フランス的なものから呼び覚まされることを観察するブログ
J'OBSERVE DONC JE SUIS
フランスに揺られながら DANS LE HAMAC DE FRANCE
中学で 「哲学」 LA PHILOSOPHIE AU COLLEGE

数日前、世田谷区の教育特区で中学の課程に 「哲学」 を入れるというニュースを見て、驚くと同時に少し気分が明るくなっているのを感じる。こちらにその詳細が出ている。関連部分を以下に抜き出してみる。
-----------------------------
中学校においては、教科 「日本語」 を 「哲学」、「表現」、「日本文化」 の三領域に分けて指導を行うが、それぞれの領域を指導する学年は、主に 「哲学」 は1・2年、「表現」 は1・3年、「日本文化」 は2・3年とする。
(I) 中学校「哲学」領域
(a) 身近な社会問題や自然現象などについて自己との関わりに着目して課題を設け、様々な観点から調べたり追求したりする学習を通して、主体的に深く考えることの大切さを自覚する。
(b) 人が生きる意義や自分の課題について考えることを通して、生き方についての自覚を深める。
(c) 生と死について考える体験的学習を通して、命の大切さや自己を向上させる喜びなどを実感する。
(d) 法曹関係者、経済界関係者、外国人などと接するなどして、民主社会のきまりや倫理、マナーについて考え、人類が築いてきた普遍的な価値について考える。
(e) 哲学や宗教、芸術などのもつ意義などについて考察し、人間の存在や価値に関わる基本的な課題を探求することによって人としてのあり方について考えを深める。
-----------------------------
まさかこんなに早く日本語教育の中に哲学という言葉が出てくるとは予想もしていなかった。浮ついた英語教育の現場がテレビに映されているのを見るにつけ、何を考えているのだろうかと思っていた一人としては、じっくり考えることに目を向けさせる意味で大きな一歩だと考えている。問題はこれがどこまで広がるかということだろう。遍く広がり、それが3-4代以上受け継がれなければ社会が変わるところまでは行かないだろう。どのような観点で今回の特区教育が評価されるのか、それを見てみたい。ところで高校でこのようなアイディアを持っているところはないのだろうか。中学だけで終わったのでは、余り効果が望めないようにも思えるが、、
-----------------------------
以前に関連したテーマについて触れています。
2006-08-05 哲学教師という職 PROFESSEUR DE PHILOSOPHIE
2006-08-30 ある日の夕食 − 大人の日本 UNE SOIREE - LE JAPON MUR
| 前の記事へ | 次の記事へ |


ブログ作成者から承認されるまでトラックバックは反映されません