科学と宗教の共存

意識の覚醒を通して新たなる領域を書いてみたい。

理性から愛へと自己拡大を目指して 前回の続き、、

2017-04-21 09:35:45 | 日記
③生命の意識について
 これは生活意識の場で、生命の活動を素直に実感することに主眼がある。
 教育を通して、ものごとを客観的、合理的に考え語る、、こうした意識が知らずに身についてしまうので、この理性の意識から抜けることにより、新たな気づきを得ることにある。

 理性の意識から観ると、自然の活動、生命の活動が置き去りにされたままとなるから、これを取り戻す必要がある。

 生命の神秘、自然の不思議さ、驚異、畏敬の念、、など、子供時代には感じていたと思われる、素直な気持ち、純粋な想いが理性の発達と共に失われてしまうので、これを取り戻すことが大切だということ。

 一番の不思議さ、それは人間の誕生であり、この誕生の神秘が自分の中にあることに気づくことだ。母体の中で細胞分裂を繰り返して、やがて人間の形を取って誕生する。これをイメージするだけで、生命の神秘が実感される、、こうならなければいけない。

 これはもう人間業ではないからだ。ここにある創造の智慧、力が今も変わることなく常に働いているのであると意識できるか。ここに人間の知恵ではないものが自分の中にあると、考えることが大切なのだ。

 自己の中に無窮の智慧、力があって、常に働いている。こう意識する、あるいはこう認めていつも生命の活動を意識するようになると、理性の意識とは異なる生命の意識が生活実感の中に出てくるようになる。
 この生命の意識の実感が出てくるようになると、理性の意識との違いが素直に分かるようになってくる。

 ④愛の意識は、イエス様の愛の教えであり、この教えにスムーズに入るための前段として③の生命の意識、生活実感で素直に分かることが必要だということで取り入れている。

 生命の活動を素直に生活実感で分かるようになると、理性の意識とどれだけ違うかが実感としても分かるようになる。生活実感で分かることが生命に直接触れて分かる直接知であるとすれば、理性の知識思考は知識で理解するという間接知である。

 このため、理性の意識には生の気持ち、心情が乏しくなり、心は鈍感になってしまうのだ。これが進めば、理性の人間とは、システムに縛られたロボット人間となっていく。
 物質的、機能的にものごとを取り扱う意識が前面にでてしまい、生命の意識は観えなくなってしまう。これを取り戻すために、本来の人間を意識するために、生命の意識、生活実感で分かる意識の領域を広げていくことが必要なのだ。
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