「 九州 ・ 沖縄 ぐるっと探訪 」

九州・沖縄・山口を中心としたグスク(城)、灯台、石橋、、文化財および近代土木遺産をめぐる。

沖縄県うるま市宇堅 「 クーグスク 」

2014-10-31 05:01:41 | グスク ( 城 ) ・ 遺跡



香炉や杯が置かれた拝所








コンクリートの枠で囲まれている拝所







グスク跡にある拝所







グスクに隣接する具志川火力発電所







グスクの前は金武中城湾になっている




クーグスクは、うるま市の 「 具志川火力発電所 」 に隣接した場所にあり、
発電所と海の間にひっそりと佇んでいる。
グスク自体は石垣などの遺構は見られず、周りの墓に同化するように
コンクリートの枠に囲まれた拝所が残っているだけであった。
このグスクの攻防についても定かではないが、関連があるとすれば、
具志川グスク(うるま市)か安慶名グスクであると思われる。


クーグスクへのアクセス
クーグスクへは、うるま市の宇堅地区にある 「 具志川火力発電所 」 の前を左に曲がり、
迂回するように海へ向かって周囲をまわると、お墓の先の左側に拝所が見える。
駐車はダイバーの車が頻繁に通行するので、なるべく広い路肩を選んで駐車すると良い。



北九州市若松区 「 奥洞海航路第十号灯浮標 」

2014-10-31 05:00:41 | 福岡の灯台







「 鉄にまち 」 北九州
その工場群を割るように流れる奥洞海航路
コークスやスラグの匂いを漂わせる海面で
ひとりたたずむ赤い灯浮標

「 俺は24時間365日ここにいる 」







やった~! ホークス日本一に・・・

2014-10-30 22:39:41 | 野球








緊迫したゲーム展開にハラハラドキドキしたが
最後は西岡の守備妨害という中途半端というか、あっけない幕切れの優勝だった。

日本一だといっても、公式戦もクライマックスシリーズも
そして日本シリーズも、いつも ” 綱渡り的な勝利 ” であった。
これだけ苦しんだ日本一のチームも珍しいだろう。
今は心から勝利を味わってもらいたい。
そして戦いの疲れを癒して欲しい。

ボクらファンは明日からホークスの試合が観れなくなるのは寂しいけれど、
来シーズンまた選手が顔を揃えるのを心を温めて待っていよう。

今季で最後になる秋山監督と、選手を支えたスタッフ。
そして一年間戦った選手全員に 「 おめでとう! 」 と、
「 お疲れさま 」 のコトバを贈りたい。




初公開 「 開通前の東九州自動車道 」

2014-10-30 04:54:41 | 探訪 ・ ドライブ



12月の開通を控えた東九州自動車道本線








サービスエリアの上り方面駐車場







サービスエリア上り線の入り口







サービスエリアの上り通行帯








下り線のサービスエリア







上り線にある足つぼマッサージ















サービスエリアの上り線のトイレ







駐車場で朝のラジオ体操と朝礼を待つ





普段、現場にカメラを持って行くことは無いが、
その情景があまりに感動的だったので、
今回は特別に仕事にかかる前の朝礼と昼休みに撮ったものである。

写真は12月に開通が予定されている東九州自動車道の工事区間で、
現在、応援で現場に入っているSAの状況である。
現場に行った初日に景色を見た時、
その駐車場の広さと遠くに見える平尾台の雄大さに感動した。

自分が携わっている作業はごく一部だが、
地図に載る場所を 「 これは俺が作ったんだぞ! 」 って思うし、誇りに思う。
今日も頑張ろう!




福岡県吉富町 ・ 千代姫 ( 鶴姫 ) を祀った 「 宇賀貴船神社と醍醐経一字一石塔 」

2014-10-30 04:53:41 |  滝 ・ 名所 ・ 神社仏閣











正面にある神殿







鳥居をくぐると正面に神殿、その左に祠や 「 醍醐経一字一石塔 」 がある








宇賀貴船神社の全景








宇賀神の祠








宇都宮一族の追善供養供塔「 醍醐経一字一石塔 」








「 醍醐経一字一石塔 」 は神社の塀を隔てた場所にある








対岸 ( 吉富町 ) の小犬丸の土手から見た中津城












宇都宮鎮房の娘、鶴姫はこの一帯では千代姫とも呼ばれており、
そのためここでは鶴姫ではなく、あえて千代姫として物語を書かせてもらうことをご了承願いたい。


中津城を前にした築上郡吉富町小犬丸の山国川。
その河原一帯に昭和20年代まで十数本の老松が立っていたが、
現在は、防波堤の護岸工事のため切られた松林に悲しい物語が残っている。

時は天正のころ、豊臣秀吉に国替えを命じられた宇都宮氏がそれに従わず城井城に立て籠もった。
それを攻める黒田氏は馬ヶ岳城から中津城に拠点を移し、攻防を繰り返した。
その後、黒田氏は攻略結婚によって宇都宮の娘千代姫 ( 鶴姫 ) を人質にとったうえで、
謀略を用いて宇都宮氏を討った。
鎮房をお供して合元寺で帰りを待っていた家臣たちの戦いの血しぶきの跡は今も消えず、
そのためお寺の壁は赤く塗られ 「 赤壁 」 のお寺として有名である。

宇都宮鎮房を謀殺した黒田は、残った千代姫をはじめ千代姫の付き人13人を
千本松河原で磔 ( はりつけ ) にした。
悲惨な情景を見た土地の人々は、千代姫らを悼んで松林の大木の根元に小さな塚を盛って
遺体を葬ったという。

時は元禄に移り、中津藩主は小笠原氏になっていた。
そのころ、千代姫の塚から ” 足を持つ大蛇が出る ” という噂が立った。
亀のような足、兎のような耳に、鯰のような髭を持った長さ10尺 ( 約3m ) ほどの妖怪だ。
時の役人、木村文兵衛はその大蛇を退治しようと、毎夜銃を手に機を窺っていた。
そんなある日大蛇があらわれ、文兵衛はここぞとばかりに銃弾を撃ち込んだ。
その弾は見事に命中し、大蛇を射止めた。
文兵衛は射止めた大蛇を塩漬けにして、江戸在府の小笠原長円公に差し出した。
ところが、長円公はにわかに病の床に就き、うわごとを言い始め、
撃った木村文兵衛は数日後に血を吐いて変死した。
小笠原の重臣たちは相談の末、大蛇の塩漬けを中津に送り返し、
墓所に埋めて祠を建て、弁財天として祀った。
現在の宇賀貴船神社の宇賀神がそれである。

かつて千本松として枯れると植え替えられていた松も今は面影はなく、
千代姫を葬った塚もない。
その後、 「 醍醐経一字一石塔 」 が宇都宮一族の追善供養のため、
1812年に中津藩主・奥平昌高の手により建立された。



熊本県八代市 ( 旧・泉村 ) 「 広瀬橋 」

2014-10-29 04:57:41 | 熊本の石橋



下流側から見た広瀬橋の全景








やや幅広で扁平なアーチ







輪郭は分かるものの壁石は見えない







隙間が出来た輪石の頂部裏側







径間が広い割に薄い輪石頂部







川岸から積み上げられた橋脚部分







草に覆われて遠目には石橋とは気付き難い







橋は現在でも農道として利用されている







広瀬橋の下流に架かる新しい橋





所在地 /  熊本県八代市泉町大字下岳字広平
架橋  /  江戸末期
石工  /  不明
長さ  /   13.1m   幅   /    3.1m  
高さ  /    3.5m  径間  /   10.4m


広瀬橋は氷川支流の小さな流れに架かる橋で、
やや扁平なアーチを見ることが出来る。
輪石や橋脚部の石積みはしっかりと組まれているが、
輪石の頂部裏側付近に隙間がある。
壁石や側面は草に覆われて明確な輪郭は見れないが、
橋下からの眺望は当時の姿を彷彿させていた。


広瀬橋へのアクセス
広瀬橋へは、こが橋の対岸の上流300mほどの支流に位置するため
こが橋を参考にしてもらいたい。
駐車は、橋の上の道路に駐車した。


福岡県吉富町のおいしいパン屋 「 HOLZ ・ BACKEREI 」

2014-10-29 04:56:41 | パン ・ ケーキ ・ お菓子


























































店の近くにJR日豊線が走っている





吉富町の街中にある小さなパン屋 「 HOLZ ・ BACKEREI 」 ホルツ・ベッカライ。
今まで通りに面していなかったので、ここに来ることは無かったが、
情報誌スマイルでその存在を知った。
店に入ると、目移りがするほど色んな種類のパンが並んでいる。
どれもこれも美味しそうで食べたくなるパンたちだ。
そのパンはどれも美味しく値段も手ごろなので、
次回は他のパンも買ってみたいと思っている。



「 HOLZ ・ BACKEREI 」

所在地 / 福岡県吉富町広津419-3
電話 / 0979-23-3634
営業時間 / 10:00~18:00
定休日 / 日曜・祝日


沖縄県東村 「 慶佐次 ( げさし ) 湾のヒルギ 」

2014-10-28 04:53:41 | 沖縄










干潮時の慶佐次湾















潮が満ちた時の慶佐次湾







ヒルギ公園ではカヤックも楽しめる












沖縄の東海岸が好きで、よく足を運ぶ。
そんな中にある東村の 「 慶佐次湾のヒルギ 」 。

慶佐次川河口部の長さ約1キロメートル、幅約200メートルにわたって
マングローブ ( ヒルギ林 ) が広がる。
面積は10ヘクタールあり、沖縄本島のマングローブとしては2番目の広さを有する。
マングローブを構成する樹木の多くはメヒルギであり、
川沿いにヤエヤマヒルギ、上流部にはオヒルギも見られる。

動物として、ハクセンシオマネキ、ベニシオマネキなどのカニ類、
マドモチウミニナなどの貝類、ミナミトビハゼなどのハゼ類に加えて、
シギやカワセミなどの鳥類も見れる。

分布の北限に近い広大な面積のマングローブとして貴重であることから、
1959年12月6日、当時の琉球政府によって天然記念物に指定され、
1972年 ( 昭和47年 ) 5月15日の沖縄本土復帰に伴って、
日本国指定の天然記念物となったものである。

慶佐次に着くまで名護の久志では汀間川のヒルギも見られ、
こうしたマングローブは、飽きることなく時間を忘れて見ていたい景色である。



大分県中津市 ・ 「 柳華園の中華定食 」

2014-10-28 04:52:41 | グルメ



ベロを火傷しそうな「あーちこーこー」の中華定食










この前は、「 天津飯 」 を食べたので、
今度は ヴィヴィアンさんが紹介していた 「 中華定食 」 にしようと思っていた。
酢豚 ・ 唐揚げ ・ ギョーザ ・ キムチにスープがついて750円。
どれも出来立ての 「 あーちこーこー 」 だったので旨かった。
次は、とり天・イカ天・炒飯を食べてみよう。




想い出の詰まった 「 久留米競輪場 」

2014-10-27 04:42:41 | 競輪・オートレース



バンク内から見たメインスタンド








最終コーナー ( 4コーナー ) を金網の外から見る






1コーナー付近の傾斜のついたバンクを走行する







バックストレッチから3コーナーにかけて







バンク内側から見た3コーナー付近






4コーナーからホームにかけてのスタンド






陸軍橋の手前にある競輪場正門







久留米競輪場の検車場にて・・・











久留米競輪場はどこの競輪場よりも想い出の詰まった競輪場である。
競輪選手を夢みて故郷を離れ熊本へ修行へ。
競輪学校の1次試験も久留米だったし、
プロとして第一歩を踏み出すデビュー戦も久留米だった。
そんな久留米競輪場だが、たったひとつだけ悔いが残ることがある。
それは、一度も優勝していないことである。
デビュー戦が 1 ➀ ❸の優勝戦3着。
その後も① ① ❸、➀ ➀ ❹、❶ ➀ ❼などの戦績を繰り返す。

あと一寸の2着は何度かあったが、優勝には縁がなかった。
それゆえに愛着というか想い入れがあるのかも知れない。

敢闘門の奥にある出走選手控室。
その光景を頭で思い浮かべると、
今でもピーンと張り詰めた独特な緊張感に満ちた空気が伝わって来る。

出走前は 「 この緊張感から早く解放されたい 」 と、いつも思っていたが、
久しくレースから離れると、またあの独特な緊張感を味わってみたくなる。
それは、選手の性 ( さが ) なのか、個人的な気質なのか解からないが、
自分はそうであった。



福岡県上毛町 ・ 悲恋の石 「 傾城石 ( けいじょうせき ) 」

2014-10-27 04:41:41 |  滝 ・ 名所 ・ 神社仏閣



三つの石が並ぶ傾城石(けいじょうせき)









石は尾根の上にある







一番大きな石を上から見た







傾城石(けいじょうせき)への登り口











山国川の西岸をさかのぼって大分県に入る手前が築上郡上毛町原井。
川の西、裾野に村落を抱いた山上に傾城石 ( けいじょうせき ) と呼ばれる三つの石がある。
以前は、ひとつは立ち、ひとつは倒れ、あとひとつは平らに据えられたようになっていたが、
今は三つとも横たわっており、その上に人が乗ると幾分動くようである。

昔、京の都にたいへん美しい芸妓がいた。
彼女には愛し合う相手がいたが、彼はわけあった生まれ故郷の九州に帰ることになった。
彼女にとっては悲しい別れであった。
泣く泣く見送ったものの、芸妓は彼のことを忘れることが出来なかった。
それどころか彼への想いは日増しに募り、数か月の後、ついにあとを追う。

ひとりで京を出たものの、独り旅の寂しさ、辛さはあったが、
彼に逢えるその想いだけで九州入りをする。
しかし、この地に至った時に、死因は語られていないが不幸にも変死する。
恋しい相手に逢えるのも、もうすぐという所で命を落とした芸妓は、死に切れなかったのか?
この世への未練で石と化して、山上から往来する人を見下ろすことになる。

傾城とは、国が倒れる原因となるような才女、あるいは美女のことをいい、
転じて美女であった芸妓を意味していたのだろう。
芸妓が化した石に男が乗ると、どんな小児でも石は動き、女性だとまったく動かないといわれている。
石に乗った男性が恋しい彼かどうかを確かめ、
自分の存在を知らせようとする想いが石に込められていたのではないだろうか。

元来、古代には山上の巨石は信仰の対象であった。
それは世界的にも例は多く、日本においても数多くの遺跡が残っている。
この地方でも、山国川周辺から国東半島方面に散在している。

この石も、元は神の宿る神聖は場所であり、土地の人々の祭りの場でもあった。
平たい石は御供物のために置いたものであろう。

今は、ほとんど訪れる人もいない神聖な石に宿ることの出来た京の芸妓は、
安らかに神に仕えているのだろう。



馬の詩より ・ 「 17年と149日 」   酒井 学 と トーホウジャッカル

2014-10-26 16:46:41 | 馬の詩 ・ それぞれ...







「 17年と149日 」  酒井 学 と トーホウジャッカル



その男は17年かかり
その馬は149日だった・・・

その馬が生れたのは
3月11日 東日本大震災の夜
不安な中での出産は
その後も試練を与え
ワンアンドオンリーが勝った
ダービー前日の遅いデビューだった

あれから149日
その背にはデビュー17年目にして
初めて菊の舞台で手綱を執る酒井 学
尾花栗毛を輝かせた馬の
17年目の夢を乗せた
149日目の快走が呼び込んだ
デビュー最速の菊花賞制覇




トーホウジャッカル 牡3歳
父 スペシャルウィーク
母 トーホウガイア

第75回 菊花賞より

大分県耶馬渓町 ・ 戦国武将 「 後藤又兵衛の墓 」

2014-10-26 05:34:41 | 歴史 ・ 墓 ・ 城 ( 本土 )











墓は一段高い場所に建てられている








「 後藤又兵衛の墓 」 の説明版







県道わきにある案内板













NHKの大河ドラマ 「 軍師官兵衛 」 の中で塚本高史さんが演じる後藤又兵衛。

後藤 基次 ( ごとう もとつぐ ) は、安土桃山時代から江戸時代初期の武将。
黒田氏、豊臣氏の家臣。通称は又兵衞で、後藤 又兵衛 ( ごとう またべえ ) として広く知られる。
黒田如水、豊臣秀頼に仕え、数多くの軍功を挙げ、
江戸時代に、 「 黒田二十四騎 」 「 黒田八虎 」 「 大坂城五人衆 」 の一人に数えられた。
そんな後藤又兵衛の墓が大分県中津市耶馬渓にある。

大阪夏の陣で戦死した基次は影武者で、大坂城落城の前に豊臣秀頼を護衛し、
真田幸村と共に瀬戸内海から豊後国日出に上陸して、
薩摩国の島津氏を頼りに落ち延びるという計画を実行していた。
上陸後、秀頼一行との再会を誓い日田の地で別れた基次は、
かつて黒田氏が中津を領していた頃の知人である女性・お豊のいる伊福の里に向かう。
お豊や里の人々と平穏な日々を過ごしていたが、
やがて秀頼の病死を知った基次は、豊臣家再興の夢が断たれた悲しみから、
承応3年 ( 1654年 ) 1月29日、お豊の家で自刃した。
基次の死後しばらくしてから、村人が墓を建立したが年月を経て欠壊し、
現在残っている墓は、宝暦13年 ( 1763年 ) に伊福茂助が建て替えた物である。

岡山の戦いにおいて、真田幸村により家康の本陣が突き崩され、
逃げ回る家康が基次に討たれたとする有名な講談があり、
堺の南宗寺には 「 家康の墓 」 も遺されている。
類例に、基次戦死の翌日、従兄弟で娘婿であった配下の山中藤太夫が、家康を追い回した。
戦後、兵たちの赦免が行われ、藤太夫も徳川頼宣に召抱えられたが、家康により暗殺されたという。


後藤又兵衛の墓は、諸説があり、大分県中津市だけではなく、
鳥取県鳥取市新品治町の 「 景福寺 」 もそのひとつである。 
戦国時代の武将でもあり、槍の使い手の後藤又兵衛は大隈城1万6千石の領主だったが、
出奔し、豊臣秀頼に軍師として迎えられた。
さらに、徳川家康からも、寝返りの誘いがあったほどの名将。
その遺髪を埋めた墓と妻子の墓が景福寺にある。

その 『 景福寺 』 には石臼の形をした羽生郷右衛門の墓がある。
鳥取藩主・池田光仲に特技を聞かれ、
武士が武芸を心得るのは当たり前だと米粒で糊を作ってみせ、光仲を感銘させた強物。
石臼を毎日持ち上げて鍛練していたというエピソードにちなんだ墓が建てられた。


豆腐屋さんが作るパン ・ 「 すまいる工房 大福 」

2014-10-26 05:33:41 | パン ・ ケーキ ・ お菓子



































豆腐屋さんが作るパンは、美味しい。
あんぱん、クリームパン、栗あんパンに、
クッキー生地と、しっとりとした自家製カスタードの
ダブル食感がたまらないクリームクッキー。
夕方に行ったので、残ったパンが少なかった。
今度はどっさりと置かれている時に訪れたいものである。



「 すまいる工房 大福 」

所在地 : 大分県中津市万田日ノ町616-9
営業時間 : 11:00~18:00
定休日 : 日・祝日
電話 : 0979-64-7751


潮風号に乗って 「 レトロの街を抜けて海を見に行こう! 」

2014-10-25 04:56:41 | モノレール ・ 乗り物 ・ 旅客機

























































潮風号の乗車券発売所













港とレトロな街並みが人の心を惹きつける門司港。
その門司港を時速15キロという日本一遅いスピードで走る潮風号。
トロッコ列車の潮風号はレトロな街を抜け多くの人が渡った関門海峡を目指して走る。
川端康成ではないが、「トンネルを抜けると、そこは海峡だった。」

ただ・・・
潮風号が終着駅に到着し、
そこから見た関門海峡をエンディング映像にするつもりだったが、
ムービーメーカーに取り込めなくて、仕方なく写真にした。
ただの画像よりも動画の方が情景や感動が伝わると思うので、
わずか7分ですが、トロッコ列車の旅 ( 往路 ) をお楽しみ下さい。
そして、またイツカ復路も紹介したいと思っていますので、併せてお楽しみに・・・