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本日も詩歌 ・・・ 長田弘 「死者の贈り物」 LES POEMES D'HIROSHI OSADA

2006-03-22 23:49:13 | 俳句、詩

今日もお決まりのコースになった。今日はジョルジュ・ド・ラ・トゥール (1593-1652) の「聖歌隊の少年」が表紙となっている長田弘 (1939-) の詩集 「死者の贈り物」。

夜カフェに入る。入るとモーリス・アンドレ Maurice André (1933-) のトランペットがバロック音楽を奏でている。トランペットをやっていた学生時代、浴びるように聞いていた彼の演奏に触れ、当時確かに生きていたことを感じる。

そのカフェでは、コーヒーに小さな切花が添えられていた。その花を押し花にしようとして詩集に挟もうとした時、ある光景が浮かんだ。午後の講義を待っている昼休みの終わり頃、皆が教室に戻ってきた。同級の女性が小さな花を手折ってきたのだろう。何気なく私に差し出した。その瞬間、思いもかけていなかった彼女の心に触れたような錯覚に陥っていた。その花を押し花にした。今でも密かにどこかの本の中にいるはずだ。

「死者の贈り物」 を読む。死とは、人生とは、本当にあっけないもの。そんなことを言っているような。例えば、こうだ。

 『こんな静かな夜』

 先刻までいた。今はいない。
 ひとの一生はただそれだけだと思う。
 ここにいた。もうここにはいない。
 死とはもうここにはいないということである。
 あなたが誰だったのか、わたしたちは
 思いだそうともせず、あなたのことを
 いつか忘れてゆくだろう。ほんとうだ。
 ・・・

  
 『イツカ、向コウデ』

 人生は長いと、ずっと思っていた。
 間違っていた。おどろくほど短かった。
 きみは、そのことに気づいていたか?

 なせばなると、ずっと思っていた。
 間違っていた。なしとげたものなんかない。
 きみは、そのことに気づいていたか?
 ・・・
 ほんとうは、新しい定義が必要だったのだ。
 生きること、楽しむこと、そして歳をとることの。
 きみは、そのことに気づいていたか?
 ・・・


 『あらゆるものを忘れてゆく』

 ・・・
 約束をまもらず、彼は逝った。
 死に引っ張られて、息を切らして、
 卒然と、大きな犬と、小さな約束を遺して。
 いまでもその小道を通ると、向こうから
 彼が走ってくるような気がする。だが、
 不思議だ。彼の言ったこと、したことを、
 何一つ思いだせない。彼は、誰だった?
 あらゆるものを忘れてゆく。
 ・・・


 『夜の森の道』

 ・・・
 信じないかもしれないが、ほんとうだ。
 ひとの、人生とよばれるのは、
 夜の火に、ひっそりとつつまれて、
 そうやって、息を絶つまでの、
 「私」という、神の小さな生き物の、
 胸さわぐ、僅かばかりの、時間のことだ。
 ・・・
 切っ先のように、ひとの、
 存在に突きつけられている、
 不思議な空しさ。
 何のためでもなく、
 ただ、消え失せるためだ。
 ひとは生きて、存在しなかったように消え失せる。
 あたかもこの世に生まれでなかったように。

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