おはなし屋パモンの日記

おはなしを書くのが大好きなパモンの日記です。

今朝はスッキリ!

2017年04月20日 | 日々つつがなし
田舎から帰ってきてから、
しばらくふさぎ込んでいました。

まあ、この所いつもそうなのですが・・・。

一番酷かったのは、
今年のお正月。

しばらく立ち直れなかったし、
母の亡くなった2月も心身ともに
疲れ果てました。

そして今度の四十九日と。


四十九日は、まだ母の亡くなった傷も癒えぬ間に、
母の遺品を整理したり、家の片づけをして、
同居する弟夫婦のために明け渡さなければならないという
複雑な気持ちも相まって、非常に辛い日々でした。

母が亡くなって、急に老け込んでしまった父と
弟は同居しようと言ったのですが、
弟の嫁さんが、
「お義父さんはまだ元気だから」と言って
のらりくらりとかわしていたので、

もう、この人は本当に誠意がないなあと
こちらは諦めておりました。

実はこの人との結婚の条件が、
親の面倒を看るというものでしたが、
その約束も果たされぬうちに、
母は亡くなってしまい、

そうこうしているうちに、
今度は父までもか・・・と半ば呆れていました。


なので私としては、
兄弟三人でローテーションを組み、
父の面倒を看ようと思っていた矢先、
父と弟の話し合いで、勝手に同居を決めたのでした。


なぜあれほど同居を嫌がっていた嫁さんが
急に同居をすることになったのかと言うと、


私が、子供たち三人で父の面倒を看たいと言ったら、
それが父には嫌だったらしく、弟に、


「お前が俺の面倒を看なければ、財産はやらんぞ」とのたまい、
慌てた弟がしぶる嫁を説得して、急に同居が決まったと言う事でした。


あれほど親族の前で「同居はしない」と大見え切っていた嫁さんの、
手のひら返しに、相変わらず見事やなあ~・・・と
呆れてしまったのは当然で・・・


(正直、この一年、この人と深く付き合ってみて、これほど
裏表のある人も珍しいのではないかと思ったのも事実で・・・)



しかも、嫁さんの同居の条件が、二階の自分たちが住むところの
荷物を全部捨てさることというので、

弟は嬉々として、母の荷物がたくさんあった二階を、
私と妹に片づけさせると約束したのでした。


そんな訳で、

なんであんたのために、私たちが母の荷物を片づけなければいけないのよッ!

とこちらは腸煮え来る思いで、二週間すごしたのでした。


でも、父がそう願ったのなら、仕方のないこと、
と思おうとしても、なかなか心の傷は癒えず、

こちらに戻ってきても、悶々と苦しむ日々・・・。



昨日、妹と電話をして(妹も二週間片づけと四十九日の
行事をやってくれ)、心の内を吐露して、

お互い慰め合っているうちに、
ようやく私の中でふんぎりがついたという感じです。



私、この問題―
両親の介護と、父から言われた財産の事―
が持ち上がった時に、何故だか、

しょっちゅうシェークスピアの「リア王」の話が浮かんだのです。


あれは認知症?(としか私には思えませんが・・・)
に掛かったリア王が子供たちを前に

一番自分を大事にしてくれるものに、財産をやるという話で、

まるで我が家のようだと感じていたのです。


父の中には、嫁にやった娘たちに財産を残すという選択肢はなく、
長男である弟に全部やると常々言っていたのです。


「お前たちは土地など貰ってもしょうがないだろう?」

とこちらの気持ちなどお構いなく、
私たちには、現金だけ決めていたようです。



でも、私には土地がなくなるということが、
生まれ故郷との縁がなくなるようでさみしかったし、

いざ私が帰りたいと思った時に、帰る家がないということは、
困ると再三言っていたのですが・・・

けれど父は、家は住まないと痛むとか、税金がかかるなどの理由で、
なかなか首を縦には降らなかったのです。


それが母が亡くなる直前に、
在宅に戻された母が真っ先にやったことが、
この財産分与の問題で・・・


母はもう自分が長くないことを承知していたのでしょう。

それまで後回しにしてきた財産分けを、その夜遅くまで、
父と話し合っていました。


そして二人が決めた決断は、母の財産は娘二人に、
そして父の財産は弟にというものでした。

それを聞いたときに、


「ああ、母は弟に自分の分は何もやりたくないんだなあ」
と思いました。


母は自分が病気なのに、何もしてくれなかった弟とその嫁さんに
ずっと怒っていたからです。


何もしないというのは、語弊があるかもしれませんが、
結局、「面倒くさい」とか「仕事があるのに」「こっちに迷惑をかけないでくれ」
という嫌々ながらのスタンスで、ずっと接せられ、母自身も苦しかったのだと思います。


(あまつさえ、弟たちは、自分たちでは面倒が見られないと、
母を検査入院と称して、ずっと退院させないようにしていたのです。
母の望みは在宅介護だったのに・・・。

母にはその仕打ちも応えたのです)


しかも弟の嫁さんは、介護のためと称して、
仕事を半日休にしてもらい、その補てん分を月々
父から貰っていたというのに。

つまり、嫁さんは、半日は両親に雇われている身だったにもかかわらず、
仕事帰りにちょこっと来ては帰る、
そして私たち娘が来ているときには、
一切立ち寄らないという行動をとっていたのでした。


私が2月に母を在宅介護で看ているときにも、
一切顔を見せませんでした。

見かねたケアマネさんが、自宅でカンファレンスをしたときに、
「お嫁さんどうですか?お姉さん、参っているようですよ、
1日くらい介護を代わってやったら」

と水を向けても、「私は休んでいるんで」と一言言うばかりで。


まあ、いわば自分は普段やっていて、
疲れているので、こんなときくらいは休ませてよという事なんでしょうが。

実際母に聞くと、何をしているの?というくらい、
来なかったそう。



あの時私は、毎日大量にくる人の波に翻弄されながら、
そして夜は酷いときには一時間おきに呼ばれるトイレ介助にあけくれて、
寝る時間もなかったというのに・・・。

(しかも、言ってはなんですが、弟夫婦は医療従事者なんです。
その彼らが、介護者の身の上を想像できないなんて・・・私には唖然です)


私は死にゆく母の傍らで、十二分に濃い12日間を一緒に過ごしたので、
母が弟のことを嘆いて泣いていたのも知っています。

「自分のせいだ。あんな子を産んだのは、自分のせいだ」と
ベッドに腰掛けた父に向って言っているのも後ろから見ていました。

(その頃の私も疲れ切り、ただぼんやりとその光景を眺めているだけでしたが)

私が強く言ったせいで、ようやく仕事帰りに見舞いにきた弟が、
母の寝室に入るなり、大声で言い合いをしているのも、
私は全部知っているのです。


その後、出てきた弟が、

したり顔で、

「いやあ、母ちゃんに会いに行ったら、いきなり泣かれて困ったよ。
なんであんた来ないの!って」

と言っていたので、さっきは怒鳴り合いしていたのに・・・?

と少し解せない気持ちだったのですが、
そんなに弟に会いたかったのかあ・・・と思い直し、
後で母に、

「お母さん、そんなに弟に会いたかったの?だったら、私が言って
毎日仕事帰りに寄ってもらうようにしようか?」

と言うと、
その頃は痩せて目が異様に大きくなっていた母の瞳が、
更に見開き、

「えっ?私が泣いていたのは、自分が死んだらこの家を、
弟夫婦にやらなければならないのかと思うと、悔しくて悔しくて・・・
泣いていたんだよ」

と言ったのでした。

(ずっと公務員として働いてきた母は、定年後父と二人で建てた
注文住宅のこの家を、とても大切にしていたのでした。
もちろん自慢でもありました)


そんな確執もあり、私の中では弟夫婦に対する
不信感とも嫌悪感とも言えぬ気持ちがないまぜになり、
どうにもこうにも止まらなくなってしまったのです。


四十九日が終わった後も、
遺産分けの話をしなければならなかったのですが、
私は、弟に少しでも多く分けるのは嫌だと思っていました。


確かに父と母が取り決めで、
母の分を娘たちに、そして父の分を弟にとしていたのですが、
どう考えても不公平だし、
それに私の中には、母を大事にしなかった弟夫婦に、
あの家が渡るのが嫌でした。


でも後から分かったのは、母の財産と父の財産がとんとんくらいだったこと。
なので私と妹には、母の預貯金をそのまま貰っても良かったのです。
それで本来は何の支障もなかったのです。


でもその時の私には、弟にあの家が渡るのが嫌だったし、

(しかも弟はあの家は自分たちには分不相応だから、
父が亡くなったら売って、新たに小さな家を買いたい、
などとも言っていたので)


それなら、母の財産も三分の一にして、
父の財産も法律通り、三分の一ずつにして欲しいと言ったのでした。


その頃の私にはまだ、母からここまで嫌われた弟に対する、
同情心というものも少しは残っていたのですね。

けれどそんな情けをかけるのも、本当は良くなかったのです。

すべては父と母が決めた通りにしておけば良かったのに・・・
とは後で後悔しましたが。


けれど、本来本家である我が家が、後を継ぐ者も誰もおらず、
朽ち果てていく姿を見るのが忍びなく
(ウチは本家なので、現在住んでいる家建物の他に、
先祖伝来の畑や山がたくさんあるのです。
もちろん誰も継いではいませんが)、


いずれは途絶えるとしても、それでもまだ外孫とは言え、
ウチの子供が、とりあえず血を分けた子供がまだ一人は
いるではないか?

その子に、先祖代々の土地や墓を守ってもらうという手も
あるではないか?と思ったのです。

(弟の所は、三年前に結婚した嫁さんが連れてきた成人した
子供が三人)


今まで、土地を守るという感覚など無かった私が、
もうこれで終わると思った瞬間、
血が騒ぐというか、どうしようもない焦りにも似た
気持ちに陥ったのです。

なんとか守りたい。
いずれは家系が絶えるとしても、
それまでは何としても守り抜きたい、
という気になったのでした。


まあ、長々と書いてしまいましたが、
そんな訳で、弟たちとの間に諍いがあり、
帰ってきても、なんだか気持ちがふさいでいたのでした。


私たちが、面倒を看ると言っていたのに・・・
それなのに、あからさまに財産目当ての彼らに面倒を看られたいなんて、

父はなんて馬鹿なんだろう・・・
とも思ったし、

そんな人たちに看てもらわなけれならないなんて、
なんという屈辱だろう・・・

とも思っていました。


そんな人たちに負けたなんて、
選ばれなかったなんて、
悔しい・・・

とも。


けれど、昨日妹とも話をしていて、
(妹は馬鹿馬鹿しいので、鼻っから父の面倒など看ないと普段から公言していた)


父はそれを選んだんだなあ・・・と。

父は弟夫婦と生活することを選んだのだと。

だとしたら、どうなろうと、それはもう父の責任ではないかと。


父がそう願ったのなら、もうこちらには何の責任もないのだと。


確かに財産目当ての彼らに負けたことは、悔しいけれど、

でもこれが負けだなんて誰にも言えないのだと。



もしかすると、勝ったのかもしれないのだと。



妹は、これからの同居が上手くいかなくて、またこちらに
頼むなんて言ってくるかもしれないよと。


そうなった時、ちゃんと突き放せるかが、
姉ちゃんの選択だよと。


(妹曰く、私はあまりにも弟の要求を鵜呑みにし過ぎると。
相手はずるがしこく揺さぶりをかけてきて、どれくらいしてもらえるかと
見ているんだから、そんなに簡単に乗ってはいけないよと。)


確かに、「父が可哀そう」とか「母が最期だっていうのに、旅費がかかるって金の問題かよ?」
などとよく弟には言われました。
(そのくせ、自分は一銭も出さない、お土産もくれない。
逆に空港まで迎えに行ったガソリン代まで要求されました)


こんなの詐欺師がよく使う手なのに、
弟だからと「ぐっ!」と我慢してきたのです。



っていうか・・・書いてて、思いっきり馬鹿だなあ、私・・・
何度だまされてるねん、って思っちゃいました。



姉ちゃんが思うほど、お父さんも兄ちゃんも、
姉ちゃんのことなんか思っていないんだよ、と妹。


なるほどなあ~・・・(^^;)
まあ、妹はドライな子なんで、
よく見ていますね、状況を。



大丈夫、世間は姉ちゃんの味方だよ、
あの人たちがどんなに酷い人かは自ずと分かるよ、

だから心配しないでもいいよとも。



確かにそうだよなあ~。

こんな事、世間が黙ってはいませんね。

この世間が黙ってはいないという台詞。
今回の事を叔母に相談したら、
そう言われました。

久し振りに世間という言葉を聞いたし、
自分は今までそんな世間という不確実なものは、
排除してきたつもりだったので、

まさか、その言葉に助けられるとは思ってもみませんでした。


でも、どんなに時代が変わっても、
不正は許されないし、
悪いことは悪いのだという人々が思うのを
止められませんよね。

だって、人には感情というものがあるのですから。


・・・なーんてことを話しているうちに、
父の裏切りも弟夫婦の極悪さも手放す気になりました。


今日は久々にすっきり!とした日です。

私もこんな恨みがましい気持ちから、
そろそろ解放されなくっちゃね。


まあ、全て人がやったことは、自らに返ってきますかね。

「復讐するは我にあり」
ではありませんが、

復讐は人間の仕事ではありません、神の仕事だという通り、

自らが招いたことは自らに返ってくるのですから、
私が何も心配することなどありませんね。


全ては私の思う通りに。

そうなります、そうなりました。

ありがとうございました。




☆それでは今日もよい一日を。

長い文章ですね。
付き合ってくださってありがとうございます。(^^;)






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