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マルグリット・デュラスの日記 CAHIERS DE MARGUERITE DURAS 

2006-10-08 23:57:07 | 海外の作家

先週来た Le Point にマルグリット・デュラスが 1943-1949年 (29歳~35歳) の時期に書いていたノートが発見され、それが発売される (先週10月5日) ことを受けての記事が出ていた。デュラスとのつながりは、晩年をともに暮らしたというヤン・アンドレア Yann Andréa の "Cet amour-là" を読んだことがあるくらいだろうか。1984年のゴンクール賞 Prix Goncourt "L'Amant" はまだである。

マルグリット・デュラス Marguerite Duras (Gia Dinh, Indochine, 4 avril 1914 - St Germain des Près, 3 mars 1996)
"Cahiers de la guerre et autres textes" (448 pages, POL/IMEC, éditeurs)

1985年に "La douleur" 「苦悩」 という自伝的な本を出しているが、その中にノーフル・ル・シャトー Neauphle-le-Château の家の青い整理箪笥に誰の眼にも触れることなく残っていたノートを読んだ時の驚きが綴られている。しかし今回、それはほんの一部であったことが明らかになった。Institut Mémoires de l'édition contemporaine (IMEC) の所長、オリヴィエ・コルぺ Olivier Corpet さんとソフィー・ボガール Sophie Bogaert さんとのお仕事で、"Un barrage contre le Pacifique" 「太平洋の防波堤」 (1950年)、"Le Marin de Gibralter" 「ジブラルタルの水夫」 (1952年) から "L' Amant" に至るデュラス作品の原型 (la matrice) となっているものに光が当たることになった。

最初のノートには最も驚くべき事実が語られている。彼女の幼少時代が70ページにわたり削除されることなく (sans rature)、迸り出るかのように書かれている中に、家庭の苦悩、屈辱、暴力が顔を出す。マルグリット14歳の時、アマンとの出会いの後、長兄から文字通り殴られ (cognée)、母からもたたかれ (frappée)、"fumier" (堆肥=汚いやつ)、 "morpion" (毛じらみ)、 "salope" (淫売)、 "ordure" (ゴミ=人でなし) などの汚い言葉で罵られる。兄に殺されるかと本当に思ったと書かれてある。アマンとされる男は、実は中国人ではなく平均的安南人 Annamite よりも醜い安南人であることもわかる。母親も兄弟もサイゴンに出ては彼におごらせたりしていたようだ。彼女の原点にある屈辱を歪曲し (travestissement)、高めていく (ennoblissement) その力の何と凄いこと。

二番目のノートには未完の小説 "Théodora" が書かれている。この気取った (tarabiscoté) 文体の小説は、1969年に発表された "Détruire, dit-elle" 「破壊しに、と彼女は言う」 に取り入れられている。

最も素晴らしいのは三番目のノート。彼女の子供の死について語った生々しくも粗野な文章。彼女の愛人 ディオニス・マスコロ Dyonis Mascolo (彼との間には息子ジャンがいる)、小説家エリオ・ヴィットリーニ Elio Vittorini とのヴァカンスでの数々の素晴らしい描写。1953年に発表された "Les Petits Chevaux de Tarquinia" 「タルキニアの子馬」 の中にはこの時のメモが使われている。

「その他のテキスト」 の中には、notes, essais, fragments, bribes (断片) があるが、特に "L'enfance illimitée" 「無限の子供時代」 の章が素晴らしい。その中には母親の大地のような大きさが綴られている。プルースト同様に、彼女の作品の鍵になる存在が母親のようである。

何ら注意を払われることなく置かれていた資料は、まだ45箱にも及ぶとされている。しかし、最初のカイエにはデュラス嫌いの人も唖然とせざるを得ないだろう (on ne peut qu'être médusé) 。

11月にはカーン Caen でデュラス展が始まるようだ。

Marguerite Duras, une question d'amour
4 novembre 2006 - 31 janvier 2007
Abbaye d'Ardenne - IMEC
Saint-Germain la Blanche Herbe

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