016-12-30 10:26:06 | 日記 ・ イベント























  来年の干支は 酉

  玄関に飾って
  東から差し込む朝日を受けて
   ” 福を取り込もう! ”
  そんな願いが込められている





『 帰 郷 』  海老沢泰久

2016-12-30 03:29:06 | 文学・文化・映画作品








栃木県の田舎の小さな町工場で自動車エンジンの組立作業員が、
その技術を買われてF-1のメカニックのチームに入り、
イギリスへ行き、その腕を磨いていくが、
3年の任期を終えて帰ると、F-1後遺症が彼を気難しくさせる。
そんな心の変化を描いている。

この本を読んだのは20年以上も前のことだが、
それ以来、 「 帰郷 」 のことをいつかブログに書こうと思っていた。
そして本棚から捜し出して、再び手に取って読んでみると、
ところどころに読んだ文面の記憶と、
その当時の自分に重ね合わせた心情が甦ってきた。



熊本県熊本市 ・ 震災後の熊本城 「 未申櫓 ( ひつじさるやぐら) 」

2016-12-29 16:38:09 | 歴史 ・ 墓 ・ 城 ( 本土 )



































熊本城彩苑から二の丸に向かって行くと、
奥に見えている二層三階の櫓は未申櫓です。
未申は南西の方角を意味しており、
奉行丸の南西隅にある隅櫓なので未申櫓と名づけられた。



第10位 みずがめ座 今日のラッキーポイント 「 刺身 」

2016-12-29 06:00:32 | 今日の占い

     昨日は約400坪の庭の草取りを終えた。
     かなりの量だったが、年内に出来たこと、
     そして雨が降る前に終えたことでひと安心である。

     今日は、玄関と屋内の風呂、トイレ、水神さんとヒヌカン。
     明日は神棚と仏壇で仕上げである。
     完全な掃除モードに入っているので、
     次々にキレイになって行くのが楽しみである。
     そんな今日の順位は10位で、
     ラッキーポイントは、
      「 刺身 」 である。

     束縛が激しくて非難集中?
     今日は距離を置こう!

福岡県築上町 ・ 近代土木遺産 「 旧国鉄弓の師橋梁 」

2016-12-29 03:14:34 | 近代化産業遺産・土木遺産



上流側からの全景










下流側から見た橋梁








下流側から引いて見た橋梁








引いて見た上流側からの橋梁








上流側から見たアーチ








煉瓦が4段に重ねられた輪石








上流側の橋脚部分








橋梁内部 ・上流側から下流側を覗く








西洋の匂いを感じさせる煉瓦造り








かつて線路が敷設されていた場所











所在地  / 福岡県築上郡築上町大字弓の師
架橋  / 明治30年 ( 1897年 )
橋幅  / 4.5m
径間  / 2.4m
拱矢  / 1.2m


弓の師橋梁は、JR日豊本線 ( 当時豊州鉄道 )跡で、
日豊本線が電化の際、架線柱等が戦闘機の離着陸に支障をきたすため、
この区間だけ南西に約250m移動したもので、
移設に際し、単線から複線に変更された。

当時、単線だった旧線跡の煉瓦ア-チ橋と、
音無川の橋梁の橋脚部分だけ残されている。



『 帰 省 』   ハードクリスタル

2016-12-29 01:41:54 | 馬の詩 ・ それぞれ...

 『 帰省 』  ハードクリスタル 



平成18年の年の瀬
大都会 『 東京 』
ここからふるさとへ帰省する人たちを乗せた
モノレールが羽田へ向かう

人波に圧されながら
詰め込まれたモノレール
その窓から見える 大井競馬場
そこで行われた 東京大賞典
ダートで9勝をあげた ハードクリスタルは
このレースで骨折した

夜の帳が降り始め
薄れてゆく記憶の中で
カクテルライトが月に変わり
涙のしずくが星に変わった
伝えたい人たちへの
言葉を胸に残したまま
静かに心の帳を降ろした





平成18年12月29日 大井競馬場にて
骨折のため天国への帰省に就く


長崎県奈留島 ・ 奈留ターミナル 「 創立50週年を迎えた奈留高校の横断幕 」

2016-12-28 10:04:46 | 船 ・ フェリー ・ 港


















































福江島の五島高校の分校として校歌がなかった奈留高校。
その校歌に代わる愛唱歌として作られたのが、
ユーミンが作った 「 瞳を閉じて 」 である。
そんな奈留高校が創立50週年を迎えた。

その横断幕を見て、島人でなくても感動を覚えた。



第2位 みずがめ座 今日のラッキーポイント 「 リングの重ね付け 」

2016-12-28 06:00:17 | 今日の占い

    一昨日とは違って昨日も今日も寒い朝となった。

    昨日は神様が降臨するという床の間の掃除をした後、
    銀行や郵便局に行き、その帰りに買い物をした。
    行くとこ行くとこ、いっぱいの人で、
    売り場もレジも多くの人でごった返していて、
    スーパーの店先には、しめ縄などの正月向けの特設テントが張られ、
    師走らしい光景に変わって、 「 今年も押し迫ったな 」 って感じた。
    そんなことを感じた今日の順位は2位で、
    ラッキーポイントは、
     「 リングの重ね付け 」 である。

    ユニークな発想で大活躍
    常識にとらわれず考えよう!


福岡県芦屋町 ・ あしや砂像展 2016 「 アインシュタインと宇宙開発 」

2016-12-28 02:28:23 | 日記 ・ イベント















馴染み深いというか、見慣れた顔が砂像で作られたアインシュタイン。
そんなアインシュタインは一般相対性理論、特殊相対性理論などを提唱し、
ブラックホールの予測など、宇宙の謎の解明に貢献した。
その功績は後の宇宙開発にも大きな影響を与えた。
偉大な科学者の一人として語り継がれるであろう。



2017 「 ちょっと 和な かれんだー 」

2016-12-28 01:51:51 | 日記 ・ イベント






















毎年いろんなカレンダーを頂くが、
その中でもお気に入りのカレンダーが
「 ちょっと 和なかれんだー 」 である。
挿絵もいいし、見た感じもいい。
それに毎朝、空を見てムサシと一緒に歩くのに持って来いである。
早朝の目安になるのが月であり星であるから、
そんな月の移り変わりがひと目で解るカレンダーは歓迎である。



福岡県吉井町 ・ 夢がある 「 ぱんのもっか 」

2016-12-27 12:18:52 | パン ・ ケーキ ・ お菓子













































































































































福岡県吉井町の白壁の古い町並みの中に溶け込む
白壁のパン屋さん 「 もっか 」 は、
近代的に見せないなかにお洒落なセンスがあり、
それでいて落ち着ける雰囲気と趣がある。
もちろんパンも美味しいので、
わざわざ遠くから駆けつけるリピーターが多いのもうなずける。

ちなみに店名の 「 もっか 」 とは、
娘さんの名前が花梨 ( カリン ) さんのことを、
カリンの果実を生薬として使用する時の呼び名、
木瓜 ( モッカ ) が由来となっている。



住所  / 福岡県うきは市吉井町1127−5
電話  / 0943-75-3303
営業時間  / 9:00~18:00

10月より定休日を毎週月曜日と第二火曜日に変更になっており、
定休日でなくても、パンがなくなり次第閉店するので、
買いたい方は、予約も可能なので電話するのが良いと思います。