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先週(2008/12/05発刊)のファミ通は、イマイチ気になる情報がなかった…。
代わりに、桜井さんのコラムで興味深い内容があったので、今回はそれを議論ネタとして取り上げてみます。



○桜井政博のゲームについて思うこと
VOL.261 続編と快適、不便と慣れ


桜井さんは『グランド・セフト・オートIV(以下、GTAIV)』をプレイされて、作りこみの凄さを評価していました。
ただ、今回導入されたらしい、タクシーを拾ってどんな場所でも瞬時に移動できるシステムについて

>今回思ったのは、やっぱり、「便利な方向にいくんだ」ということ。
>かの『GTA』でさえも。


と仰っています。
また、GTAIVにもまだまだ不便だと思う部分もあり、それについて桜井さんは

>お客さんとしては、「最初から便利にすればいいじゃん!!」と思われるでしょう。
>しかし、それが最初からできれば世話はないわけで。
>そもそも不便そのものがゲーム性の場合もあります。


と書いており、さらに

>不便なこともそのうち慣れる……。
>これは開発者も同じだからこそ、親切な仕様を極めるのはむずかしいのですよね。


とも書いてありました。



私が現在関わっているプロジェクトでも、最初に同じような疑問を考えたことがありました。
「便利な方向に行くことが、本当に面白い方向に行くことなのか?」
私自身は、まだクリエーターになって間もないもので、こういったことを真剣に考えていなかったものです。
ただ、今思えば…「不便だからこそ面白い」と言えるゲームは、わりと経験してきている気がします。

例えば『約束の地 ~リヴィエラ~』。
戦闘時にアイテムを4個までしか持てません。便利か?不便か?でいうと、不便ですよね。
しかし一方で、4個しか持てないからこそ「何を持っていくのか?」というところに面白さが生まれるわけです。分かりやすい理屈です。

あるいは、『サバイバルキッズWii』。
段差を降りるにも、よいしょっという感じの動作で1つ1つ降りていくので、それこそ段差をスイスイ飛び越えていけるアクションゲームとかと比べると、明らかに不便です。
しかし、このゲームは全ての面において、そういった人間性のあるリアリティを出していたので、結果としてその不便さも「直感的」という意味で、地味な面白さにつながっていたわけです。
もちろん、この方向性を面白いと思えるかどうかは人それぞれですが。

こういったように、「便利」と「面白い」は必ずしもイコールではないということだと、私は思っています。


しかし。桜井さんが今回、例で取り上げたのは「続編のタイトル」です。
続編ということは、もちろん過去のタイトルというものが存在します。

シリーズものには、どうしても「進化」というものが無意識に要求されてしまいます。同じシリーズ作であれば、前作より不便になっているということが、まずあり得ないということが前提になってしまいます。

だからこそ便利だったり、幅を広げたりといったことでしか広げることができなかったりすることが多いです。
そうでなければ、完全に方向性を変えるか?です。完全に方向性を変えれば、結果的に不便な部分が出てきたとしても「そういうものなんです」という意図がまかり通るからです。

私は『グランド・セフト・オート』シリーズをプレイしたことがありませんが、自由度がとんでもなく高いというのは聞いたことがあります。おそらく今までも、その自由度をさらに広げてきたんだと思います。
その一方で今回のIVでは、タクシーで瞬時に移動可能という「便利」な要素も入ってきたということで…幅を広げられるだけ広げたので、次はどうしても「便利」なほうにいってしまうのかもしれません。


もちろん、便利になることでプレイが快適になり、結果的にゲームの面白さに繋がることはあると思います。それも1つの方向性です。
しかし…どれもこれもがそんなゲームというのも、つまらない話だと思いませんか?

便利という意味で言えば、RPGでアイテムを持てる数を無限にすれば、特にアイテムの数を気にすることなくバンバン使えます。あるいは、どこでもアイテムが買えるようなシステムになっていれば、便利なことこと上もないでしょう。
しかし、そんなゲームばかりで本当に面白いのでしょうか?

アイテムは、特定の場所に行って購入するからこそアイテムの存在価値も出てくるわけですし、あえてアイテムがすごく手に入りづらいようにすれば、よりアイテムの存在価値が強調されるでしょう。
便利であるべきかどうか?というのは、そういうことだと思うんです。

クリエーターとしては、作品を作り上げるにあたってのコンセプトを元に、果たしてここは便利であるべきか否か?というのを考えます。
そこまで大きな要素でなければ便利な方向で作られるかもしれませんし、戦略性などを深く楽しんでもらいたいなら、いろんな制約を付けて不便にしてしまうのも、1つの方向でしょう。
あえてビジュアル面に凝って、操作を二の次にすることもまた、1つの方向です。
もちろん、それが最終的に面白いと思ってもらえなければ意味がありませんけどね。


要するに、便利であるゲームを考えることよりも先に、面白いゲームを考えることが大事であるということです。
面白いゲームを考えて、結果として便利になったのならいいわけですが、最初から便利であることを考えてゲームを作るものでは、ないということです。

コメント ( 4 ) | Trackback ( 0 )



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コメント
 
 
 
私が (ハリコン)
2008-12-12 18:48:28
やっている「みんなdeクエスト」は覚える事が出来るスキルの数は30。
更に戦闘は必ず5ターンまでという制約があるので何時も頭を悩ませています。
けどこれは全員共通なので平等だし何を覚えるか、ボス戦ではどのスキルをどの順番で使うかを考える楽しみはありますね。
 
 
 
Unknown (土星産の卵)
2008-12-12 19:10:10
(やったことないけど)ワイルドアームズ4の「フィールドの移動がなく目的地を選べば瞬間移動可能」なシステムが冒険してる感じがしないと言われてたのを思い出しました。確か5では元のフィールドをテクテク歩く「不便な」形式に戻ったらしいし、便利さと面白さが比例しない例でしょうか?

同じく瞬間移動できるTOSラタトスクの騎士ならやったことあるけど、別に冒険してる感はそれほど損なわれた感じはしませんでしたが…。
 
 
 
Unknown (tapioka)
2008-12-13 22:46:04
自分は主にアクションを遊ぶのですが、最近はどこでもセーブできたりチェックポイントが細かく設定されていたりと、とにかく便利になってユーザーにストレスを感じさせないゲームが増えたと思います。
一昔前はボス戦でやられたらステージの最初に戻されたりとイライラすることもあったのですが、そのことが逆にボス戦での緊張感を生んでいたと思うんですよね。ゴッド・オブ・ウォーなんかはまさにそういう便利さを極めた作品のような気がします。
 
 
 
Unknown (partygame(管理人))
2008-12-14 00:26:55
>ハリコンさん
対戦・協力ゲームとかでも、そういった制約で制限を付けることが、戦略性を大きく駆り立てる要素になりますよね。それも「便利ではないか面白い」ゲームの一例です。

>土星産の卵さん
「冒険している感じ」を取るか?便利を取るか?というところが、フィールドのシステムの大きな明暗ですね。
個人的にRPGをクリアするのがダルくなってきている理由の1つに、「無駄に歩かされていると感じる」というのがあるんです。ワイルドアームズ5は、サーチを使うことで宝箱を見つけるといった要素があったりしますが、それでも「不便さ」のほうが際立っていたような気がして、私は途中でプレイが止まってしまったんです…。どっちがいいか?というのはなかなか難しいものです。


>tapiokaさん
私はゴッド・オブ・ウォーをプレイしたことがないので詳しくは言えませんが、そのシリーズがもし、死んだらステージの最初に戻されるというスタイルを維持し続けていたとしたら…また少し違う存在になっていたのかもしれません。
「緊張感を生み出す」というのも、面白いゲームを構築するうえでは重要な方向性だと思います。「魔界村」とかが分かりやすい例です(笑)
 
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