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著書『誇りに思う日本人たち』
『ビッグショッツ』
『黒い火』ほか

7月17日・ガードナーの腕

2017-07-17 | 文学
7月17日は、『ビルマの竪琴』を書いた竹山道雄が生まれた日(1903年)だが、推理作家、ガードナーの誕生日でもある。「弁護士ペリー・メイスン」シリーズの作者である。

アール・スタンリー・ガードナーは、1889年、米国マサチューセッツ州モールデンで生まれた。父親は鉱山技師で、アールは子どものころ、転勤する父親に連れられて、カナダを含む北米各地を転々とした。しだいに荒くれ者の若者となったアールは、違法の賭けボクシングの興行を開いたりしていたが、そのなかで、生きていく上で法律の知識が役立つことに気がついた。
カリフォルニア州の高校を卒業したアールは、インディアナ州の大学のロースクールに入学した。が、一カ月で退学した。その後、カリフォルニアの法律事務所にタイピストとして就職し、働きながら法律を独学し、22歳のときに司法試験に合格、弁護士となった。
駆け出し時代には弁護士稼業をいったんやめ、べつの商売をしていたこともあったが、ふたたび法律事務所に勤め出したガードナーは、今度は弁護士として働きながら、法律の知識を生かした犯罪小説、推理小説を書きだした。
ひと晩に4000語という猛烈なスピードで彼は短編を書きまくり、ざら紙に刷った安いパルプ雑誌に30以上のキャラクターを送り出し、大不況時代まっただなかの43歳のころには、全米でもっとも成功した作家のひとりとなっていた。ガードナーは言う。
「わたしはお金をのために書く。そして、読者を純粋に楽しませるために書く」
44歳のとき、ハードボイルドな弁護士「ペリー・メイスン」を主人公とした初の長編小説『ビロードの爪』を発表。この「ペリー・メイスン」シリーズの成功により、彼は弁護士の仕事をやめ、45歳のころから以後推理小説作家の仕事に専念するようになった。
ガードナーは多作の作家で、「ペリー・メイスン」シリーズだけでも80編、それ以外のミステリーが40編以上、ノンフィクションが十数編、それと短編が450編はあるという。
1970年3月、カリフォルニア州テメキュラにて没。80歳だった。彼の遺体は荼毘に付され、灰は、メキシコの バハ・カリフォルニアにまかれた。

その昔「弁護士ペリー・メイスン」という米国製のテレビ場組が日本で放送され、とても人気を博していた。当時は、病気で困ったらベン・ケーシーに頼め、裁判沙汰ならペリー・メイスンに頼め、というのが日本人の合いことばだった。

ペリー・メイスンものをはじめて読んだのは、小学校6年生のときだった。最近は日本でも、法廷審理を派手に演出したテレビ番組が作られているけれど、日本の法廷では、法廷内を動きまわり、派手な身ぶりや劇場的な言いまわしをすることはあり得ない。しかし、米国だと、いいか悪いかはべつにして、法廷がだいぶ劇場的要素を帯びてくる。それは陪審員制度があるからである。これを見せ場としたのが、ガードナーだった。

ガードナーは言っている。
「生まれつき、わたしは楽天主義者ではない。わたしとしては、そうであるかのように振る舞おうとしてはいるのだけれど」(By nature, I am not an optimist, though I try to act as if I am. Howard Gardner)
(2017年7月17日)


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