~風に吹かれて~ by ポー(paw)

-人の中に 人の創り出した物の中に 動植物の中に 地球や宇宙の中に 魂の琴線にふれ 愛を感じながら 生き込みたい-

阿豆佐味天神社(東京都西多摩郡瑞穂町)

2017-07-08 06:41:34 | ・神社・お寺

2017.6 阿豆佐味天神社(東京都西多摩郡瑞穂町)へ参拝に行きました。以前から気になっていたのですがようやく実現
しましたよ。

良い感じの参道ですね~

青梅街道入り口にある文久3年(1863年)の社号標。

桜が咲いたら綺麗でしょうね~

ここから境内ですね。

わお~、小学生の神社見学時間って感じでした^^ いいですね~にぎやかでしたよ~^^

小学生たちが帰ったら、一気に静まり返りました(笑

拝殿

重厚な感じですね。

柱に、お百度参りの算木がありました。

拝殿の扉・・・いや~こんな重厚な趣の扉は初めてですね。

本殿

本殿 裏より

神明社前より神楽殿 ちょっと神楽殿はかわいそうな状態でした。

更に山へ入ると「須賀神社」もあったようです。

拝殿前より参道方向

 

阿豆佐味天神社(あずさみてんじんじゃ)

祭神:少彦名命(スクナビコナ) 素戔嗚命 大己貴命

・東京都西多摩郡瑞穂町にある神社であり、他の阿豆佐味天神社の総本宮である。

・瑞穂町と武蔵村山市のほぼ境界上の狭山丘陵南麓部に位置する古社で、『延喜式神名帳』には武蔵国多摩郡八座の一座
 数えられている。

・社伝によれば、寛平4年(892年)桓武平氏の祖・高望王が創建したという。

・村山郷の総鎮守で、武蔵七党の一、村山党(高望王の子孫で秩父平氏の流れを汲む)の氏神として崇敬を受けた。

・阿豆佐味という社名については、梓弓によるという説、楸(きささげ、古名あずさ)によるという説、湧水
 (阿豆=甘い、佐=味の接頭語、味=水で、甘い水の意)によるという説など諸説ある。

・天正12年(1584年)、慶長3年(1598年)の修復を経て、享保年間(1716年-1736年)村山土佐守により社殿の修復が
 行われ、その後も後北条氏が社領15貫文、徳川幕府が朱印地12石を寄進するなど、歴代領主から厚く遇されている。
 明治6年(1873年)郷社に列格した。因みに殿ヶ谷の地名は、村山党の居館があったことに由来するという。

・立川市砂川町に鎮座する阿豆佐味天神社は、江戸時代の初め、当社を勧請したものである。砂川の新田開発を行った岸村
 (現在の武蔵村山市岸)の村野氏(後の砂川氏)は村山党の後裔を称する。また、小平市小川町の小平神明宮、同市仲町の
 熊野宮は、同じく小川新田の開発を行った岸村の小川氏と、当社の社家、宮崎氏が、岸村に鎮座していた当社の摂社、
 神明社と熊野宮を勧請したものである。

・「猫返し神社」としても知られており、飼い猫の無事や健康を祈る参拝客が多く訪れる。境内内の蚕影神社がその社で
 あり、蚕の天敵がねずみであることから、ネコが守り神となっている。「猫返し神社」として知られるようになったのは、
 ジャズピアニスト山下洋輔の影響とされている。by wikipedia

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