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著書『誇りに思う日本人たち』
『ビッグショッツ』
『黒い火』ほか

5月18日・バートランド・ラッセルの徳

2017-05-18 | 思想
5月18日は、テニスプレイヤー、フレッド・ペリーが生まれた日(1909年)だが、英国の哲学者、バートランド・ラッセルの誕生日でもある。

バートランド・アーサー・ウィリアム・ラッセルは、1872年、英国ウェールズのモンマスシア州で生まれた。3人きょうだいの末っ子で、彼が誕生したとき、祖父は伯爵、父親は子爵で、バートランドの両親は無神論者だった。
バートランドが2歳のとき、母親がジフテリアで亡くなり、続いて4歳年上の姉も亡くなった。4歳のとき、父親が没し、彼は、7歳年上の兄とともに、父方の祖父母に引き取られ、育てられた。引き取ったこの祖父が、元英国首相のジョン・ラッセル伯爵である。
ケンブリッジ大学に入ったラッセルは、数学と哲学を修め、21歳で優等卒業試験を一級合格し、23歳のとき同大学のフェローとなった。彼はケンブリッジ大学で教鞭をとった。
38歳のとき、ホワイトヘッドとの共著『プリンキピア・マテマティカ(数学原理)』の出版開始。この本は、ことばの論理を記号化して、数学のような計算によって処理しようとする記号論理学を画期的に発展、体系化した哲学史上の記念碑的作品とされる。
第一次世界大戦がはじまると、ラッセルは平和運動に力を入れ、44歳のとき、国防法に違反したかどで有罪判決を受け、大学をクビになった。そして46歳のときには、反戦の演説をおこない、6カ月間投獄された。
59歳のとき、伯爵位を継いでいた兄が没したのを受け、伯爵となった。
1950年、78歳のとき、ノーベル文学賞受賞。受賞理由は、人道的理想や思想の自由を尊重する著作に対してだった。
83歳のとき、アルベルト・アインシュタインと、核兵器廃絶を訴える「ラッセル=アインシュタイン宣言」を発表。89歳のとき、英国の核政策への抗議行動をおこない、この高齢で2度目の投獄を経験した。
94歳のときには、ベトナムでの米国の戦争犯罪を裁く国際法廷を呼びかけ、スウェーデンのストックホルムで、いわゆる「ラッセル法廷」が開かれる原動力となり、亡くなる3日前にも、イスラエル軍のエジプト侵攻を非難する声明を発するなど、最後まで国際平和への積極的な発言を続けた。
1970年2月、インフルエンザで、ウェールズのメリオネスシア州の自宅で没。98歳だった。

「ノブレス・オブリージュ」という語がある。「位高ければ徳高きを要す」。財産、権力、社会的地位の保持には責任がともなう、という意味である。英国では伝統的に、このことばが踏襲されていて、貴族は領地からのあがりで優雅に暮らしてもいいが、いざ戦争となったら、国を守るため進んで命を差しだし、戦争に出ていくという考え方がある。それで、英国の貴族には戦死者が多い。日本では「禄高ければ徳低し」?
ラッセルは平和主義者で、戦争には行かなかったけれど、彼の言論活動には「ノブレス・オブリージュ」の気骨が感じられる。
ノーベル賞受賞後の80歳すぎで投獄されるなど、たいした肚のすわり方である。

彼は年下の後輩ウィトゲンシュタインの哲学的天才を見抜いて彼を助け、訪ねてきたザ・ビートルズのポール・マッカートニーにベトナム戦争の非を説き、ポール経由でジョン・レノンに反戦運動をはじめさせた。「天性の教育者」だった。
(2017年5月18日)



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