労働者による労働者の「憲法」をつくろう!

日本の現行憲法の多くの労働者・民衆は幻想を持っている。現行憲法の思想と決別し、労働者の自立した思想を勝ち取ろう。

改憲攻撃と闘う方針(一部=1の②を変更)

2017年05月02日 | 政治社会

自民党の改憲攻撃と対峙する方針をやっと創り上げた。仲間が4人で、議論しながら作成した。これまでの活動の経験や、私たち以外の様々な闘争からも学びながら、それを教訓化しながら。長いので2回に分けてアップする。

 

はじめに
 改憲阻止闘争を通して、私たちが獲得すべき目標は、戦後70年続いてきた主体の危機を克服すること。それは労働者の独立した階級性・思想を勝ち取ることである。そのことによって、労働者は自らを組織し、階級となり、改憲阻止と労働の解放の展望がうまれる。

1、安倍たち(日本会議など)の登場と背景、改憲の狙い
①安倍の登場の背景
 戦後、日本国家社会は、冷戦体制(=世界秩序)の下、アメリカの世界戦略(ソ連封じ込め・「共産主義」封じ込め)・アジア戦略に組み込まれた。それはまた、日本国憲法を土台にして形成されたのである。日本は戦争によって破壊され、さらに占領政策によって日本の工業力は大きく後退した。したがって、戦後数年は労働者民衆の生活は困窮を極め、労働者は生きるために、激しい闘争を展開した。日本の経済が上向きになるのは朝鮮戦争がきっかけだった。それ以降、60年代70年代の高度成長を実現し、一時期世界第2位の経済大国になった。それは憲法体制下であった。
 戦後政治を支配してきたのは、保守であり、彼らは大まかに二つに分類できる。一つが右翼で改憲を重視している。もう一つが保守本流と言われている宏池会の流れで、経済に重点を置き高度成長を実現し、改憲は右翼ほど重視しない。高度成長は階級間平和を可能にした。この時期、総評は「物取り」と言われる戦術で、賃金などの収入を増やすことに力点を置いた。それは一方で、労働組合を強化する制度設計をないがしろにし、かつ労働者の階級意識を強化することを軽視したものであったので、次第に労働者・組合員の階級性は希薄となり、労使協調の組合が増えていった。
こうした、労組の右傾化は社会党・総評の思想性=2・1ゼネスト失敗の思想性=戦後世界秩序と対峙(冷戦構造)しえない思想に規定されていた。日共は右傾化を批判していたが、彼らの労働組合活動は選挙での議席の拡大に集約されていたので、労働者全体の利益追求という原則からは逸脱していた。この社共のスタンスは、2・1ゼネストの敗北を総括していないことに基礎づけられていた。社共の右傾化は、労組の右傾化を結果し、労使協調の連合を生み出した。
 高度成長の終わりの直接の原因は、プラザ合意であった。それ以降、バブル景気となり、バブルがはじけ「失われた20年」と言われる不況の時期(1991年~)を迎える。この不況を乗り越えようと登場したのが、新自由主義政策でその担い手が小泉純一郎・竹中コンビであった。彼らは、労働者派遣法の改悪を実施し、郵政民営化など、「聖域なき構造改革」政策をとった。が景気は回復しなかった。こうした中、民主党が選挙で勝ち政権についたが、政権運営能力と政策が乏しく、次の選挙で負け、安倍の登場となった。
 安倍の登場の背景の一つには、社会党の解散と日共の右傾化=労組の弱体化(国鉄分割民営化を阻止できなかった)があり、それを克服しえなかった新左翼の弱さがあった。さらに小泉政権とそれ以降の自民党の政治もまた、効果的な経済政策を提起できなかった。民衆に期待されて登場した民主党は自民党とは異なる政治を提起したが、政権運営能力と実行力と求心力が不足していたので民衆は失望した。支配階級からは新たな抜本的な経済政策を期待されて安倍は登場したといえる。
 国際情勢もまた、安倍の登場に有利な条件であった。一言で言えば、91年ソ連邦の崩壊である。ソ連の崩壊は、戦後の世界秩序=冷戦構造の終焉の始まりを意味していた。そしてそれは、Gゼロの世界で、どの国も世界を支配できず混とんとした状況にある。国益の対立がより激しくなっている。国家主義・民族排外主義・自国第一主義の強まり、ネオ・ナチズムの台頭や国粋主義も登場してきている。
 軍事的緊張が世界各地で強まっているし紛争も頻発している。91年以前も西側東側を問わず労働者・民衆の反乱や闘争があったが、世界秩序(=相互依存と対立によりソ連圏とアメリカ圏を保持する)は何とか保たれていた。しかし、ソ連の崩壊により、その関係が崩壊したので、アメリカ一国では秩序を維持することはできないし、新たに秩序を構築する力はない。混沌は深まり、紛争や地域戦争は収束する見通しは立たない。現在は、ISとの戦争やシリア内線、ウクライナ紛争などであるが、今後何が起こるかわからない。可能性が高いのは朝鮮半島有事だろう。
 安倍はこのような国際政治状況を背景として登場してきている。
 
②改憲の狙い
  安倍たち(日本会議派)の長期的な目標は日本をアジアの覇権国家にすることと思われる。そのためにさまざまな手段を講じている。
 国内的には、第1に軍事力の強化である。軍事力の強化にとって、自衛隊の完全な軍隊化が必須の条件でありそのためには9条改憲(法整備)が必要。また、専守防衛から先制攻撃できる武装を備えること。さらに、緊急事態に関する憲法規定を改憲項目に入れ実現することも必要。有事の際、戒厳状態を作り出せる強力な首相の権限が必要と考えている。
 こうした、強力な軍隊を作るには、裏付けとして経済力=優れた工業力・技術力必要。軍隊の優劣は、武器の優劣に大きな比重がかかるのは古今を通じて言える。武器の優劣は、工業力・技術力に依存している。それ故、現在も進めているアベノミクスを何としても成功させようと、あらゆる手段を講じている。
 9条改憲は改憲項目の中で最もハードルが高いテーマである。また、覇権国を目指す場合、国民の意識・思想をそのようなものにしなければならない。そのためには、侵略戦争の歴史を修正し植民地解放の戦争であると思わせる教科書をつくり、道徳の教科化によって愛国心と民族主義を強める教育をすすめ、教育勅語=天皇制イデオロギーによる国民統合を画策している。それはまた、天皇元首化とつながっている。
 また、共謀罪新設などの治安法制の強化も重要な課題として進めている。
 国際的にその実現の前に立ちはだかっているのは、中国である。その経済力・軍事力・外交力は日本を凌駕している。安倍はそのことを理解していると思われる。安倍はその壁を乗り越えようともがいている。
 経済力では、日銀の異次元の金融緩和政策で金をじゃぶじゃぶ市場に流し、円安を誘導し、株高を生み出して、一見アベノミクスはうまくいっているように見えるが、インフレ2%はいまだ実現できていない。実体経済もまた、高成長できず、中国を追いつき追い越すことはできていない。
 軍事力の強化は、いずれにしろ9条改憲が必要で、時間がかかる。だから、当面アメリカの軍事力頼りに対抗するしかないので、いやでもなりふりかまわずアメリカにすがりついている。
 外交においては、中国はその経済力・資金量と強力な国家権力を背景にしたバラマキ外交、また一帯一路政策・AIIB(アジアインフラ投資銀行)を提起し、多くの国を巻き込んでいて、有利な立場にいる。安倍も経済力を武器にしているが、安倍の場合、自由に使える国家の金はそれほどなく、民間資本に頼らざるを得ず、中国の有利を覆すことは無理。現状はこのようなものであり、国際的な環境は道遠しだが、国内体制は着々と進めている。これと対峙するためには、私たち労働者民衆の立脚点を提示することが求められている。

2、日本国憲法の持つ重大な歴史的・階級的性格は何か?
 戦後日本社会はどのような階級闘争の結果形成されたのかを明らかにしなければならない。
第1に、戦前に於ける日本の左翼運動・共産主義運動は日本共産党が牽引したが、日本の支配階級は、共産主義を強く警戒しそれを取り締まるために「治安維持法」を制定した。日本共産党はコミンテルンの指導の下で活動したが、特高の徹底的な弾圧のため、1930年代には共産党の幹部は獄につながれ、活動不能になった。 
  そうした反戦平和勢力の沈黙の下、天皇を頂点にした日本軍国主義・帝国主義は中国をはじめ東南アジア諸国を侵略した。だが、日本の支配階級は、アメリカ帝国主義の圧倒的軍事力に敗北した。最後は原爆を広島・長崎に落とされ、ポツダム宣言を受諾し無条件降伏した。ポツダム宣言を受け入れる際の彼らの最大の関心は、国体護持(天皇制の存続)であった。
 ポツダム宣言は日本の戦争遂行能力の無力化(具体的には軍隊、軍需産業・財閥の解体、国粋主義者の追放、国粋主義団体の解散、戦争推進者の追放など)と封建性の解体(小作人制、明治憲法など)と民主化(治安維持法の廃止、政治犯の釈放、教育制度=教育基本法制定、内務省の解体、警察機構の地方分権化など)を明確にしていた。それを具体化したのは、マッカーサーの占領政策であった。
 日本に侵略された諸国や交戦国においては、天皇の戦争責任追求や天皇制の廃止の要求は強かったが、マッカーサーは天皇の責任追及や天皇制廃止は、日本民衆の反発を惹起し混乱が起きると考えた。また、天皇は「共産主義革命」を恐れている反共主義者で、マッカーサーと共通していた。マッカーサーは占領政策に関して天皇の協力が得られると判断し、天皇制の存続と、責任追及をしないこととした。しかし、東南アジア諸国などの天皇の戦争責任追及の声を無視することはできない。彼らは天皇の存在と侵略戦争は切り離せない関係であることを知っており、天皇存続は再び日本が侵略国家になる可能性があることを意味していたからである。そこでマッカーサーは日本国憲法に武力の放棄と戦争行為を禁じた条文=9条を入れたのである。
 日本を占領したのは名目連合国軍だが、実体はアメリカ軍だった。その最高司令官はマッカーサーで、彼はアメリカ帝国主義の利害を代表していた。
  対日占領政策の立案実施する正式機関は極東委員会であった。これにはソ連も参加することになっていた。発足は1946年2月であった。反共・反ソ主義者マッカーサーは極東委員会が発足する前にアメリカの都合の良い政策を実施した。その一つが天皇の戦争責任を問わないことと、天皇存続を明記した民主的憲法(ポツダム宣言の具体化=9条等)の草案を日本政府に提案させ成立させた(成立は1947年10月)。
  *占領政策におけるアメリカのヘゲモニー
  ①終戦時、ソ連は北海道の占領を意図したが、アメリカはこれを拒否した。アメリカは沖縄戦   で多くに犠牲者を出しているので、ソ連に譲歩する気はなかった。
    ②日本を実質占領したのはアメリカ軍で、自分たちに優先権があると考えていた。
    ③極東委員会においてアメリカは拒否権を有していた。
   
 日本国憲法は形式的には、明治憲法を帝国議会で改正したものである。国民投票はなかったので、国民の関与していない憲法である。
 マッカーサーは極東委員会が発足する前に改正憲法の原案を日本政府に作成しさせ、国会にかけようとしていた。ところが当時の政府は明治憲法にほんの少し手を加えただけのものを提示。マッカーサーは怒って部下に原案を急いで作成させた。この時、民間の憲法研究会の案を参考にしたようだ。こうして出来上がった憲法改正案は、象徴天皇制と9条が入った国民主権・基本的人権を明確にしたものであった。
 だがこの戦後憲法はアメリカの完全なヘゲモニーによって作成されたものである。占領された状態=日本国家の主権は存在していない状況下であった。それでも日本の支配階級はそれを受け入れた。彼らの最大の関心事は天皇制であり、それが入っているので不満があっても受け入れた。
 一方、こうした憲法制定過程に労働者民衆は一切かかわっていなかった。彼らと無関係なところで議論され決定された。こうした過程を経て成立した憲法には、憲法学者が言う国家権力を縛る力=立憲主義=は無い。憲法が国家権力を縛る力を有するのは、その憲法を労働者民衆が闘いとったものである場合だけである。
 憲法を柱とする戦後日本国家社会は、アメリカ帝国主義の世界戦略・アジア戦略に完全に組み込まれたが、そのきっかけは朝鮮戦争であった。朝鮮戦争に介入するアメリカ軍(国連軍の名のもとに)は日本の基地から派遣された。日本はアメリカ軍の後方支援を担う。これにより、アメリカのアジアを含む世界戦略=ソ連封じ込め政策の一翼を担う存在として日本は、その砦として位置付けられた。それは、日本の安全保障がアメリカに全面的に依存すること意味していた。その帰結として、アメリカは日本の再軍備を強く要求する。当時の首相鳩山一郎は改憲論者であった。が、改憲出来る条件(手続法がない。国会で発議する議席数を改憲派は持っていなかった。社会情勢が9条改憲出来るものではなかった)は無かったので、改憲するようにというダレスの助言はあったが、自衛隊は合憲という解釈改憲の政府見解で対応する。この矛盾が今日まで日本の国家社会を縛っている。そして日米安全保障条約と地位協定(当時は行政協定)を結ぶ。これにより米軍基地は治外法権化する。1959年の砂川判決は、米軍基地とそこで働くアメリカ人には憲法・法令が適用されないと結論した。この日本国憲法の最大の被害者は沖縄である。
 このような歴史の経緯を見てみると、日本国憲法は、戦前の労働者階級・左翼の反戦闘争の敗北と、その結果としての日本軍国主義の侵略戦争とその敗北という二重の敗北の結果成立したのである。
 戦後日本国憲法と日本国家は、戦後世界秩序と分かちがたく結びついている。だから、それはまた、日本の労働者民衆も同じである。したがって、労働者解放の闘争の展望を考えるとき、この事実を基本にしなければならない。これとは別個のところに闘いの基本を設定することは展望を閉ざすことになる。ここに日本国憲法の民主的文言に関わらず、反労働者的性格がその歴史的背景に存在するのである。(つづく)
 
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