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著書『誇りに思う日本人たち』
『ビッグショッツ』
『黒い火』ほか

6月14日・チェ・ゲバラの一貫

2017-06-14 | 個性と生き方
6月14日は、『雪国』の作家、川端康成が生まれた日(1899年)だが、革命家チェ・ゲバラの誕生日でもある。

エルネスト・ラファエル・ゲバラ・デ・ラ・セルナは、1928年、アルゼンチンのロサリオ・ダ・フェで生まれた。彼の愛称「チェ」はもともと、南米のスペイン語で「おい」と呼びかけることばである。エルネストの父親は建築技師だった。裕福な家庭で育ったエルネストは、5人きょうだいのいちばん上の子どもだった。
2歳にならないころ、エルネストは母親に連れられて川へ遊びに行った。裸で水辺に放っておかれた彼は、気管支炎を起こした。その夜、彼は生死の境をさまよい、かろうじて生き延びた。以来、彼は生涯にわたって喘息の発作に悩まされるようになった。
ペロン大統領(夫人は「エビータ」ことエバ・ペロン)政権時代に青年期をすごしたゲバラは、ブエノスアイレス大学の医学部に進み、タンカーに看護士として乗りこみ、街の医療センターで働き、23歳のとき、友人と2人でバイクで南米諸国を旅してまわった。南米各国の困窮した状況を見聞し、マルクス主義について理解を深めるなかで、彼のなかに、南米の人々を解放するには、武力革命以外に方法はないという確信が育っていった。
大学にもどって医師免許取得した後、べつの友人と南米旅行にでかけた。その途中に寄ったグアテマラで、米国CIA(中央情報局)の陰謀によって民主政権が崩壊していくのを目撃。グアテマラで命を狙われるようになり、ゲバラはメキシコへ逃れた。彼はそこでキューバ革命を模索するフィデル・カストロと出会い意気投合。米国資本と結託して私利私欲をむさぼるキューバのバティスタ政権をゲリラ戦で転覆させることを誓い合った。
28歳のとき、ゲバラ、カストロたち82名の革命兵士は、古い小さなヨットに乗ってメキシコを出発。キューバに着いた。が、事前に情報が漏れていて、政府軍の襲撃にあい、十数名が生き残るのみとなった。生き残ったゲバラたちは、キューバ国内の反政府ゲリラと合流し、ゲリラ戦を展開し、しだいに劣勢を挽回し、ついに独裁者バティスタを国外逃亡させた。1959年、キューバ革命は成就した。ゲバラが30歳のときのことだった。
キューバの市民権を得たゲバラは、キューバの国立銀行総裁、工業大臣となり、世界各国を歴訪し、ニューヨークの国連総会で演説するなどした後、キューバの政治から引退し、南米ボリビアへ潜入して、ふたたび革命ゲリラとして活動を開始した。
米国CIAの支援を受けたボリビア軍に、ゲバラは捕らえられ、翌日の1967年10月9日、ボリビアの大統領命令によってゲバラは射殺された。39歳だった。

ビートルズのジョン・レノンは、ゲバラを「最高にかっこいい男」と讃え、哲学者サルトルは、ゲバラを「20世紀でもっとも完璧な人間」と呼んだ。
ゲバラの一生ほど、革命家として首尾一貫した人生はなかなか見当たらない。
医者も革命ゲリラも、人を殺してなんぼの商売だが、方向性は正反対である。ものすごい振れ方の人生を生きた。

ゲバラは言っている。
「革命は、熟したら落ちてくるりんごではない。それは、人が落とさなくてはならない」
(2017年6月14日)



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