労働者による労働者の「憲法」をつくろう!

日本の現行憲法の多くの労働者・民衆は幻想を持っている。それは、アメリカの世界戦略と堅く結びついている。現行憲法と決別を。

改憲攻撃に対する闘いの方針 基調(要旨)

2016年10月18日 | 政治社会

注:表題の文書は9月19日の記事の改訂版である。皆さんの意見を寄せてください。

 

◆安倍たち(日本会議など)の改憲の狙い

 安倍に代表される右翼天皇主義者たち(日本会議など)の改憲の狙いの一つは、戦前の国家社会の在り様を評価し、その認識を広めることである。戦前の価値観(明治憲法・教育勅語など)を彼らは共有している。そして、その復活を夢想している。敗戦時、ポツダム宣言を受け入れるとき、最大の関心事は国体が護持(=天皇制の維持)されるかどうかであった。彼らは東京裁判を否定し、侵略戦争を侵略といわず、進出と言い、欧米諸国によって植民地にされた国々を解放したのだと、正当化する。だが侵略は否定できない事実だ。彼らは、教育勅語を評価するし、明治憲法も評価する。戦争に負けたが、戦前の国家社会の在り様は肯定している。育鵬社の歴史教科書には、侵略を正当化する記述があるし、また道徳の教科化も戦前の価値観の復活を狙っている。ここから、現行憲法に対する否定的姿勢が生まれてくる。

 安倍たちのもう一つの改憲の狙いは、自衛隊を完全な軍隊にすることである。解釈改憲という方法では、自衛隊の軍隊化は不完全でしかない。自衛隊の完全なる軍隊化には、憲法九条の改悪が絶対必要である。また、アメリカからの軍事的自立を展望するうえで、必須の条件でもある。その展望にとっての障害物が中国の軍事力・政治である。

 今日の国際政治状況、とりわけ東アジア情勢は日本支配階級にとって厳しいものである。中国の海洋進出(南シナ海と東シナ海)は周辺国の緊張と不安定化を生み出している。また、北朝鮮の言動は北朝鮮がまだ、一九九一年以前の冷戦時代に生きていることを示している。日本の自衛隊は、力では中国の軍事力に、また北朝鮮の核に対抗することはできない。この二つの国に対抗するためには、当面アメリカの軍事力に依存せざるを得ない。この間の安保関連法の制定は、そのことを示している。こうした改憲攻撃に対し何を持って対抗するのか?

 

日本国憲法の持つ重大な歴史的・階級的性格は何か?

 戦前、日本の左翼(主に日共)はスターリン・コミンテルンの指導の下、日本軍国主義・帝国主義の侵略戦争に反対した。しかし、治安維持法・特高の弾圧によって敗北した。

  それ故、日本軍国主義・帝国主義・天皇主義者は中国をはじめ東南アジア諸国を侵略した。だが、日本の支配階級は、アメリカ帝国主義の圧倒的軍事力に敗北した。最後は原爆を広島・長崎に落とされ、ポツダム宣言を受諾し無条件降伏した。ポツダム宣言は日本の戦争遂行能力の解体と民主化を明確にしていた。ポツダム宣言を受け入れる際の彼らの最大の関心は、国体護持(天皇制の存続)であった。日本に侵略された諸国や交戦国においては、天皇の戦争責任追求や天皇制の廃止の要求は強かった。日本を占領したのは名目連合国軍だが、実体はアメリカ軍だった。その最高司令官はマッカーサーで、彼はアメリカ帝国主義の利害を代表していた。

  対日占領政策の立案実施する正式機関は極東委員会であった。これにはソ連も参加することになっていた。発足は一九四六年二月であった。反共・反ソ主義者マッカーサーは極東委員会が発足する前にアメリカの都合の良い政策を実施した。その一つが天皇の戦争責任を問わないことと、天皇存続を明記した民主的憲法(ポツダム宣言の具体化=9条等)の草案を日本政府に提案させ成立させた。

 こうした歴史の経緯を見てみると、日本国憲法は、戦前の労働者階級・左翼の反戦闘争の敗北と、その結果としての日本軍国主義の侵略戦争とその敗北という二重の敗北の結果成立したのである。ここに日本国憲法の民主的文言に関わらず、反労働者的性格がその歴史的背景に存在するのである。さらに言えるのは、憲法を柱とする戦後日本国家社会は、アメリカ帝国主義によって基礎づけられていた。さらに、朝鮮戦争によってアジアにおける冷戦体制が顕在化すると、日本は反共の砦として、アメリカの共産主義封じ込め政策を基軸とする世界戦略に包摂されたのである。

 

 ◆戦後70年、日本の労働運動・左翼運動の大よその総括―2・1ゼネストを中心に

一九四七年の2・1ゼネストを準備したのは、日本共産党の政治的影響下にあった産別会議であった。彼らは革命を視野に入れていた。しかし、GHQのスト中止命令に抵抗せず屈服した。この敗北を基礎づけていたのは、日共の「アメリカ軍は解放軍」という認識であった。GHQはアメリカ帝国主義の軍隊であり、労働者の味方ではあり得なかった。この誤った認識はどこから生まれたのだろうか?それは大戦中、ドイツ・日本に対しソ連が米英と手をつなぎ連合国を形成した(それは戦後世界秩序を意味していた)ので、アメリカはソ連の味方、したがって労働者の味方と考えたのだ。この認識は全く間違っていた。この当時のソ連は労働者の味方ではなく、スターリンとその官僚によって革命の敵対物に転化していたのである。それ故、革命の展望は、「帝国主義打倒・スターリンとその官僚打倒」でなければならなかった。戦後革命の敗北は、全てこの誤った認識に起因する。

 この当時の日本の左翼(日共、社会党系)は2・1ゼネスト失敗の政治的・階級的意味をこのように総括することはできなかったし、現在もできていない。また、一九五〇年代後半に登場した新左翼諸派も2・1ゼネスト失敗の階級的・政治的意味を理解できなかった。

 戦後日本の国家社会は、日本国憲法を頂点とする法体系を持ち、2・1ゼネストの失敗に示される階級関係を基本にし、それら総体がアメリカ帝国主義の世界戦略・アジア戦略(ソ連・共産主義封じ込め)に包摂されていた。アメリカのソ連封じ込めという世界戦略は、冷戦体制という世界秩序を基本に作られていた。従って、日本における階級闘争は、単に日本の権力・支配階級との闘争というレベルでは展望を持ちえなかった。戦後労働者解放の闘争はこの米・ソによる対立と依存の世界秩序と対峙する政治性・階級性を勝ち取ることが勝利の条件であった。九一年までは。

 

91年以降

九一年、ソ連が崩壊した。このことは、戦後秩序=冷戦体制を形成していた米とソ連の片方が崩壊しただけにとどまらない。ソ連は第二次大戦という帝国主義の最大の危機を相争う帝国主義の一方の側(連合国=反ファシズム)に加わることによって救った。そして、戦後秩序(全体としては資本主義社会)をアメリカと共に形成したが、その二国は対立と依存の関係にあった。それ故、ソ連の崩壊は世界秩序の崩壊に留まらず、資本主義経済に危機をもたらすことになる。

 ソ連崩壊後、一時的にアメリカの一極支配になったが、二〇〇三年のイラク戦争で、戦争に参加したのは、NATO加盟国で英国だけであった。アメリカの一極支配は、それで終焉した。これ以降、中国が台頭してきたが、Gゼロ状態が続いている。

 この状況は何を意味しているのか?いくつかの特徴を見てみる。

 資本や企業は国境を軽々と越えて活動している。資本は、投資条件の良い、儲けが大きいところへ動く。資本の国境を越えた移動は、それらの国の経済・社会に重大な影響を与える。一方、企業は安い労働力や条件の良い国へ移動する。それ故、労働者は国外の労働者との競争を強いられる。賃下げという競争を。企業同士の競争も激しくなり、淘汰が進み、企業は巨大化する。巨大化した企業は国家・政府の政策に大きな影響を与える。

 国益をめぐる争いが激しくなっている。

 九一年以前は、国益より米ソが支配していた域内のつながりを重視していたが、九一年以降、支配の境界が崩壊したことにより国益が前面に出て、その争いが激しくなっている。これに伴って、国家主義や排外主義が強まってきている。

 一方、労働者はますます分断され、貧困化させられている。なぜか?ソ連の崩壊が労働者階級の勝利的闘いによるものではなく、逆に労働者階級の闘争の弱さの結果だからである。主体の危機は一層深化している。

 

 ◆主体の危機の克服 

労働者の現状(=貧困者の増大、分断されバラバラになっている、労働者同士の競争・対立の激化)は、主体が危機に陥っている状況の反映である。

 九一年以降の世界も戦後体制に対する闘争の敗北の結果である。ソ連の崩壊によって、労働者階級が置かれる階級関係も変化する。が、九一年以前も以降も主体の危機的状況(=独立した階級性・思想を獲得できていない)は変わっていないというより、より深刻になっている。

 日本における階級関係はどうなっているか?

 戦後日本の労働者階級は、2・1ゼネストの敗北とその総括を成しえなかったことにより、戦後世界秩序に包摂されたままなので、さまざま大闘争(60年安保、国鉄分割民営化反対など)が闘われたが勝利できなかった。その延長線上に総評の解散(八九年)・連合の誕生、そして社会党の解散(九六年)があった。現在の日本の労働者階級の最重要課題は総評・社会党を解散に追い込んだ彼らの思想の問題点を明らかにすることである。

なぜなら、彼らが戦後の労働運動において最も影響力を有していたからである。

 彼らの思想の問題点は、戦後支配秩序の在り様を認識し否定することができなかったことである。 だから彼らは、日本の労働者階級の利害関係を正確に把握できなかった。その結果、戦後秩序の一部分であった日本国憲法を擁護することになった。

 総評・社会党が解散した状況(階級の実態)は現在も基本的に変わっていない。今再び護憲派が大きな勢力になっているが、それは単に護憲に代わる思想が登場していないからに過ぎない。

  護憲では勝てないことは戦後七〇年の歴史が示していると同時に、護憲は敗北を固定化する。

 護憲思想から決別することが勝利の絶対条件である。

 

スローガン

護憲思想と決別し、労働者は自立した思想を獲得し連帯を創り出そう! 

労働者全体の利害を代表する新たな結集軸を創ろう!

 

 

 

 

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