フランスに揺られながら DANS LE HAMAC DE FRANCE

フランス的なものから呼び覚まされることを観察するブログ

J'OBSERVE DONC JE SUIS

SPINOZA 哲学に革命をもたらした男

2007-08-15 23:47:11 | Spinoza

久しぶりの Le Point 特集である。7月にパリを訪れた時に宣伝を見たもので、こちらに帰ってきたら届いていた。今まで読みたいと思いながらも忙しくその気にならなかった。記事のタイトルは、以下のようになっている。

 「スピノザ ― 悦びの哲学者」 SPINOZA -- Le philosophe de la joie

宗教改革と資本主義の始まりのヨーロッパにおいて、アムステルダムのユダヤ人にして博識の若き商人は、すべてが神により考えられる世界を疑う。その名をバルーフ・スピノザ Baruch Spinoza (24 novembre 1632, Amsterdam - 21 février 1677, La Haye) という。彼の座右銘は "Prends garde" (用心せよ)。彼は社会から排斥され、優れたメガネレンズ磨きの職人、そして自由の最も過激な思想家になる。自然の目的論を拒否し、精神と身体の統一を説き、信教の自由の道を示した。ヘーゲルに、「スピノザでなければ哲学でなし」 "Spinoza ou pas de philosophie" と言わしめた。今日においても 「エチカ」 の著者は情熱を掻き立て、あらゆるところで引き合いに出される。左派でも右派でも、作家でも科学者でも、宗教家と同様に非宗教家にも。スピノザはそれほど一般向けなのだろうか。

世代を超えてこれほど激しく愛され、しかも嫌悪されている。一体彼は何をやり、何を言ったのだろうか。350年に亘り、侮辱され、あるいは賞賛を浴びる。スピノザは、聖人として崇められるかと思えば、悪魔として恐れられる。彼は最高の脅威であるか、比類なき救済者であるか、中途半端はない。

この比類なき思想家は、逆説に溢れている。44歳という若さでほとんど何も出版せず、オランダから出ることもなく亡くなった。しかし、彼の名声はヨーロッパ全土に広まり、高まり続けた。宗教を非難し、聖職者を嫌悪したが、神について語るのを止めなかった。彼が無神論者かどうかは厄介な問題である。

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以下に、リヨンENSの哲学者ピエール・フランソワ・モローによるスピノザ像を。

 誰かに対する時、われわれはいつもスピノザ主義者 spinoziste である。スピノザ主義 spinozisme は多数派に対する少数派の哲学、主流派の思想に対する代替の思想である。スピノザは目的論的イデオロギーに反対。スピノザ主義はアフォリズムや標語の思想ではなく、もし自分が同意しないとするならば、その明確な理由を自ら提示するという論証の思想である。彼はマキャべリやマルクスに比肩される政治的な思想家である。ただ、制度や行動そのものについて解析するが、そこに倫理的な視線は投げかけない。例えば、政治的腐敗を見る時、彼は決してそれを一つの悪として糾弾はせず、腐敗が権力の安定を害するのかどうか、市民にとって有害ではないのかを自らに問いかける思想家である。

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パリに帰る?

2007-08-14 21:23:00 | Weblog

先月、パリのアパートを決めてきた。向こうに住むところがあるということが、心に不思議な余裕を与えていることに気付く。それは、この月末にパリに向かうことがどこかで家に帰るという感覚を伴っていると言い換えてもよいかもしれない。住処をあらかじめ決めておいたのは正解だったようだ。

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羽田空港にて

2007-08-13 18:32:24 | Weblog

羽田空港でお土産のケーキをある店で買おうとしたが、なかなか見つからない。そこで、通りかかった係りの方にお店の場所を尋ねた。そうすると中年の彼は、私の予想を超える行動に出た。何と断る私を振り切って階上のその場所まで案内してくれたのだ。昨日は大変なお客さんでした、などと言いながら。労わらなければならない人だと思われたのか、丁度時間が空いていたのか、彼のいつもの行動なのか。いずれにしても非常に気持ちよく買い物をして機内の人になった。

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退官記念誌

2007-08-12 21:16:24 | Weblog

今回の退職を機に、これまでの研究を振り返り、その活動と研究に携わってこられた方々を記憶すると同時にわれわれの仕事に関係された方々への感謝の気持ちを込めて記念の冊子をまとめることにした。よく見かけるハードデータだけの冊子では味も素っ気もないので、これまで自分なりに考えてきたことも加えてみた。それはこのブログから今後につながりそうなテーマを選ぶという形で行われた。したがって、型通りの語りではなく、心の奥から発せられる言葉に溢れている。その小冊子が先週初めに印刷所から送られ、その後いろいろな方々からお礼のメールやファックスが届いている。共通するキーワードは、「驚いた」、「羨ましい」、「自由人」 だろうか。私のことを自由人と見ていた人がこれほど多いとは知らなかった。

なかには全く予想もしなかったような方からの便りやこちらの心に届く一言が含まれている便りもある。ヨーロッパと日本の科学の決定的な違いについて思索を深めている方もいらっしゃる。こちらの問いかけに真摯に答えようという心が至るところに見られ、心が熱くなる瞬間もあった。当初このような冊子を作ることに抵抗もあったが、今では出してよかったと感じている。ここから想像もできないような交流がいつの日か生れるとすれば、この小冊子も意義深いものになるだろう。この世のつながりの不思議さに目を凝らしていきたいものである。

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アメリカの恩師亡くなる

2007-08-11 14:49:40 | Weblog

1週間ほど前、M氏から電話が入った。M氏と話をするのは7-8年ぶりくらいだろう。ここでも何度か取り上げたことのあるEAB先生が亡くなった (1,2,3,4)。その後、ニューヨークタイムズに出た死亡記事や書き込みのあるEAB先生の総説論文、さらにはパリの医療状況についても情報を送っていただいた。ある人が亡くなると、その人を通じて思いもよらない人たちが非常に近くつながることがある。それを初めて感じたのは親父が亡くなった時である。今回もEAB先生が呼び寄せてくれたと言えるつながりをいくつか感じることができた。

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連日の暑気払い

2007-08-10 23:05:41 | Weblog

昼間は仕事場の荷物整理。夜は20年以上前からの (よくあることだが、正確にいつからかが判明しない) 友人が大阪から現れたので暑気払い。2日続けてとなった。科学と人生、大学、フランスなどについて何の気兼ねもなく盛り上がる。科学者の中には科学以外のことなどを考えている閑などないというタイプとそうではないタイプがいる。科学を仕事と置き換えてもよいだろう。同業者を見渡してみて分類してみるという作業も興味深いものであった。また最後には思わぬ出会いもあった。少しの間だけ、暑さを忘れる。


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パリの冬?

2007-08-09 23:46:13 | Weblog

夏がこんなに暑かったとは。
エアコン嫌いとしては寝苦しい夜が続いている。
昼間の身辺整理とあわせて疲れが溜まってきている。

今日は先月のパリでのショットとともに冬に思いを馳せてみたい。
少しは効果があるだろうか。


今夜は研究所退職同期3名と以前の所長ならびに上司とで暑気払い。
私の渡仏も肴になっていたようだ。


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ゼロからの歩み

2007-08-08 19:09:17 | Weblog

30年程前、私がアメリカに向かう前に考えていたことがある。それはゼロから始めるということ、0歳から始めるということだった。それは言葉の面からの話であったが、他の面でも大きな影響があったような気がする。日本の根を取り払おうという気持ちがどこかにあったため、アメリカの規範を覚え、それに置き換えようとしていた形跡がある。その底にはアメリカ人になるというオプションも考えていたことが透けて見えるかのようだ。そのためふわふわとした存在になり、いつまで経っても自分として行動できないという陥穽に陥ってしまっていた。7年という時間を日本から眺めて見ると、相当に長い時間だったはずだ。しかし、私の中ではアメリカを去る時にはまだ7歳の小学生にしか過ぎず、これから成長していく時期だと思っていた。

今回フランスに向かうに当たって、この経験を生かすとすれば、言葉と自らの存在の扱いを分けていく必要があるように感じている。言葉の面ではあくまでも0歳だが、それ以外はこれまでの蓄積を生かしながら歩むという具合に。最早これまでを捨てるなどということができないほどの時間が経過しているので、杞憂にしか過ぎないのかもしれないが、、

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今のこれ、これからのあれ

2007-08-07 19:32:48 | Weblog

これまでの仕事を振り返ることが多くなってきた。自分がどのように考えてやってきたのか。私の場合は、やっている間はほとんど考えていなかったことが明らかになってきた。いつも終ってから自分がどういう人間であったのかがわかる、自分のやり方がどういうものだったのかがわかるのだ。

それで今回の少し早めの退職を機に、総括してみようという気になった。この言葉は好きではないが、ハイデッガーの言う意味において極めて重要なことのように思えたからだ。

 「総括とは過去を再構成することではなく、過去と現在とを想像力によって組織化し、未来への身体的傾きを手に入れることである」

未来への身体的傾きを得るための活動の結果、これまでの私の精神活動の核にあったのは、「今のこれではなく、これからのあれ」 ということに尽きることが明らかになってきた。つまり、今やっているのはどこかへの準備のようなもので、本当の自分の骨頂はこれから現れるのだ、という心である。つまり、本物はこれから来ると考えているので、精神が常に遊んでいる状態であった。今ここにじっくりと腰をすえて考えを深めるということにはならなかった。

ある時期からこのことには気付いていたが、そのまま流れてしまっていた。この元にあるのは、ひょっとするとアメリカ時代の影響かもしれない。先が全く見えない不安定な状況においては、常に前に歩を進めなければならない。つまり、今は常に将来のためにあるのである。今に落ち着いている余裕など生れなかった。厳しく検証することもなく、その精神状況が日本に帰っても続いていたのではないだろうか。これは今ある問題を深く考えるという作業を蔑ろにすることにもつながったと思われる。

こういう観察は、未来に向けての身体的傾きを得るには極めて重要になる。そして、私のこれからに照らし合わせてみると、今までは、これでもない、これでもない、と進んできたが、ここに来て先に見えてきたものが、人生の意味を探り、人類の歩みを知るというとてつもなく大きな問題と言える。今の私にとって、「これからのあれ」 がなくなり、やっと 「今のこれ」 にとどまることのできる究極の対象と出会ったということなのだろうか。

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引越しモード

2007-08-06 23:39:45 | Weblog

やっと引越しモードという言葉が浮かんでくる。そのモードに入らざるを得なくなってきた、と言った方が正確なのだが、本当のところはまだその気にはなっていない。締め切りが目の前に迫るまで動かないという、いつもの体質がまた顔を出している。ただ、今回は相当に消耗しそうな予感がする。新たに壮行会の予定が3つ入ってきた。しばらくはハンモックからご無沙汰することになるかもしれない。

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壮行会

2007-08-05 22:38:33 | Weblog

先月あたりからぼつぼつ私のための壮行会を開いてくれる方が出始めていたが、金曜と昨日は連荘で会があった。金曜は研究室に関連の方たちが参加してのもので、懐かしの顔ぶれにもお目にかかった。すぐに昔の調子に戻るものである。最後に品のよい組み合わせのお花と匂い箱を記念の品としていただいた。特に匂い箱は日本文化をフランスに伝えるために使ってほしいとのこと。悪用しないようにとのお言葉も聞こえたように思ったが、空耳かもしれない。金曜の夜という貴重な時間を割いていただいた皆さんに感謝したい。昨日は私の身内が顔を出してくれた。たまには奢ってもらうのも悪い気はしない。この熱さの中の引越し準備と微かに残る時差ぼけで睡眠不足気味である。ハンモック気分からはどんどん遠ざかっている今日この頃である。

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語り部

2007-08-02 22:17:18 | Weblog

先日、私の職場で退職の挨拶メールを出したところ、何人かの方から激励やお礼の返答をいただいた。ありがたいことである。そして昨日、以前に研究所長をされていたH先生が私の部屋を訪れ、雑談をする機会があった。本来であれば、こちらから伺わなければならないところだが、私のことである、如何ともしがたい。第一声が、随分と違った方向ですね、であった。1年程前には今の研究をずーっと続けたいということをお話していたためだ。そこで、まずどういう経緯でこういうことになったのかを説明する。それから日本の現状、科学の現状、日本とヨーロッパの状況、フランスという面白いところについて話し込んだ。現状の認識はかなり共通するところがあった。その中で若い人に直接語り掛けなければならないということ。若い感受性に向けて抽象的な、概念的なことについて語ることにより、深く思索する人間を育てることにつながらないだろうか。このような接触から誘発される効果はそれほど大きなものには見えないが、長い目で見た時にこれがより深く成熟した社会を創るためには有効かもしれないという点で意見は一致した。

長い人生経験をしてきた人は若い人に語りかけること。これはある意味で、義務でもあるだろう。社会の酷さを託っているだけでは、いつまで経っても何も変わらず、ますます劣化の一途を辿るだろう。自らの経験に照らして語っておくべきことは残らず語るという姿勢こそが、今皆に求められているような気がしていた。一方、小中高のみならず、大の方でも広く経験者の話を聞こうとする真に開かれた姿勢を取ることが重要になるだろう。さらに重要なことは、狭い専門の範囲に閉じこもったお話ではなく (これは特に大学においては今でもある程度は行われている)、そこから進んで人間の精神に関わるところまで広がるテーマについて語ることのできる人を呼んでくること。この対話をしながら自らに引き付けて考えている時、これからの生活の大きな方向性が示されたように感じていた。

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距離感

2007-08-01 00:31:22 | Weblog

ハンモックから眺めている時とパリにいる時は、当然と言えば当然だが心の状態が明らかに違うことに気付く。ハンモックでは自分は横になり、完全な観察者でいられる。そこでは何の無理もなく日本的なものを保持しながら、そのベースから眺めている。いわば自らの内が静の世界からの観察になる。

パリでは最初のうちはこの状態を保つことができるかもしれないが、フランスという現実の中で生活することになると眺めているだけでは済まなくなるだろう。その文化の中で動き対応する間に体ごとその影響を受け、気付かぬうちにそれが自らの中に染み込んでくることになるだろう。アメリカでの経験からはっきりと言えることは、異なる音やリズムや思考からなる環境に身を置いているうちに活性化される受容体のタイプが変わってくる、あるいは自らの中にすでにあるものなのだが、日本という環境ではその存在に気付かなかった (あるいは抑制されていた) ようなものが活性化されるという印象である。

いずれにせよハンモックと同じ距離感でフランスを眺めることができるようになるには相当の時間を費やしそうな予感がしている。ただ、この過程を一度アメリカで経験しているので少し早くそのような時が訪れるような予感もある。しかし、その時のベースは以前とは大きく変わったものになっていることは間違いないだろう。そこからの眺めがどんなものになるのか、この距離感の違いがどのような形で表れてくるのか、それもこれからの楽しみに一つである。

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7月の記事

2007-07-31 20:26:14 | Weblog
2007-07-31 あみん、あるいは地上に舞い降りる
2007-07-29 再びハンモックから DU HAMAC DE TÔKYÔ
2007-07-15 パリから DE PARIS
2007-07-14 記憶する水 LA MÉMOIRE DE L'EAU
2007-07-13 上には上
2007-07-12 フランスの大学危機 UNIVERSITÉS : AUTOPSIE D'UN GÂCHIS
2007-07-11 生存可能な最初の星 ? LA PREMIÈRE PLANÈTE HABITABLE ?
2007-07-10 雨の東京 TÔKYÔ PLUVIEUX
2007-07-09 チャールズ・テイラーと共同体主義 CHARLES TAYLOR - COMMUNAUTARISTE
2007-07-08 共同体主義の大御所 LE PAPE DU COMMUNAUTARISME
2007-07-07 英語だけでいいのか? とフランス語教育界 POURQUOI LE FRANÇAIS ?
2007-07-06 大岡昇平 「スコットランドの鷗」 MOUETTE DE L'ECOSSE
2007-07-05 フランスからのメール UN EMAIL D'UN PHILOSOPHE FRANÇAIS
2007-07-04 アメリカの恩師のこと MON MENTOR AUX ÉTATS UNIS
2007-07-03 バス停で蟻 DES FOURMIS AU ARRÊT D'AUTOBUS
2007-07-02 促す言葉 LES MOTS QUI NOUS POUSSENT
2007-07-01 少し早めの退職、そしてこれから EN PRENANT LA RETRAITE ANTICIPÉE

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あみん、あるいは地上に舞い降りる

2007-07-31 02:44:02 | Weblog

時差ぼけの夜。テレビをつけると SONGS という番組で岡村孝子さんと加藤晴子さんのデュオ、あみんが出ている。これまで真面目に聞いたことのないグループである。大学生の時に1年半ほどあみんとして一緒にやっていたが、加藤さんの方が違和感を感じ始めそれ以来別々の道を歩む。しかし40代に入って再び一緒に歌い始めるようになったと、何の衒いもなく自らを見つめ、淡々と語っている。そういう人生の歩みにある味を感じていた。

彼女たちの話や歌を聞きながら、長い間外国に滞在した後に日本に帰ってきて日本のものに触れた時、しばしばある変化が起こっていることを思い出していた。それは、そう実感していたわけではないのだが、それまで宙に浮いていた、あるいは天を舞うような感覚で生活していたところから、地上に降り立ったという感覚に陥ることである。これは特に時差ぼけの夜に訪れる。今日はそれを懐かしく感じていた。あみんの中にそう感じさせる何かがあったのかもしれない。

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