白髪翁日乗

白髪の禿頭翁が書きとめる気まぐれ日記、スライドショー(デジブック)のリンクで自作の俳句も時々披露することもあります

松村光生

2014年01月10日 | 親戚

改めてわが弟「松村三生」ペンネーム松村光生のことを駄文にしたためておこう。1948年8月3日山口県宇部市生まれ、少年時代を山口県で過ごした。細かく追えば宇部市、光市、下松市を転々と親の気まぐれな転職に合わせて移動している。1966年県立下松高校を卒業して早稲田大学文学部へ、のちに政治経済学部に転向したが、若年のころから文学に関心が強く高校生の頃には短編「修治」を発表していた、このことは誰も知らないと思う、本人が無視してほしいとのことで今回初めて書くのだが、太宰治の少年時代の物語である。太宰の本名は津島修司であることから題名をつけたらしいが世間からは全く顧みられなかった。早稲田に入ってからは勉強はせずに好きな本と音楽に熱中してさして強くもない酒を飲んで無頼な生活を送っていた。当時運刻斎は結婚して千葉県松戸市に住んでいたがよく我が家に遊びに来てはレコードを紹介してくれたりまた大切な「サティ」のLPを持ち帰り?されたこともあった。その後大学を中退して出版関連の業界に身を置いてイラストを描いてみたり、映画評論のようなものを売文したりしていた。それでもそこそこの収入にはなった様で金に困った様子は見られなかった。そして1989年10月に小説のデビュー作「グッドバイロリポップ」を上梓することになるのだが、ここまでの彼の逸話は数限りない、まあ亡くなったことだしそこら辺りは包み隠して彼の作品の一覧を挙げてこの駄文のおわりにしておく。コメントを頂いた光生のお友達の方々へ本当にお世話になりました。

アーマゲドン2000 悪い夏 (ハヤカワ文庫ハィ!ブックス 1992/4)

目醒めの時 (ハヤカワ文庫ハィ!ブックス1992/10)

グットバイ・ロリポップ (ハヤカワ文庫JA 1989/11)

わが母の教えたまいし歌 (ハヤカワ文庫JA―伊栗慎太郎事件ファイル1991/2)

アーマゲドン2000 怒りの日 (ハヤカワ文庫ハィ!ブックス1992/5)

 

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デジブック 『明孝陵』

2013年12月23日 | 親戚

明孝陵(みんこうりょう)は中国の南京の東にある紫金山の南麓に位置する明の太祖洪武帝朱元璋と后妃の陵墓。世界遺産に登録されているが、外国人観光客は少なめである。しかし、見学者は多く、中国各地から団体で観光客が訪れる。周辺には中山陵や霊谷寺といった観光地があり南京の主要観光地となっている。

デジブック 『明孝陵』

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デジブック 『東京ドイツ村2013』

2013年12月14日 | 親戚

デジブック 『東京ドイツ村2013』例年この時期には一眼レフを担いで撮影しに行ってます。

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四十九日の法要

2013年11月05日 | 親戚

佐倉市にある曹洞宗の長谷山宗徳寺にて故松村三生、戒名省三耕作信士の四十九日の法要を行った、宗徳寺は応永10年(1403)に小弓城主 原胤高により下総国小弓郷柏崎に創建され、元亀元年(1570)に原胤栄が臼井城主となって長谷津に移転され、この地にあった長谷山龍雲寺を合併したという関東ではかなりの古刹だ、室町時代にこの地を治めていた臼井氏を継いで領主となった原氏の菩提寺であり、ご住職は三生の葬儀の際に導師をお願いした。実際に宗徳寺にお伺いしてみると故郷の小さな菩提寺と較べて伽藍の大きさは比較にならない位立派なお寺だった。法要を終えたところ遺骨は宗徳寺のご住職が預かっておこうと仰って戴いたのでご好意に甘える事にした。じつは故郷の菩提寺である山口県光市室積にあるお寺から「他の寺で戒名を授けられた仏を供養する訳にはいかない」と体よく法要と納骨を断られたからである。宗徳寺のご住職や葬儀社の担当の方からは「よくある話」と仰られていたがまさか江戸時代からご縁があるお寺さんからこの様な言葉を戴くとは思ってもいなかった。亡き母の話では祖父や父はおりにつけて相当額の寄付をして本堂の修復等に貢献していると聞いたが金の切れ目が縁の切れ目か?そういえば私個人は何もしていない。後はお墓をどうするか?又ひとつ課題が増えた。松村家の素性は明確ではないが宗旨が西日本では極めて少数派の曹洞宗という意味合いから室町時代末期に関東から安芸国(広島県)に大挙して移住した野伏の一団であったらしい、かの地の過去帳から推察すると水先案内や船による戦闘を生業とし戦国時代の先祖は五軒屋五人集と言われる海賊グループの親玉で海岸を通行する船から金品を巻き上げたり、一攫千金を夢見て江戸時代初期には蝦夷地の探検などもやっている。先祖の悪行が祟ってか松村家はみな短命で古稀を迎えたのは私が最初だ。

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利害得失

2013年10月21日 | 親戚
NSの目的の一つとして停年退職すると仕事を続けない限り社会的なつながりが希薄になる、そこで昔の知己と連絡をとりたくてFBに個人データーを公開して希薄になったつながりを取戻す、とこれは結構な事なのだが例えば肉親の近況を伝える必要も無い仕事仲間をまきこんでしまうこともある、公開の範囲を限定すればこれまたSNSとして意味のないことになる、匿名でのブログは7年続けているのでそちらをフォローしてもらえば済む事なのだ、何が言いたいか?というとFBへの記載内容が日々暗くなってしまう事への自戒、当面するのは入院中の次弟の近況だが、仕方ない事だとは思っても今年の春以降身辺に起きる様々な防ぎ様のない出来事、伝える必要があって公開しているのだが当然弟を知らない人には関係ない事である。日々思う事は71歳の爺になってまで「無理する事ないのに」と思いながら身体が元気だから楽しみながら?無理をして第一線で仕事をしている。
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