フランスに揺られながら DANS LE HAMAC DE FRANCE

フランス的なものから呼び覚まされることを観察するブログ

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小川洋子 「ブラフマンの埋葬」 "L'ENTERREMENT DE BRAFFMAN"

2006-11-06 00:01:35 | 日本の作家

何を思ったのか、小説でも読んでみようという気になった。手に取ったのは小川洋子著 「ブラフマンの埋葬」。書き込みには次のようにある。

samedi 19 juin 2004, après avoir lu un atricle sur Ogawa dans le mensuel "LIRE" à l'IFJ

もう2年以上前にフランスの読書雑誌 LIRE で紹介記事を見て買ったもののようだ。読むまでは日本に来た (あるいは住んでいる) 外国人が出てくる話だと思っていた。

舞台はどこかの田舎にある「創作者の家」 という芸術家を自称する人がひと夏を過ごすところで、その家の管理人をしている主人公の 「僕」 がある日、後にブラフマンと名づけられる犬と出会い、それからの彼 (ブラフマンのことを 「僕」 はそう呼んでいる) との生活がその町の人や 「家」 に集まってくる人たちと同じ視線で淡々と描かれている。特に、「僕」 とブラフマンとのやりとりがたまらなくよいのである。例えば、

「僕はブラフマンの目を見て話した。トイレの訓練に限らず、いつでもそうだ。僕が話しだすと、必ず彼は僕の目を見た。疑いも持たず、うんざりもせず、あまりにも澄んでいるので本当にそこにあるのか心配になってくるほどの瞳を、こちらに向けてきた。かつて誰かにこんなふうにただひたすら、見つめられたことがあっただろうかと、思い出そうとしてみたが、思い出せなかった。」 

先日読んだマブソン青眼さんの日記にあった句を思い出す。

  「犬ときに 人のまなざし 夜の秋」   青眼
 
    Parfois mon chien
      un regard humain
        l'automne de la nuit 

     (traduit en français par paul-ailleurs)

「僕」 が骨董屋で見つけた家族写真についてのシーンも印象に残った。

「家族の写真だった。両親と子供が三人。上二人の男の子が十四歳と十歳くらい、妹はまだ幼くて三、四歳だろうか。夫婦の結婚記念日か、誰かの誕生日か、とにかく特別な日に、写真館で撮影されたものらしい。皆おめかししている。
(・・・)
 五人は皆、死んでしまったのだと僕は思う。最後に飾られていたのは誰の部屋だったのだろうか。たぶん、三人の子供の誰かだろう。きっとその家の一番大事な場所に、飾られていたに違いない。
 彼らが皆いなくなってしまった、という想像は、思いの外僕を悲しくさせなかった。むしろ安らかな気持ちにさせた。家族が一人ずつ旅立ってゆく。残された者は、死者となったものの姿を、写真の中で慈しむ。そこでは死者と生者の区別もない。やがて少しずつ残される者の数が減ってゆき、とうとう最後には誰一人いなくなる。まるでそういう家族など、最初からどこにもいなかったのだというように、あとにはただ無言の写真だけが残される。・・・・その静けさが、僕に安らかさを与えてくれる。」

そして彼はある秋の日にあっけなく死んでしまう。ひと夏のものがたりである。犬の生態が事細かに描かれていて観察に相当の時間を費やしたのではないかと想像させる。この物語を読みながら、中学の頃家で飼っていたチャーリーと名づけた犬のことが再び蘇っていた。


フランス人のファンが多いと聞くが、それがわかるような気がしてきた。

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4 コメント

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こんばんは♪ (miyukichi)
2006-11-29 20:40:24
 TBどうもありがとうございました。
 
 まっすぐにこちらを見つめるブラフマンのまなざしが
 小説ごしに、見えるようでした。

 そういえば、フランス語に翻訳されたりしているらしいですね。
 そのあたりのことを、以前エッセイでも読んだ気がします。
 
TBとコメントありがとうございます (paul-ailleurs)
2006-11-29 21:20:54
知り合いのフランスの方(パリ在住)が小川洋子のファンで、その話を聞いているうちに読んでみようかという気になってきました。読んでみた印象は静かで、何気ないところに小さな意味を見つけ出しているような観察眼があるようで、気に入りつつあります。先日、出張の折、「海」を読みましたが、同じような雰囲気があり楽しめました。彼女の作品は結構フランス語に訳されていますが、この小説はまだのようです。
はじめまして (esquisse)
2006-12-23 23:20:09
小川洋子のファンで、検索しているうちにこちらにたどり着きました。「静かで何気ないところに小さな意味を見つけ出しているような観察眼」・・・小川さんの世界の印象として、共感します。

小川洋子作品は、国外のうち特にフランスで多く翻訳されているそうですが、何がフランスの人々の興味を捉えるのかと考えます。そんなとき、まずは「薬指の標本」が映画化されたところを見ても、やはり「官能」の部分かとも思えるのですが、それは要素の一つでしかなく、根底に「何気ないところに小さな意味を見つけ出す観察眼」が潜んでいるからなのかなという気がしています。
訪問ありがとうございます (paul-ailleurs)
2006-12-24 02:42:51
私が小川さんの本を読み始めたのはごく最近で読者といえるかどうかわかりませんが、ご指摘のように何気ない日常に何かを見つけるというところに惹かれるものを感じました。先日の夜、何気なくラジオをつけた時、小川さんのインタビュー番組が始ったところでしたので少し聞いていました(後半は寝むっていたようです)。その中で彼女は、私はどこか遠いところに題材を求めるような作家ではない、題材は身の回りの至るところにあるというようなことを言っていました。この姿勢(視点)が作品にも表れているように感じました。

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