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価値観

2017年08月09日 | 命の生き方
世の中の価値観は多様化していると言われます。もう少しストレートな言葉で言うと、人それぞれ…他人にとやかく言われる筋合いはない…といった事でしょうか。他人の考え方にまで口をはさむ事はご法度です。そして、世の中は「自分に正直であれ」と教えます。「自分らしくあれ」と。世の中が(世間が)人の考え方を縛り付けていた時代からすれば、それは先人が勝ち取って来た尊い権利であるはずです。自由な時代を謳歌できる私たちは、幸せなのだと思います。

…が、その各々が持つ「価値観」は、何でも良いのか?と言えば、少し違うのかも知れません。「やりたいようにする」「やりたい放題に生きる」という意味だとは思わないのです。「自分の欲望」と「理想とするもの」の間には、誰しもギャップがあるのではないでしょうか。「本音」と「建て前」という言葉が使われます。大抵は、そんな風に本音と建前の間に差異があるのは良くないという風に使われる事が多いような気がします。「本音で生きる」事が、より自分に正直な生き方であって、自分を解放する事、自分らしくある事なのだと、そう思っている事が多いような気がします。

私は人は「本音」と「建て前」を持つべきなのではないかと思っています。誰でもいつも聖人君子で居られるわけではありません。自分さえ良ければそれでいいとか、楽しければそれでいいとか、楽ができればそれでいいとか…それは、決して悪いばかりでなく、人間というものはそういう弱いものなのだと思うし、そんなこんなを全てひっくるめて「自分」なのだとそう思います。

だからこそ「こんな風にありたい」という理想が必要なのだと思うのです。心が真っすぐで、自分よりも他人の事を大切にでき、何よりも世の中がより良くあるように祈ることができる…空のどこか高いところからピンと引っ張られていて、背筋をまっすぐに正すような気持ちを持っていたいと思うのです。たとえそんな理想の自分であり続ける事ができなくても、「そうありたい」「そうあるべきだ」と思える心というのは必要な事のような気がするのです。

「偽善」という言葉は否定的な言葉として使われます。本来はそんなに善人でもないのに、善人ぶって見せる、表面だけを取り繕って良い子のように見せる事は、大抵の場合歓迎されません。でも、本当はそんなに優れた人間ではないけれど、本当に優れた人間でありたいと願う事は、トテモ大切な事のように思います。

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セットした用紙からずれた位置に印刷されます

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