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著書『誇りに思う日本人たち』
『ビッグショッツ』
『黒い火』ほか

7月12日・石岡瑛子の不惑

2017-07-12 | ビジネス
7月12日は、思想家ヘンリー・ソローが生まれた日(1817年)だが、日本のデザイナー、石岡瑛子(いしおかえいこ)の誕生日でもある。

石岡瑛子は、1938年、東京で生まれた。父親は広告のデザイナーだった。
瑛子が5歳のとき、父親が結核で没した。にわかに家計は苦しくなり、母親は娘の瑛子さんにこう言った。
「大きくなったら、仕事を持ちなさい。ひとりでも生きていけるように」
東京芸大を卒業した瑛子は、広告のデザイナーになった。力強い女性像を前面に出したパルコや角川書店の広告が話題となり、彼女は30代のころには日本を代表する広告デザイナーのひとりになっていた。しかし「不惑」40歳のとき、彼女は急に「さむざむしい気持ち」に襲われた。仕事の依頼はひっきりなしにあって引っ張りだこで、評判もよく、すべて順風満帆だったが、仕事に充実感が感じられなくなってしまった。
「クリエイトしてみたいっていう衝動がなかからほんとうにわき起こるまで、表現を志してもしょうがないっていう風にわたしは思ったの」(NHKテレビ番組「プロフェッショナル」)
彼女は、事務所を閉め、仕事を全部やめて、単身米国ニューヨークへ渡った。なにかあてがあるわけではなかった。そうしてニューヨークでぶらぶら暮らして1年がすぎたある日、街の映画館で、黒澤明監督の「七人の侍」がかかっていたので、入った。彼女は映画に感銘を受けるとともに、上映が終了した後に、観客たちが口々に感想を述べあう様子を見て驚いた。自分もこういう仕事がしたいと、思ったという。それが石岡さんの再出発地点になった。
47歳のとき、三島由紀夫の生涯を描いた映画「ミシマ」の美術監督を担当し、カンヌ映画祭で美術貢献賞を受賞。
49歳のとき、マイルスのレコード・ジャケットで、グラミー賞を受賞。
54歳のとき、映画「ドラキュラ」の衣裳を担当し、アカデミー賞衣装デザイン賞を受賞。
音楽や映画以外の分野でも、ネーデルランド(オランダ)で歌劇「ニーベルングの指輪」の舞台衣裳、サーカス団「シルク・ドゥ・ソレイユ」の衣裳、ブロードウェイ・ミュージカル「スパイダーマン」の衣裳を担当するなど、活躍した。
64歳のときには、ソルトレイクシティ五輪のカナダ、スイス、スペイン、日本チーム の競技ウェアをデザインし、70歳で、北京オリンピック開会式の衣裳を担当し、出演する2万着ぶんをデザインした後、2012年1月、すい臓がんで没した。73歳だった。

「四十にして惑わず(自分は四十歳になったら、迷わなくなった)」
と孔子は言ったが、これを逆説として,
「四十歳になって惑わないようなやつはだめだ」
の意だと理解している。四十年も生きていれば、惑うのが当たり前で、その歳にもなって惑わないようなやつは、たいした人間ではない。そこで惑い、悩んで、それを突き抜けて「不惑」にいたってこそ、一人前の人間である、と。
石岡瑛子は、文字通り、ひとかどの人物だった。
(2017年7月12日)



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