フランス的なものから呼び覚まされることを観察するブログ
J'OBSERVE DONC JE SUIS
フランスに揺られながら DANS LE HAMAC DE FRANCE
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| 2001年にフランス語に目覚めて以来、人間活動のあらゆる局面に興味が湧く。目に見えるもの、過去に埋もれているものなどとの接触で呼び覚まされることについて日々観察している。 (2005-10-13) | |
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Youi Insurance (Feb.16,2005)
子供の頃の夢 UN REVE DE MON ENFANCE

母の日ということで、電話で2時間ほど話をする。こういうことは初めてである。80歳を超える母親が言うには、これからは昔のことを話してやろうと思い、いろいろと書き留めているという。今日話に出てきたのは、自分の知らない子供の頃のこと。尾籠な話で申し訳ないが、その昔、家に便所に溜まったものを取りにくる車が来ていたという。その時、臭い中興味深そうに見ている子供たちに、どうしてそんなに見ているのか不思議に思い尋ねたという。そして私が答えたこと。それは、将来バキュームカーの運転手になりたい、であったという。この手の話は、いつも私の興味を引く。そこで楽しそうに見ている自分になぜか会ってみたくなるのだ。
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お母上との特別な日の会話良かったですね。いつも不思議なことの1つ。せいぜい5歳くらいまでですが、男の子は運転手になりたい。女の子は看護師さんになりたい。これは今も定番のようですね。勿論例外もたまに居ますが。
世はジェンダーがいまだはびこり、DVに苦しむ女(これも逆例あり)も絶えないのに、上記の「夢」は教えられたものではなく、自然に身についてるように思われてなりません。ちなみに、わたしは3歳くらいまでの子供は男の子の方が断然好きなのです。何時間でも電車の来るのを見続ける男の子を見つけると、許す限り一緒に「キタ、キタ、デンシャキタ」とと言い合い、その日は「ああ、いい日だったなあ」と満足します。男の子の「夢」の方が多くの可能性を秘めているようで、たまらないのかも知れません。
「夢」を失うことは必然だし、悪いことでもありませんが、出来得るなら、少しでも長く抱いて欲しいと願います。
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