マイノート Blog

思いが伝わる/心がつながる

隣人の不幸に無頓着になってしまった

2011年09月07日 | 復興の記録
すっかり秋の空気と入れ替わりました。
もうすぐ半年ですからね。



山の向こうに夏雲があったので、今年の夏の思い出にと写真に撮りました。

先日
石巻専修大学の調査結果を見て現実を垣間見る思いがしました。
仮設住宅に生活している世帯の60%が職業を失ったという調査結果です。
生計のあては生活再建支援金と義援金だとか。

新聞では
日々復興していく被災地の様子を伝えていますが、現実はますます苦しいものになっています。
どうして救いの手が届かない社会になってしまったのか、いつからなのかと、自問するときがあります。
民主党が政権をとった時から?ゆとり教育が始まってから?バブルがはじけた時から?
いや、もっと以前からだったのかもしれません。
もっともっと前から。



一つの区切りは
太平洋戦争の敗戦でしょう。敗戦そのもではなくて敗戦を終戦と偽る体質。
自国の憲法を他国(米国)が作り上げたこと。
富めることと幸福が同一だという錯覚を作り上げたこと。

その頃から、隣人の不幸に無頓着になってしまった。



雲間から光芒が差し込んできました。
被災者一人ひとりに、今日よりも明日が明るいよう願わずにはいられません。
ジャンル:
東日本大震災
キーワード
太平洋戦争 ゆとり教育 夏の思い出
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3 コメント

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初めまして (いっこんま)
2011-09-07 22:04:30
記憶が定かではないのですが、以前三春滝桜の記事に一度だけコメントさせていただいたことがあるような気がします。(したつもりだったかもしれませんが。)

マイノートさんのブログが再開された時には内心ホッとしました。

大震災直後、避難所名簿に載っていた小学時代の同級生のその後が分かりません。
過日、彼女が住んでいた東松島市へメールで問い合わせてみましたが、未だご返事がないのです。
こういうのってどこで聞けばいいんでしょうね。
いっこんまさんへ (マイノート)
2011-09-09 15:15:33
震災から6か月が経ってようやく落ち着きを戻しつつありますが、発災当時、みんな何が何だかわからないままにその日を過ごしていました。

東松島市は先日すべての避難所を解除したようなので、仮設住宅に移り住んでいるかもしれません。

市に問い合わせをしても、個人情報の規定に触れる恐れがあるということで、どこの役所もはっきりとは答えてくれません。

前に住んでいた地区が分かれば、集団で仮設住宅に入居している場合があります。そうであればおおよそのことは市のほうで教えてくれるかもしれません。
Unknown (いっこんま)
2011-09-09 22:51:06
避難所は、確か矢本第二中学校だったと思います。
自宅と電話番号は同級生名簿に載ってますので、もう一度市へメールしてみようと思います。
ありがとうございました。

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