遠い記憶1959

主に1960年以降の遠い記憶

1975年に日野市の百草台(百草園)に行った

2016-12-20 | 遠い記憶1959

1975年の百草台の記憶



中学の時に知人が住んでいるというので日野市の百草台に行った。聖蹟桜ヶ丘のそばで聖蹟桜ヶ丘はウルトラQなどの映像でも出てくるが昭和40年ごろに造成したのだと思う。

百草台に行った時は、今はコミュニティーセンターの脇に給水塔の様な施設があるが塔の裏の高台に現在はその名残がうかがえる。当時は山の上に窪地がありとても多くの子供たちが中で遊んでいた。

窪地の周りは外輪山のような裸の山になっていて、木が一本も無いから上に登ると他に遮るもの無しのまさに絶景だった。北方面が開けていたが東京から八王子に向けて広い低地をまっすぐに2本の高速道路と鉄道が走っていた。その間を埋めるように家々が立ち並んでいる。

東京郊外と言っても別のところに住んでいた自分にとっては大きなカルチャーショックだった。窪地の南側には団地(まだ出来てなかったかもしれない)と、とても奇麗に整列した住宅地が丘陵の斜面に広がっていて、この丘陵地というキーワードと、この景色で「素晴らしくいいところ」みたいな観念が生まれた。中学1年だからまだ純粋だったのだろう。実生活にこのショックは何の影響も与えることは無かったが、こういう所に住んでいる人たちが居るのを知ったのは何かしら大きかった様に思う。

20年前、10年前、昨年と見学に行っている。現地に住んでいる方と少し話したが多摩ニュータウンと似たような状況にあるらしい。あの子供達の楽しそうで、にぎやかな騒ぎ声はずいぶん昔の話になってしまった。

昔の裸山には今では背の高い木々が生い茂り、頂上に行ってもあの絶景はまったく見られなかった。

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