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著書『誇りに思う日本人たち』
『ビッグショッツ』
『黒い火』ほか

4月24日・牧野富太郎の傑

2017-04-24 | 科学
4月24日は、プロレスの神様「鉄人」ルー・テーズが生まれた日(1916年)だが、植物学者、牧野富太郎の誕生日でもある。

牧野富太郎は、文久2年(1862年)4月24日、現在の高知県の佐川町に生まれた。幼名は、誠太郎といい、酒造りと雑貨店をする家に生まれたひとりっ子だった。
3歳のとき、婿養子だった父親が没し、5歳のとき母親が亡くなった。両親を失った誠太郎は、店を切り盛りしていた祖母の手で育てられた。
6歳のとき、富太郎と改名。10歳のころ、富太郎は寺子屋に入った。そして、12歳のとき、村に開校された小学校に入学した。が、しばらく通った後、行くのが嫌になって退学した。退学後は、家で本を読んだり、それ以前から大好きだった植物採集をして過ごした。
15歳のとき、退学したその小学校に乞われ、教師としてもどった(西南の役のころ)。
22歳のとき、学問をするには、こんな山奥に引っ込んでいてはいけないと考え、上京。現在の東大の理学部の植物学教室を訪ね、そこの教授たちに気に入られて、大学に籍をおかないまま、植物学教室に自由に出入りする身分となった。
26歳のとき、『日本植物志図篇』を出版。
31歳のとき、東京帝国大学理科大学の助手となった。以後、77歳で辞任するまで、東大の講師として勤務しながら、各地の山野に植物収集に出かけ、多くの植物学書を出版し、論文を書いた。日本の山で登らない山はなく、みずから発見した新種が600種以上、命名は2500種以上に及ぶという。
86歳のとき、皇居にて、昭和天皇に植物を御進講。
89歳のとき、第一回の文化功労者に選ばれた。
1957年1月に没。94歳だった。没後、文化勲章が贈られた。

図書館で『牧野日本植物図鑑』という重たい本を開いてみると、牧野の見事な絵が見られる。草や花の様子や種などがカラーでみごとに微細に描かれていて、ため息が出る。
筆者は、牧野が植物の花をことを「生殖器」と露骨に叙述するところが好きである。

粘菌学の南方熊楠や、民俗学の宮本常一と同様に、牧野富太郎は通常のアカデミックなコースをとらなかった研究者である。ふつうの学者のコースをはずれて生きたため、勤めていた東大でも、教授職はおろか、助教授にもなっていない。最後まで講師のままだった。大学ではほかの学者からのいやがらせや、やっかみがあり、給料も安かった。とくに東大の助手になったばかりのころは、実家のほうが傾いたこともあって、生活もかなり大変だったようだ。牧野は子どもが13人いて、かなりの借金を背負って暮らしていた。
それでも、植物研究ひと筋で、毎日深夜2時か3時まで勉強し、野山を駆けめぐって植物採集して帰った日は、標本作りのためにたいてい徹夜だった。

凡人の生ではない。商家に生まれた人とは思われない神経。人物が大きかった。4月24日は、牧野富太郎の誕生日を記念して「植物学の日」とされる。
(2017年4月24日)


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