原点回帰

日常そのものがスピリチュアル。普段の生活の中からスピリチュアルなことを綴っています。

シンプルなものを難しくした時代

2017-06-30 | 日記
 十数年前、まだ仏教や宗教関係の本を読み漁っていた時期がありました。
なかでも仏教にハマっていた私は仏教を理解するには、悟るためには、これらの本を読まないといけない、理解しないといけないと信じていました。
 
特に密教や禅宗の有名な僧侶たちの書いた本を購入したり図書館で借りたりしていました。
そして読んでみるのですが・・結局、ほとんど途中で読むのを止めてしまいました。

なぜかというと、古典なので漢文の書き下し分になっているのですが、まずそこからつまづいてしまいます。
そして、肝心の内容なのですが、これがまたわかりにくい。とにかく難しく書いてあるのです。
比喩や省略で文章を飾り、感覚的にハイテンションのまんま書いているものも多く、本人しかわからないというか、もう一人悦に入って楽しんでいるように感じました。
また、当時は格好いい哲学的な文章を書くことが流行っていたというか知識人としての振る舞いであった時代なので、本人としては文学作品を残している感覚だったと思います。

なんでこんなに難しく書いているのか疑問でした。
こんなんじゃ誰も分からないだろうと・・。
 
結果的には、修行によって真理を体得し、わかりやすくして広めようとしたというよりも、真理というわからないものをさらにわかりにくくしてしまった、というのが実情だと思います。
 
でも、それは今だから言えること・・
当時は、宗教全盛時代、外側信仰全盛期であったため、当時の時代の振動数からすると仕方がないことだったと思います。

言うなれば、わからせない仕組み、真理を悟らせないようにする時代設定の中での真理の探究であったと思います。

そして、その時代に活躍した名僧や宗教的偉人達も、実際は思いもよらず、その時代の枠組み作りに貢献していたのかもしれません。
 
彼らは今どう思っているのでしょうか・・
今の時代を見てどう感じているのでしょうか・・
彼らの残した足跡が、今に至るまでどういう影響を与えたのでしょうか・・
 
こういうことに思い巡らすことは、それらの名僧・偉人や残された著作を信仰してきた現代の人々にとってタブーなことかもしれません。思いもよらないことかもしれません。
 
ですが、今はもうその時代とは、天地逆さま、価値観が逆転してしまっている時代なのです。
なので、今それらの著作を読んだりその時代の宗教的な修行法にのめり込んでも、現代の地球の振動数なので目覚めないとまでは言いませんが、非常に困難な道を選択することになり、気づくまでにかなりの時間がかかってしまうと思います。
 
今は地球も人も本来の自分の本質に回帰しようとしています。
もはや人自ら難しくする時代ではありません。

シンプルなものはシンプルに・・
 
今まで自分の心の現実から目をそらし、自分の外側を拝むという経験に重要な役割を果たしてくれたことに感謝して、時代の流れとともに、皆ともにシンプルに歩んでいけたらいいなと思います。
 
 
最後までお読みくださりありがとうございます
 
 
 
 
 
 
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