フランス的なものから呼び覚まされることを観察するブログ
J'OBSERVE DONC JE SUIS
フランスに揺られながら DANS LE HAMAC DE FRANCE
「思い出す」 ということ SE RAPPELER, C'EST...

以前にも触れていることだが、この脳には自分でも気付かないほどの膨大な情報が詰まっていると思っている。問題はそのほとんどを引き出すことができないので、そのことがわからないだけなのだと。これもよく経験することだが、一度入ったものを何ものの助けもかりずに思い出すとその後引き出しやすくなっている。そうして初めて記憶に残っていると意識できる。実際にはもっと多くのものが詰まっているはずなのだが。
つい最近、ある方との話の中に次のようなことが出てきた。
「パリ第7大学 Paris VII (校舎はパリ市内に散らばっているが、これは Campus Jussieu のお話) のビルに 『・・・』 が使われていることがわかり全面改修をしているところなので、あまり美しくないかもしれない。」
状況から考えてアスベストのことを言っているのだと思ったが、そうは言っていなかった。むしろその音を聞いた時、映画の 「オーメン」 のダミアンを連想していたが、内容がわかったのでそのままにしておいた。そして今朝、起き掛けにアミアンという音が聞こえてきたので辞書を見てみると、"amiante" (アミアント) がアスベスト・石綿となっている。こういう形で頭に蘇ってきたものはなかなか忘れない。
人には忘れようとしても忘れられないことはあるが、ほとんどは砂が指の間から落ちるように記憶の彼方へと消えていく。時々、意識的に思い出すという作業を入れることにより、少しは人生が豊かになるのかもしれない。
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