幸福学専門30年 筬島正夫が語る本当の幸せ


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手に入っちゃうと何だよこれって思ってしまう(たけしに聞く快楽説の破綻)

2010-04-24 | 有無同然
浄土真宗親鸞会講師のブログです☆
キーワードは人生、生と死、因果の道理
人生の目的(生きる目的・なぜ生きる)、無明の闇、歎異鈔
真実の自己、親の大恩、自殺、誹謗中傷、
仏教、対カルト、宗教被害、後生の一大事・生死の一大事、
文学、哲学科学、映画、音楽など♪




今日はたけしの言葉を通して「快楽説」という哲学を考えて
みましょう!!    

北野武(ビートたけし)『孤独』より

 -死-

 ただ俺、やっぱり、なぜ生きるのか
 なぜ死んじゃいけないのかってのが
 すごい気になる
 
 要するに、なぜ人間は生きていかなきゃ
 いけないかっていうのがさ、
 どうも分かんねえよね。

 (中略)

 結局なんか・・・死ぬことの怖さって、
 一番低レベルなとこで考えれば
 まだやりたいことが残ってるとか、
 いいことやってないうちに死にたくないとか、
 そんなとこじゃない?

 でも、ある程度お金も取るようになって、
 ある程度ねえちゃんにもモテるようになってさ、
 一体これなんの意味があるんだろうって思うじゃん。

 下手すっと、俺はこんなものを手に入れるためだけに
 生きていこうとしたのかなっていう、すごい変な感じに
 なっちゃって。
 
  (中略)
  
 でも、生まれて、貧乏な家庭に育って、
 漫才やって売れないときは、なぜ死にたくないかっつったら、
 とにかく金稼がなきゃいけねえし、女にモテたいし、
 美味えもん食いたいし、いい車に乗りたいしとか、
 その程度のことで生きようとしたんじゃないかと思うね。
 でも意外にそれが手に入っちゃうと、なんだよこれって
 
 俺、なんで生きてんのかなと思うことあんじゃない?
 だから、ほんと、そのへんがよく分かんねんだよ。
 で、そうなっと余計、考えちゃんだよ。


★まとめますと

●「なぜ生きるのか」が気になる

●一番低レベルなとこでは、金稼いで、いい車乗って、美味いものたべて
 ・・・そんなことの為に生きている。

●でもある程度お金もとるようになると、一体これなんの意味があるんだ
 とう。俺はこんなものを手にいれるためだけに生きていこうとしたのか
 な・・・となってしまう。

というところでしょうか。

一番低レベルというのは、たけし特有の言い回しで、そのまま受け取ると
カチンとくる人もあると思うけど、最初の段階とでもいうのでしょうか。
その段階のものがある程度求まると、また考え方が変わってくる。

この世には二つの悲劇がある。
一つは願い事が、かなわないこと、
もう一つは願い事が、かなってしまうこと


っていうバーナード・ショウの言葉があって、
宇多田ヒカルも引用したりしてましたが、

最初の段階が、願い事を求めている間、
次の段階が、願い事がかなってしまった状態

その両方が悲劇というのですから、
自分が本当に求めていることを知るのは本当に難しいのです。

でも、その答えを知るヒントがあるとすれば、たけしもここで
ふれてるように「死」という問題
これを無視して幸福論を論じても、結局うまくいかないようです。
なぜなら人生というものの大前提がすっぽり抜けてるから。
無限の命を持っている人って一人もいないですよね。

限りある命をもちながら
限りない欲を満たそうとしても、うまくいくはずがない

うまくいくほうが驚きです。
ちなみに欲を満たして幸せになろうという考えは、「快楽説」
哲学ではいいます。
 
だけど、ほとんどの人が、この快楽説のみで突っ走っているんじゃ
ないかな、と思うのです。
ただ、ここで誤解しやすいのが、金やモノを求めること自体すべて、無駄で
駄目なのかというとそういうことではないのですね。
ここが目的と手段の関係になってくるのです。
(これについては今までも少し投稿してきましたが、おいおい詳しく述べて
 いきたいと思ってます。)

「哲学は驚嘆にはじまる!」ともいわれますが、
今のままでいい、俺が今、目指しているものさえ手に入れれば絶対幸せに
なれる!と思っているものでも、本当にそうか原点にかえって考えてみることの
大切さを今日はまず感じてもらえればと思うのです。

私もそうでした。
自分が思い描いていた幸せと、現実とは、どうも違うらしい、ということを
知ったときは、とてもショックでした。
だけど、そのショックが本当によかった。
遠回りに見えても、じっくり答えを探し、見つけ、そこに向かって進むことが
どれほど本当の幸せに近いことか!!
そのことを教えて下された方に、心から感謝しています。


また、欲をなくさねばならないのか、という意見が当然でてくると
思いますが、それはまたの機会にお話しますね! 
ではまた!!

      
今日のひとこと
 限りある命で
限りない欲は
満たせない
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11 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (そら)
2005-04-19 13:49:43
ぱんださん、これってすごく奥深い話ですね。

たけしさんは、結局ものを手に入れたんですよね。

でも心の面については何も言っていませんね。

物質面だけを考えたら、たけしさんの言ってることは正しいかも知れない。



心の幸せを求めて行った場合は、その欲望は上限はないと思います。

欲望というと悪い意味合いに聞こえますが、欲望がなかったら、よくなろうという欲望までもなくなってしまいますね。



次のお話も期待してますよ!
返信する
Unknown (そら)
2005-04-19 13:56:37
たびたびごめんね。

この間の曲、やっと聞けたよ~!

パソコンやっと直ってね~。

いい曲たい。

またいい歌紹介してね。
返信する
限りない欲 (makiko)
2005-04-19 15:43:28
そうかもしれないね。たけしさんの言うとおりかも。でも、手に入れたくて、手に入れたら、やはりすっごくいいもので大満足、ってのはあるよね。

それが何かは教えられないけど(笑)えへへ。

物欲はきりが無いんだよね。でも、心が満たされてると、あんまり欲しい物が出てこなくなる。

心を満たしたいという欲は、ないよりあったほうがいいよね?

ぱんだ先生、早くパソコン復活してください。

お待ちしています。
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ふ、深い! (kiko)
2005-04-19 17:00:57
今日は、深いお話ですね。



私も快楽説で突っ走っている一人です。

ただ、物欲面だけが満たされても、真の幸せとは言えない。精神面が満たされることが幸せなんじゃないかと

思って突っ走っていますが。。。



パンダさんが、幸せについてショックを受けたと書いてありましたが、私もショックを受けたことがあります。



幸せというのはなるものではなくて、感じるものなんじゃないかと考えが変わった時ですね。
返信する
するどかね! (ぱんだ⇒そらさん)
2005-04-19 20:05:32
そらさんどうも!するどいコメントですばい!

欲をどちらに向けるか、これ大事です。

「牛、水を飲めばこれを乳となし、

 蛇、水を飲めばこれを毒となす」

もとは同じでも結果が大きく変わるってこと、

よくありますよね。

でもなかなか良い方に向かんとばいね~

これが・・・
返信する
嬉しかばい!! (ぱんだ⇒曲聴いたそらさん)
2005-04-19 20:06:57
そらさん、曲聴けたと!

嬉しかばい!!何度も聞いてくださいね!
返信する
ありがとね!! (ぱんだ⇒マキコさん)
2005-04-19 20:15:07
メールありがと!!うれしかばい!

さて、欲を理解するとは難しかよ。

心をどこに向けるかがポイントばい。

(上のコメント参照してね)

心が安定しているとき、あまり欲は感じないたいね。

ばってん、幸せのあしもとに不幸が潜んどるとが

要注意たいね。当然10円失ったより、100万

失うほうがショックなように、幸せが大きいほど、

失ったときはショックが大きかけんね。なら何も

もたんほうがよかとかというとまた違うけんね。

ここが難しかとこばい。



「心を満たしたいという欲は、ないよりあったほうがいいよね?」そうばいね!ちなみに本当の心を求める

心は菩提心っていうたいね。あえて欲という言葉は

使わんようやね。ま、この問題は少しずついきましょう!ではまたね!いつも本当に有難う!!
返信する
Unknown (ぱんだ⇒kikoさん)
2005-04-19 20:17:44
kikoさん、ようこそ!

深い内容を深いと分かるkikoさんは深か人ばい!

「幸せというのはなるものではなくて、感じるものなんじゃないかと考えが変わった時ですね。

かっこうよかね~文字が光ってみえるばい、特に

最後の方が(笑)

またお待ちしてますよ~
返信する
ふむふむ~ (Ash)
2005-04-20 03:00:33
これもまた面白いですね~。



色々な意味で、この前の『目玉オヤジ』の言葉に通じる

ものがありますね。

ただ、あんまり「欲」や「願い」が、叶ったりすること

で、『死』という部分に繋がっていくのかが、まだ

ちょっと不理解(苦笑)。



またの機会を楽しみに待ちたいと思います(笑)。
返信する
するどかです! (ぱんだ⇒ Ashさん)
2005-04-20 12:45:46
こんにちは!Ashさん。

目玉親父とのつながりに気付かれるとは

さすがです!

限りある命で限りない欲を満たそうとする

破綻について話したわけですが、

命に限りがあるということは「死ぬ」という

ことですからね、そこらへんのからみがるのと、これはそうとう難しい内容だけど、

願いがかなうかなわないにかかわらず、

いつ死んでも悔い無しという身になれねば

本当の幸せとはいえないということなのです。そしてここでいう願いとは目標のことで

目的のことじゃない。人生の目的がかなえば

いつ死んでも悔いなし!という素晴らしい

人生になるのです。完全に言葉たらずですが・・またじっくりと次の機会に!
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