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著書『誇りに思う日本人たち』
『ビッグショッツ』
『黒い火』ほか

12月14日・ティコ・ブラーエの目

2017-12-14 | 科学
12月14日は、堀部安兵衛ら赤穂浪士四十七士が吉良邸へ討ち入りした忠臣蔵の日だが、この日は、天文学者ティコ・ブラーエの誕生日でもある。

ティコ・ブラーエは、デンマークの貴族の生まれで、1546年に生まれた。
20歳のころには、数学の公式の正誤をめぐってべつの貴族と決闘をし、鼻柱を切りとられるという事件を起こし、それ以降、彼は金属製の鼻を張り付けて暮らした。
当時は、天動説の時代。まだ望遠鏡のないころのことで、ブラーエは自分の目で天体観測をつづけた。おそらく、肉眼での天体観測者としては、人類史上最高の精度をもった観測者だった。
われわれが夜空を見上げて、
「星がきれいだなあ」
と言っているのとは、レベルがちがう目のもち主で、ものすごく微細な光をブラーエの目はとらえていた。彼はカシオペヤ座の超新星を発見し、1年以上もその星を肉眼で観測し追いつづけた。
晩年、53歳のころ、ブラーエはプラハへ行き、神聖ローマ帝国の宮廷付きの天文学者となった。当時のことだから、占星術師も兼ねていたろう。
一説によると、ブラーエは、晩餐会でトイレに立つのをがまんして、膀胱が破裂して死んだと言われているが、水銀中毒説もある。ブラーエは1601年10月、54歳で没した。

ブラーエの名前は、高校時代、物理の授業中に知った。
物理の教師がブラーエのとケプラーのことを紹介してくれた。

彼が残した記録を、ブラーエの助手で、彼の後を継いで宮廷占星術師となった、25歳年下のヨハネス・ケプラーが分析して、ケプラーの第一、第二、第三法則の大発見につながった。
英国で活躍したドイツ人、ウィリアム・ハーシェルが、自作の望遠鏡で天王星を発見するのは、ブラーエが没して、180年後のことになる。

人間が、ほかの動物よりも繁栄している理由は、いろいろあるけれど、そのひとつは、文字による情報・知識の記録・伝達である。ブラーエからケプラーへ受け継がれたような知識。これがなかったら、人類の文明はこんなに発達していない。
知識の伝達、蓄積がなく、生まれた人間がいつも白紙の状態から文明をゼロから築き上げなくてはならないのだったら、いつまでたっても、ほら穴暮らしの狩猟生活で、コンビニでおにぎりを買って食べる都会生活にたどりつけない。だから、先人の書いたものを読むし、なにかしら文明に寄与できたらとこうやって書いている。果たして、読むに値するか否かは覚束ないけれど。鼻を失ったブラーエの目に感謝。
(2017年12月14日)



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