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著書『誇りに思う日本人たち』
『ビッグショッツ』
『黒い火』ほか

2月12日・ダーウィンの魅力

2017-02-12 | 科学
2月12日は、第16代米大統領エイブラハム・リンカーン(1809年)の誕生日だが、ちょうど同じ同年同月同日に、英国では生物学者チャールズ・ダーウィンが誕生した。

チャールズ・ロバート・ダーウィンは、英国イングランドのシュルーズベリーで生まれた。父親は医師で、母親は陶器で有名なウェッジウッド家の出身だった。
子どものころから、博物学に興味があり、植物や鉱物を収集していたダーウィンは、父親の意向をくみ、エジンバラ大学の医科に進んだ。しかし、成績は芳しくなく、そこで今度は牧師になるようケッブリッジに移って神学を勉強した。
22歳のとき、英国海軍の測量船ビーグル号に乗船し、世界周航に出発。この乗船について父親は猛反対したが、叔父のとりなしで、ダーウィンは船に乗りこむことができた。
南アメリカ大陸の測量を主な目的とするこの航海は、英国プリマス港を出航、アフリカ沖のカナリア諸島をかすめて大西洋を渡り、南米ブラジルの海岸沖を南下し、マゼラン海峡をへて太平洋にで、ガラパゴス諸島へ寄り、オーストラリアのシドニーをへて、インド洋を渡り、喜望峰をまわって大西洋にでて横断し、測量の補足のためふたたび南米へ寄ってから、大西洋をとって返して本国英国へもどるという約5年がかりの大航海だった。
ビーグル号船上でのダーウィンの役割は、はじめ船長の話し相手、後に船医といったものだったが、船がいかりを下ろし、上陸した土地土地で彼は精力的に植物、動物、鉱物、化石など大量の標本を採集し、記録をとりつづけた。
帰国後、ダーウィンはもち帰った標本の研究を進め、『ビーグル号航海の動物学』『ビーグル号航海の地質学』『ビーグル号航海記』を出版し、好評を博した。
ダーウィンをもっとも偉大ならしめているのは、帰国したころすでに彼が着想を得ていた「自然選択」という考え方である。当時は(現在でも米国の半数以上の人々には)、人間を含め、すべての生物は神が作ったもので、それぞれの種は、まったくべつの、不変のものである、と考えられていた。しかし、ダーウィンはガラパゴス諸島の生態系など、航海中に得てきたさまざまな見聞により、種は環境に適応して、種が生き残る方向へとしだいに変異した者が生き残っていく、つまり、種は変わっていく、という結論を得た。
これが「自然選択」説であり、進化論の骨子である。
ダーウィンは、この理論に説得力をもたせるために、約20年間にわたって、さまざまな証拠を集め、研究を重ねた。そうして50歳のとき『種の起源』を発表。このセンセーショナルな書は、発売当日に完売し、即座に増刷され、大反響を呼んだ。ダーウィンはその後も動植物などの研究、論文執筆をつづけ、1882年4月に没し、国葬が営まれた。73歳だった。

若いころから『ビーグル号航海記』を読み返してきた愛読者で、彼の知力、忍耐力、情味、時代を超えた良識と、全き円的な人格には、いまも魅了されつづけている。

ダーウィンは、コペルニクス、フロイトと並び、人類の思想を根本からひっくり返した大天才のひとりとされる。でも、その人となりはきわめて平凡で、ダーウィンは家庭内ではよき夫、父であり、外ではよき友人であり、おだやかな晩年を送った。哲学の祖ソクラテスの酒飲みで、家庭をかえりみず、挙句の果てに毒を飲んで死んだ乱調人生とは対照的である。
(2017年2月12日)



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