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「化けの毛皮のおベベを着たヴィーナス en サン−トロペ」

この記事の内容は「トウサクの世界」に触れてます。よって、
その手のものを毛嫌いするかた、もしくは、毛皮嫌いするかた、
または、未成年のかた、敬虔な宗教者のかた、あるいは、
狂信的野生動物偽善愛護運動家のかた、など、
その手を読むに相応しくないかたがたは、
以下はお読みにならないでください。





“ビール・フロウト”の季節である。ハイネケンをビールグラスに注ぎ、
そこにかき割った氷とバニラ・アイスを落とす……。
甘さと苦みのバランス・オヴ・パウア。が、いかにも
体に悪そうである。よいこの皆さんはけっして
まねしてはならない。が、ブーデー体質な私の土曜の夜は、
こんなのを飲みながら、「世界ふしぎ発見」でも観るのが
ささやかな幸せなのである。昨日の「これからの放送」では、
「サルデンニャ島」「プリンス・エドワード島」という島ものが
二つ予告されてた。前者は閉山した炭鉱の問題、
後者はルースィー・モンゴメリ女史の死の真相、を扱うことはないだろうが、
世界の島々が織りナス絢を発見してくのだろう。ときに、
「大スキピオ対ハンニバル」の回で「ザマの戦い」が扱われたなら、
ゲスト回答者に南アッキーナ嬢を加えるジョウクを示してほしいものである。
「トマス・アッキーナス(妊神学大全)は嫁に読ませるな」
の回でもよろしい。が、そんな諺はなかったかもしれないが、
「毛皮を着た嫁に米ナスは使わせるな」
という格言はあったかもしれない。
「Venus(ヴェーヌス) im(イム) Pelz(ペルツ)」
(邦題:毛皮を着たヴィーナス)は、オーストリーの貴族作家
レーオポルト・リッター・フォン・サッハー=マソッホの
代表作である。同人は、宮崎県サド原町出身の
フォン・クラフト=エビチャングによって
その手の性癖が「マソヒスムス」と名づけられ、現在、
「マゾ」「M」などという呼称が一般化したもとになった人物である。
ヴィーンの菓子サッハー・トルテとは無関係らしい。ともあれ、
この小説にみられるように、マソッホには、
「ワンダ」フルな体躯の女性に毛皮を着てもらい、その女性に
鞭打たれたり、フンづけられたりされたいという
トウサクした性癖があったようである。といっても、
打擲によってミミズ腫れを作られたり皮膚を破かれたり、
殴られて骨折させられたり、といったような
「ケガは」したくなかったらしい。したがって、肉体的な「M」
というよりは精神的な「F」、フェティスィズムな方向である。ときに、
スピード社のLRは着るだけでも一苦労なほどのピチピチ素材らしい。
パトロンのミズノがLRを着ていいと言ってくれたのだから、北島康介は、
「いや、オレは断固ミズノで挑む。それでもし負けたとしたら、
それがオレの実力だったまで」
と言えば立派だった。が、そうしなかった。
実に人間味あふれる御仁である。なんでも勝ちさえすればいいのである。
恩を忘れる、恩に報いない、恩を仇で返す、ような、たとえば、
恩人ヴァディムをコケにするバルドー女史のような面の皮の厚い人間に
なりたいものである。それはどうでも、私には「毛皮嗜好」はないが、
「ザラザラしない」「硬くない」「厚ぼったくない」という
「皮革三原則」を満たしたレザーには魅かれる。
毛がはえてる猫は苦手だが、テカテカでピチピチなヤンピの
キャットスーツを着たキャットウーマンになら、プチMな私は、
鼠先輩と石橋蓮司の顔の区別がつかなくなるまで、
勝手なことでもカッツェなことでもされてしまいたいくちである、ニャロメ。
とまぁ、東京ビックリサイトのエスカレイターが突然止まってしまったくらい
話がだいぶ大混乱・大混戦してしまったが、
「大混戦」といえばルイ・ドゥ・フュネスが
「天才バカボン」に登場する「ホンカン」巡査のコスプレで大活躍した
ドタバタ仏映画である。が、それはひとまずおいといて、
「やめられない、とまらない」という艶聞依存症は、
サドワラ町出身のフォン・クラフト=かっぱエビせングによって、
倒錯性癖のひとつとして捉えられた。その性癖を表す歌、
**♪●●ドド・ドドドド・・>ララララ・<シーーー**♪
     やめ られない   とまらな  い
が、今年からは「ケムシトリー」あるいは「ケムンパスリー」
とかいう男声デュオによって歌われてるらしい。
*♪ラー・ーー・・>バー・ーー│<バン・バ●・・●●・●●*♪
ところで、「やめられない、とまらない」という名コピーは、一説には、
カルビーでバイトをしてた元明治大教授、元衆議院議員の
栗本慎一郎の発案だとも言われてるそうである。ちなみに、
同人の父は刑訴法の権威にして元最高裁判事の栗本一夫である。一説には、
「家畜人ヤプー」の覆面作者沼正三の正体は、
元東京高裁判事倉田卓次でも、三島由紀夫でも、天野哲夫でもなく、……。
いずれにせよ、プチCMソングに話を戻す。かつて、
「le gendarme de saint−tropez」
(ル・ジャンダルム・ドゥ・サン−トロペ/邦題:大混戦/1964年)
という仏映画があった。この「gendarme」とは「騎兵、憲兵」のことで、
警察権も持ってるのである。ところで、この映画のふざけたとこは、
サン・トロペの「tropez」である。なぜ、この地が舞台に選ばれたか?
英語の「troop」にあたる仏語の「troupe(トゥループ)」は
「軍隊」という意味である。その一兵卒を
「troupier(トゥルピエ)」という。加えて、
「comique(コミーク) (de) troupier」という
「兵隊もののコメディ」というものがあったのである。この
「troupier」の語幹「trop−」を
「saint−tropez」の「trop−」に「ひっかけ」て、
同義の「ジャンダルム」と重ねたのである。また、
仏語の「trop(トゥロ)」は英語の「too」であり、
「度が過ぎてる」さま、を意味し、「ドタバタぶり」を表してるのである。
**♪●●ド ド・ド ドド ド・・>ラ ララ シ ・<ーーーー**♪
     ドゥユ・ドゥユドゥユ   サントホッペー
(douliou douliou douliou st.tropez)
「大混戦」の中で、マドムワゼルが“ツイスト”を踊りながら歌ってた
「(邦題)サントロペのお嬢さん」の節・リズムそのもの、である。
今年6月末に死んだレイモン・ルフェーブルの作である。いっぽう、
かっぱえびせんが発売されたのも同じく1964年の1月ではあるが、
CMソングのほうは1969年に初登場したものである。ときに、
カルビーのポテトチップスで100円は買えないが、プチ高級住宅地
文京区本駒込6丁目の土地も坪100円で買えるはずもない。ところで、
高級地といえば、南仏の海岸サン・トロペは、もともと
金持ちの保養地のひとつだったが、映画女優の
ブリジット・バルドー女史(頭文字BBを取って、通称ベベ)が
そこの別荘でヴァカンスを過ごすことで世界的に名が知られるようになった。
同女は老いてからは狂信的な動物愛護運動家となった。特に、
毛皮に関して妄信的な反対運動をしてるようである。
「古着屋を温ねてアザラシを着る」
それはどうでも、駒込6丁目一帯は、駒込の六義園など、
大名柳澤家の下屋敷だったとこである。六義園のそばには、
ネイミング名人の朝日新聞が「シニガミ王子」と名づけた
鳩山邦夫前法務大臣邸がある。また、コーセー化粧品創業者の
故小林孝三郎宅もある。学期中には、近くの
「文京女子学院」の女子コーセーが六義園との間の道を歩いてる。が、
今年3月、中学部の男性校長が山手線の車両内でスリをはたらいて捕まっても
学校名はまったくといっていいほど話題にのぼらなかった。
卒業生に著名人がほとんどいないこととあわせて、
この学校の地味さを示してる。
中学のヴァリーボールが多少は強いくらいである。それはともかく、
この文京区本駒込6丁目一帯は明治に岩崎弥太郎が買い占めた。そして、
大正末期に「分譲」したのである。そのとき、
「大和村」というネイミングで売り出そうとしたところ、
「帝都東京市15区内に『村』は不適切」
という行政指導があったという。そこで、
「大和郷」(それでも、ヤマトムラと読ませたらしい)
としたそうである。いずれにせよ、この「大和」は、
「甲府15万石」を吉保から継いだ「子」の吉里が、のちに
「大和」郡山に転封になって以降、
その地を治めてたことから採ったものである。
生類憐みの精神を「引き継いだ」金魚マニアの吉里が
その養殖を新天地で奨励したこととは無関係である。また、
犬の愛護運動家であるベベちゃまが綱吉を崇拝してるかどうかは知らないが、
動物愛護の精神の上っ面だけを鵜呑みにしてる同女史が、
神田うの女史を目の敵にしてることは確かである。ときに、
世界一長寿なのは男性ではアイスランド、女性では日本だそうである。
アイスランドのおじいちゃんも、日本のおばあちゃんも、
若いころ、鯨肉の大和煮や竜田揚げをよく食してたはずである。
このBBというおばあちゃまは、割り箸の素材が
割り箸専門の木材を切り倒して作るのだとでも思いこんで、
箸材だけに端材を使ってることも知らないのだろう。
金持ちの家に生まれながら学問が不得意だった子女が後年に
インテリぶりたがるスノッブに多いタイプである。ひょっとして、そのDNAは
牡のウマと牝のロバをかけあわせたもの(bardot)かもしれない。
超高知能である。
猿を食う漢人や犬を食す韓国人や牛蒡を食べる日本人は
barbardotなんだそうである。
あの汚っぽいボサボサの長い髪を空気になびかせるさまは
じつに美しい。その一本たりとも地面に落とすことなく、
よほど地球環境を維持してるのだろう。とことで、世の中に
ブーデーがいる限り、冷房の温度が上げられることはない。
節電したければ、エコを実現したければ、
私のような暑苦しいブーデーを減らすほうが先決である。が、
意志薄弱なブーデーがダイエットするには、とてつもない量の
意志や医師、電力・石油、時間などが浪費されることになるのである。
ガンバルドー!
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