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5月11日・ダリの精神

2017-05-11 | 美術
5月11日は、岐阜県長良川の鵜飼がはじまる「鵜飼開き」の日だが、この日はスペインの画家、サルバドール・ダリの誕生日でもある。

サルバドール・ダリは、1904年、スペイン、カタルーニャ地方のフィゲーラスで生まれた。本名は、サルバドー・ドメネク・ファリプ・ジャシン・ダリ・イ・ドメネク。父親は公証人で、比較的裕福な家庭だった。
ダリは18歳のとき、美術学校に入学し、そのころ、詩人のガルシア・ロルカ、映画監督のルイス・ブニュエルらと友だちになった。
21歳のとき、マドリードで最初の個展を開いた。
23歳のとき、仏国パリへ行き、ピカソ、トリスタン・ツァラ、ポール・エリュアール、ルイ・アラゴン、アンドレ・ブルトンなどと知り合い、ダリもシュールレアリスムの画家とみなされるようになった。
24歳のとき、ブニュエルといっしょに映画「アンダルシアの犬」を発表。
25歳のとき、詩人のポール・エリュアールの妻だった女性、ガラ(ロシア人女性、エレナ・イヴァノヴナ・ディアコノワ)と、ダリは恋に落ちた。ガラとエリュアールは離婚し、ダリは30歳の年に、ガラと結婚した。以後、妻となったガラは、ダリのモデル兼マネージャーとなり、彼に芸術的なインスピレーションを与え、その目指すべき方向を示す彼の女神となった。
ダリは、ダリ自身が言うところの「偏執狂的批判的方法」で、夢を題材にした、美しいが奇妙な、不思議な絵をたくさん描き、世界的な名声を博した。
1982年、78歳のとき、ガラが死去すると、創作意欲を失い、絵画制作をやめた。
1989年1月、スペインのフィゲラスで、心不全のため没。84歳だった。

ニューヨークにある「記憶の固執」、サンフランシスコの「目覚めの直前、石榴のまわりを一匹の蜜蜂が飛んで生じた夢」、ワシントンDCにあった「最後の晩餐」、池田20世紀美術館で「キリン」を観た。ダリは大好きである。

ダリは、ラファエロやフェルメールが大好きで、とても尊敬している。
「ラファエロにはすべてがあった──われわれシュルレアリストが発明したすべては、ラファエロにおいては、彼があるいははっきりと描き出し、あるいは思いも寄らないやり方で隠してしまう事物の、目には見えないが意識的な内容の、単なる小さな断片にすぎなかった」(安達康訳、滝口修造監修『わが秘められた生涯』新潮社)
「私は気はふれていないが、それでも直ちに左手を切り落とすくらいのことはできる。ただし条件がある。イーゼルに向かって座り絵を描くフェルメールを、十分間そばで観察させてもらう、というのがその条件だが、納得できる条件ではないか?」(音土知花役『ダリ・私の50の秘伝』マール社)

ダリは達者な文章家でもある。彼の文章は読者へのサービス精神にあふれている。これは、彼の絵画に通じる。
「六歳のとき、私はコックになりたかった。七歳で、ナポレオンになりたいと思った。それ以来今日にいたるまで、私の野心はますます大きくなる一方である」(同前『わが秘められた生涯』)
(2017年5月11日)



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