ぱるるの教育批評

教育、受験、学校その他あれこれ

教育の敵、マスコミは愚劣な扇動者、テレビは悪そのものである。

2017-07-15 | マスコミ人の教育

学校は、情熱の嵐ならぬ、饒舌の嵐である。
無駄口ばかりたたく。

子供が家庭に持って帰るプリントが多すぎる。何かと見れば、内容は各種団体のたわいもない宣伝である。
保護者向けの「お知らせ」という形のプリントもある。
「学校便り」に「学年便り」「学級だより」「教科便り」だって。いい加減にしないか。

こんなことまでも、という些細な事々が書いてある。なーに、あらかじめ配っていたら、何か問題が起こっても、免罪符にしたいのだろう。
毎日毎日、山のようなプリントである。資源の無駄だ。
これでは、本当に大事なことが見逃される。

子どもに説明させてよいことまでも、わざわざプリントする。子どもの能力を信用してない。
学習指導要領には「公民的資質」だの「伝えたい事柄を」云々と、聞いて話せる子どもを育成とあるが、ご立派なのは字面だけで、実際は、この体たらくである。

事あるごとに、プリントして家庭に配る。
子どもも「それなり」になってしまって、簡単なことですら、言葉で説明できない。親へカバンごと投げつけて、「プリント見て」としか言わない。
学校が先頭に立って、甘やかす。
親へも子供へも、無限の甘やかしなのである。

授業も同じことで、教員は授業時間中、ぺらぺらうすっぺらなことを、しゃべり続ける。まるで、これこそ授業だとでも、言いたげである。

近頃の子供は人の話をしっかり聞かないというが、あれは大人がしゃべりすぎるからである。ご丁寧に何度も繰り返す。聞く方も、注意深く聞く必要がなくなってしまう。

子供を本来以上に子供扱いするのである。
褒めすぎである。あるいは見下しすぎである。


いつでも分不相応なほめ言葉を受けていると、人間がおかしくなるのは、大人も子供も変わらない。
学校では、子供のご機嫌(及び、親のご機嫌)をとるために、めったやたらに、ほめる。
少しのことでも、まるで天地がひっくり返ったように大騒ぎして、これ以上ないほどの形容でほめる。

テレビで、低級な素人芸(いわゆる「お笑い」、「バラエティ番組」「ニュースショウ」)が流行るにつれて、無理をしてでも、笑ってやったり、拍手してやったり、ほめてやらなければならないような雰囲気が蔓延した。

学校は、社会の縮図で、子供は大人の鏡でもある。
マスコミという、低級なお調子者、愚劣な扇動者が、学校現場に影響しないはずがない。

教室では、ことあるごとに子供たちが「エー」と奇声をあげる。なんのことはない。テレビ番組で、若い女性を大勢集めて、馬鹿を言わせて、互いに嘲り合ったり驚いたりして、見世物をする。そのときの「合言葉」のようなものが、この「エー」という大袈裟な反応である。

かくの如き俗悪なる番組をでっちあげて、薄笑いを浮かべている者どもと、その媒体たるテレビとは、やはり疑いようもなく悪そのものである。



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