フランス的なものから呼び覚まされることを観察するブログ
J'OBSERVE DONC JE SUIS
フランスに揺られながら DANS LE HAMAC DE FRANCE
科学すること、賢くなること FAIRE DE LA SCIENCE OU DEVENIR SAGE

長い間、科学の分野で生活をしてきた。しかし、始めた当初に比べてどれだけ賢くなっているだろうか。どれだけ考えが深まったであろうか。残念ながら、答は芳しくない。科学するという中には思想性、哲学性などを入れる余地はないのか。歴史的には、形而上学的なものから決別するかたちで科学が離れていったと理解しているので、その経緯を考えれば当然のことなのかもしれない。思想に盲目的に従ったがために科学を歪めた例も知っている。ただ最近になり、この両者が離れたままでいる状態に満足できなくなっている。2つの相対する領域が融合できないのだろうか。ある意味、文理の融合を目指すのに近いのかもしれない。
科学を自らの全存在にとっての学問として考え直したとき、どれだけの位置を占めているのだろうか。少なくとも私は、科学をすることにより全存在に関わる問題について考えることには至らなかった。遠くから科学を見る眼を得た今、これまでの自らの仕事がペットを育てる程度の意味合いしか持っていなかったように感じられる。そもそも科学にはそれを要求するところがないのだろうか。それとも私の科学に対する態度に未熟なものがあったのだろうか。
もしそれが科学に内在する性質であるとすれば、全存在についての理解に辿り着こうとするとき、問の出し方を変えなければならないのではないか。方法を変えなければならないのではないか。そんな思いに取り憑かれている今日この頃である。
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