マヨの本音

日本の古代史から現代まで、歴史を学びながら現代を読み解く。起こった出来事は偶然なのか、それとも仕組まれたものなのか?

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「アメリカから読んだリクルート事件の深層」の五回目(最終回)

2011年11月14日 17時11分23秒 | ひとりごと
ちょっと長かったね、なんといっても全280ページある中の90ページ分なんだから・・・。
さあ、もう一息、がんばろう。

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国会議員がらみの金の動き

別のサンケイ新聞の元辣腕記者は政界に転身して、競艇のドンの笹川良一を義理の叔父に持ち、後藤田と並んで大量の選挙違反を出して赤じゅうたんを踏んだ、あの糸山英太郎議員の秘書になった。だから、理には目ざといこの投機が好きな政治屋議員は、このルートからNTTの長谷川取締役の女性スキャンダルや、真藤会長とリクルートの江副社長の問題をつかみ、糸山は一億五千万円の口止め料を要求したと言われている。だが、この要求は真藤側からの強い反撃にあい、NTTに天下りした警察官僚が行動を起こし、警視庁は三通の逮捕状を準備したらしいが、逮捕される直線に金丸の手で和解が成立して、金は要らないということでお開きになったそうであり、NTTをめぐって妙な動きが実際に起きたようである。
 世の中にはデスインフォーメションが多い。私は異なった三つ以上のニュースソースを確認しない限り、たとえ話がもっともらしく思えても情報と信じて書く真似はしないことにしているが、この話はなんと四人のジャーナリストが口にしていた。それからするとこの話はよほど具体的なものだったらしいが、とても感心できる内容のものではない。私の読者には新聞記者が多いこともあって、東京に行くたびに彼らとよく話し合うが、そんな時に生臭い話題も結構交わされるし、私も彼らに代わって日本では書きづらいことをアメリカのメディアを使って日付をつけて記録しておくのである。
 それにしてもこの話にはオチがあって、真藤と裏方役の熊取谷の間に連絡上のミスが生じたらしく、江副の頼みで熊取谷が融資した資金は三和銀行永田町支店の糸山の口座に振り込まれ、それがもとでしばらくごたついたという噂が面白おかしく尾ひれをつけて取りざたされ、外国の特派員までが知るに至ったそうである。
 糸山議員の口座の金の行方については伊東久美なる噂の人物に取材するのが最良だが、この種の政会を舞台に使った疑惑の追及において、なぜ検察庁が途中で考えを変えたのかを、検察長局が自らの口で明らかにする必要がありそうである。
 それにしても、一九八九年五月二十九日に東京地検が発表した吉永検事正による捜査の終了宣言には、不思議なことに、夢工場にまつわる疑惑や日本ダイレックス社とNTT社との取引などは全く視野に入っていなかったのである。
 また、ワシントンのウォーターゲート・ビルの事務所を自民党の山口敏夫議員が突然閉鎖し、樋口美智子元秘書がFBIに事情聴取を受けたことはリクルート事件がらみのカネにまつわるもので、スパコンがらみだという噂がワシントンで流れたのに、日本国内ではそんな報道は全くなかった。しかも、自民党の藤尾正行議員が栃木県足利市で開かれた議員在職二五周年記念の講演会の演説で、「スパコン購入で中曽根に数億円のリベートが渡っていた」と爆弾発言をし、疑惑があることを明言したのである。
 資料としては興味深いが内容としては首を傾けたいのだが、一九八九年四月八日づけの朝日新聞の記事らしいものから、藤尾の発言を参考までに孫引きすると次の通りだ。「クレイ社から大型コンピューターがNTTに買われた。最初の言い値は二億ドルだったが、いつのまにか四億ドル、六億ドルとなり、リクルートにわたった時は八億ドルになった。それだけのバックリベート(ワイロ)がヤミに流れ、渡った。それを知り約束した者が中曽根。中曽根の召喚要求が事件解決のカギになっている。・・・・中曽根がアメリカ人のレーガンにバックリベートをやる約束をして、それが渡っていると、それを追及していくと名前がでてきてレーガンがどういうことになるとすれば、日本国総理大臣中曽根康弘は米大統領レーガンに贈賄をしたということになる」
 藤尾は自民党きってのタカ派議員であり、反朝鮮の考え方をしていて、中曽根の半島人脈に強い嫌悪を示す国粋主義者の代表だ。いくら読売の元記者でも、どこまで確かなニュース源を持つかは分からないが、同じ自民党員にこれだけ強烈なことを言われてもお喋りの中曽根が沈黙しているのが奇妙である。
 また、その運搬役に、当時外交委員長だった山口を擬し、中曽根内閣の運び屋は誰だったかと囁かれていた。山口議員が江副と数十年来の友人であり、山口労働大臣への六三〇万円の政治献金や様々な形で行われた接待の関係だけでなく、リクルート疑惑が公然化する契機になった松原社勝室長が韮崎代議士に贈賄した工作や被差別問題に関連した事件についての事情聴取で、山口八県で大部油をしぼられたとも言われている。
 だから、リクルート事件の中核に位置して巨悪と呼ばれる中曽根が、総数でわずか二万九千株しか譲渡されていないことと並んで、株の譲渡リストに山口と小沢の名前がないのは、このリクルート疑獄の大不思議だと言われている。スーパーコンピュータにまつわる金の動きやそれに関連したモーデムと時分割多重装置などについて、それが国外のことだからという理由を口実に使い検察当局が頬かむりし続けてよい事柄ではない。
 「人の噂も七十五日」とばかり居直って、現在では正義の味方面をして国会で茶番劇を演じる、あのロッキード疑獄の要でもあったラスベガスのハマコー賭博事件の二の舞を再びここで繰り返してはいけない。そして、一億人の国民の期待を担っているからには、社会悪との対決の覚悟をはっきり示して最後まで徹底してやると断言するところから検察当局は出直さなければならないのである。

 レーガンの金ピカの日本興行

日本のメディアからリクルート事件の影が消え、秋の収穫の季節の中でレーガン夫妻の訪日が終わり、選挙に浮きたった日本列島の上ではパチンコ業界の疑惑がひとしきり取り沙汰された。そして、ラスベガスの四億円の賭博で証人喚問騒ぎを起こし、福岡の「川筋男」としての侠気を持つ田中六助に倫理を説かれ遂に代議士を辞任せざるを得なくなった、あの脛に傷を持つ稲川会出身の浜田議員が居丈高に社会道義と政治倫理を笑止千万にも高言して、日本の政治も地に落ちたという感じを強めた。
 また、プリペードカードが論じられるなら、当然のこととして熊取谷稔の名前が登場してもいいのに、それに気づくジャーナリストも不在なようだ。しかも熊取谷の名前は、ハマコー議員が四億円の大金をすった、リベートの舞台として名高いラスベガスで賭博場を買ったり、名門のベブルビーチゴルフ場を買収した投資家として、太平洋の対岸ではその名が見え隠れしていたのである。 
また、五月にあったレーガン夫妻の訪日旅行の発表以来、アメリカのマスコミ界は賛否両論でにぎやかだった。三億円の講演料でフジ・サンケイ・グループが企てたこの旅行は、日本人が金の力で元大統領を雇いあげ、コマーシャル用のモデルに使う、とやっかみ半分に書きたてたが、その急先鋒は保守派のウィリアム・サファイアで、彼はレーガンの行動を「ニューヨーク・タイムズ」で、はしたないと決めつけていた。
 リクルート事件が未だ燃え盛っていた五月十八日の段階で「ロサンジェルス・タイムズ」のシェーンバーガー記者は「フジ・サンケイ・グループにとっては、それが宣伝費と考えるならば、二百万ドルなんか全く取るに足りない」というフジ・サンケイ・グループ内部の人間の発言を引用し、それを見出しに使って記事を書いていた。それにしても、この記者はレーガン訪日の政治的意味と、それが同じ時期に始まるリクルート事件の公判への波及効果について何も考える事がなかったのだろうか。
 そして、十月二十日に羽田空港に到着したレーガン夫妻は政府などの招待という八日間の公式滞在を終えたが、政府が招待した外交上の賓客なら、それに対して一民間企業が宣伝攻勢を狙って担ぎまわり、しかもそれがリクルート裁判へのデモンストレーションになるならば、これはあまりにも心が痛む組み合わせではないか。リクルート事件の始まりの部分が不透明である以上、国民は演技政治でだまされた中曽根時代を思い出しながら、欺瞞政策への警戒心を高めなければならないだろう。
 現に日本のマスコミ界はリクルート事件の教訓に目をつむり、この種の疑獄は過去のものと見て不正に対しての追及の鋭さが既に乏しくなっている。この点を「朝日ジャーナル」に登場した韓国の「KBS」の李特派員は「読売新聞、日経新聞などのマスコミ幹部にも株が渡っていた事情があるにしても、マスコミは批判精神を発揮していないし、正確に実態を判断し報道する姿勢が見えない。事実報道だけでなく、事実が社会に与える影響を考慮し国民を正しい方向に導くべきである」と発言している。また、有楽町の外国人特派員協会のアンディ・ホルバート会長も、日本は欧米のような議会制民主主義ではなく、利害制民主主義を採用していると発言した後で、「日本人は保守的で理念のない一大独占政党のもとで前代未聞の好景気を楽しんでいる。うまくいってるから、賄賂を受ける政治家がいてもいいじゃないかという気さえする。政治改革を成し遂げるためには危機感が必要だが今の日本にはそれがない。関与した政治家に辞職しろ、土下座しろ、というだけではうっぷん晴らしにすぎないのではないか。と結んでいる。
 それにしても、リクルート事件はその始まりの段階からくるっていて、警察が盗聴事件を逸らすために陰謀めいた手口を使ったし、検察当局は楢橋代議士の告訴で辛うじて重い腰を上げ、小物代議士を二人起訴しただけで幕を閉めたのだから、目の前で巨悪が胸をさすっているのを見せつけられて、一億の日本人は中途半端な気持ちに包まれながら空しさをかみしめざるを得ないのである。
 その原因になるものとしては、疑惑の中心人物の中曽根から事情聴取もしないし、アメリカに調査官を派遣しようとしなかった事実があり、検察当局は情けないほど及び腰だった。これは日本国憲法第十四条第一項の「すべての国民は法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分、または社会的関係において差別されない」という条項からすると、首相や前首相が事情聴取で特別待遇を受けたなら、これは検察庁が憲法違反の差別をしたことになる。その辺に弁解無用の検察当局の腰砕けぶりが望まれてなんとも侘しい気持ちになるばかりである。また、実際に事情聴取をしていたのなら、それを報道しなかったマスコミの怠慢の背景には何か特別な取引が存在していたのかもしれない。
 いずれにしても、アメリカ住まいの私が久しぶりに故国を訪れ日本人ジャーナリストや外国人特派員に会うだけで、次々とリクルート事件にまつわる新しい情報が集まるのに国内ではそのような情報が報道されないのは、実に不思議なことだという気がしてならない。
 監獄の塀の上を起用に渡っていく政治家たちが塀の内側の中庭に転落するのを免れて最後にはいつもきまったように天下の大道の側に飛び降りている時代は、はたしてこれからもつづいていくのであろうか。

  「日本、中古の大統領を購入」

 レーガン元大統領の金ピカの日本親善興行は、無事八日間にわたる日程を終えたが、レーガン訪日中のアメリカのメディアは講演料二百万ドルについて賑やかだった。特に、深夜のポルノ番組を売り物にするフジテレビとタカ派の論調が専門のサンケイ新聞による「商売と政治のごちゃまぜ屋のコングロマリット」と名指し,フジ・サンケイ・グループが何故七百万ドルもかけて一連のイベントと政治宣伝をしたのかと首を傾げた感じの記事を書いていた。
 素直に考えればこれは間接アプローチであり、ラスベガスで浜田議員が博打でリベートを渡したように、講演料の謝礼の形でリベートを公然と支払いそれがスーパーコンピューターに関係していたとなれば日本人はおめでたいと言うしかなく、米国ではミッキーマウスビジネスと表現するのである。
 「ニューヨークタイムス」は日本人の過度のもてなしだけでなく自制心を失っているレーガンを強く批判して「まったくの商業主義に、こんなにも図々しくのめり込んだ大統領経験者はかつて存在したことがない」と手厳しかったそれにしても、レーガンに一歩遅れた形だったが、ひっそりと行われた北京訪問によって却ってニクソンの人気と評判が高まり。帰米したニクソンはホワイトハウスに招かれブッシュ大統領と夕食をともにして中国の首脳との会談についての報告をしたのがめだっていた。
 これまでブッシュ大統領はニクソンとは電話連絡だけであり、ワシントンに正式に招いて協議したのは初めてだし、帰国報告を電話で済ませただけのレーガンとは実にその対象が鮮やかで、それはブッシュの日本への面当てのようだった。
 アメリカでは日本のような政治形態ではなく、長老支配や院政等のやり方は存在しないのに、なり金ボケした日本人は生き馬ではなく、英語でデッドホースと呼ぶ死に馬を買ったのか、或いは不動産屋と商売人が血道をあげているアメリカの買占めのやり口をまねて実に見え透いた愚劣なやり方をしたために、レーガンを死に馬にしてしまったのかもしれない。「麒麟も老いては駄馬に劣る」というが「死に馬」は更に劣ることを知るべきではないか。
 実際に、十一月六日の「ニューヨークタイムズ」は痛烈であり、あんぐりと口をあけたレーガンが箸で差し出された札束を呑みこむ挿画までつけて、「日本、中古の大統領を購入」と題した記事を掲載したのである。
 ワシントンでのレーガンの人気は暴落であり、「前大統領が日本で二百万ドルも稼ぐのに、なぜ米国の納税者が多大の負担をしてシークレットサービスが同行の警備までするのか」と反発したカジョルスキード下院議員を初め「アメリカは日本人や前大統領につべこべ言われる筋はない」と日本人を含めて強い反発の気持ちを表明したブライアン上院議員に見るように、成金ボケした日本人のお祭り騒ぎは多くのアメリカ人の心にしこりを残したのである。
 私の眼にはフジサンケイグループが企画したお祭り騒ぎは誰もその真相について触れなかったが、夢工場のえんちょうにあったように思えてならない。
 日米関係の将来と日本の運命を損なわないためにも、今の時点で、あのリクルート事件とレーガン訪日を結ぶ隠れた糸についてじっくりと考えて反省してみると言うのも、狂乱の一九八〇年代を総括してみる上で意義ある試みになるかもしれないのである。

 エピローグ リクルート疑獄の総括 「不透明のために見えない結社」

迷宮入りしたリクルート事件

 リクルート事件は奇妙な性質を持つ疑獄であり、表面的には収賄と贈賄によって構成された犯罪だが、その背景には社会のタブーが関係している特殊な集団が関係していたために、一種の迷宮入り事件として終わっている。政治家や官僚を初め幾人かの関係者が逮捕され、贈収賄に関与した人間が指弾されたが「巨悪」と呼ばれて中心的存在の中曽根はおろか、その周辺でプロットに関わっていたグループは上手に立ち回って網の目を逃れている。
 その理由は、権力の中枢にいた者の責任追及をせず適当にごまかしてうやむやにすると言う長年培われた日本的信条の特殊性が作用していた。二・二六事件の臣の首謀者を隠蔽したり、太平洋戦争の責任者の裁断を回避したのと同じで、いつもながらの、汚点を嫌う民族的な心理と伝統が目覚めてここで再び機能してしまったのである。
 日本は欧米や中国のような契約社会ではなく、国家の成立をはじめすべてが自然発生的であり、運命共同体としての国家が社会生活を規定し、独特の文化とサブカルチャーを育てている。
 公害を例にして公的な社会分析を行い、深刻な構造的アノミーの拡大再生産のメカニズムを抽出して日本人の民族性を論じた小室直樹博士は、経済社会学における名著「危機の構造」(ダイヤモンド社刊)の中で「日本では機能集団としての共同体を媒介することなしには社会的地位は保てず、社会的生活を営みえない。企業共同体における生活の終焉は社会的生活の終焉を意味する。しかも、共同体の機能的要請はすべてに優先し、これが内部倫理によって規範化される。他方、外部の人間は倫理外的下等動物であるから、この下等動物の生命を企業共同体の利益より優先させることなどは許すべからざる反逆である。このようにして、企業共同体のための活動はすべて正当化され、その結果に対する社会的責任が意識に上ることはあり得なくなる」と指摘している。
 この鋭い分析の手法を作業仮説として借用し、次に次元の展開を行い体制の議論に移すために、企業共同体を国家やエスタブリッシュメントと読み替えてみる。すると、体制の内部倫理が外部の社会倫理に整合せず、しかも、上等であるはずの内部倫理が劣等の場合、非常に始末の悪い問題を生みだすことがわかるし、それがリクルート事件だったことが理解できるのである。
 このアナロジーの体系は似たものを探す行為だが、哲学の父と言われる多―レスの時代から、現代数学の先端を行く群論やトボロジーに至るまで、変形、交換、置換を含むメタファーにおいて、もっとも基本かつ原理的なモデルとして類比は威力を持つのである。
 リクルート事件の犯罪としての追及に関しては、検察当局が捜査の終了を宣言して打ちきっているので、今後はアカデミック病跡学の検討の場において、精神医学の専門家に任せるのが最良だろう。特異な時代精神や政治家を動かす歴史分析としては。マザーの「政治家としてのヒトラー」(サイマル出版会刊)の手法が有効だし、権力の異常な行動を衝き動かす心理と病理の問題になると「ヒトラーとスターリンの精神医学」(牧野出版刊)のような優れた仕事があり、その道のプロがメスをふるっている例もある。
 リクルート事件に関しての情報を米国で発表し、歴史の証言として活字にした私の仕事に多くのジャーナリストが注目してくれたおかげで、予想もしないほど多くのアプローチがあり、情報が私に向かって押し寄せる現象が起きて、それがジグゾーパズルを組み立てる上で貢献した。それは私がジャーナリストの同業者ではなく、一種のアウトサイダーとして診断する立場にいたので、このようなチャンスに恵まれたと言っていい。
 医者に向けて患者が基礎データを提供するように、日本人記者だけでなく多くの特派員を始め、在京の外交団や情報筋の人までが読者の立場で私にアプローチしてきた。そして、私が持つインテリジェンス能力に期待する形で議論や太刀合わせする機会に恵まれたおかげで、多くの人たちが苦労して集めたり、裏を取る努力をした成果に属するものを、東京訪問の度に私は手に入れる事が出来た。その情報をここで公開することも必要だろうし、ジャーナリズムの遊軍として独立の立場で取材を行い、国際的な視野と人脈を動員して集めた情報を整理して、地球の歴史を扱う歴史学徒の史眼に基づき、事件の真相を含むメタ構造を眺めながら何らかの総括を引き出すことも必要だろう

 世紀末の東京の上海化とベルリン現象

 情報化の進んだ現代はディスインフォメーションの時代であり「インテリジェンス戦争の時代」で論じたように、情報操作は非常に巧妙に行われているし、油断していればたちまち相手に取り込まれて攪乱されてしまう。だから、ディスインフォメーションに対しての私の防衛策は、異なった種類の三つ以上の情報源がない限り、噂に類したものは一切信じないことと、スクリーニングとしていくつかの質問を浴びせ、相手の目と表情の動きをNLP(ニューロ・リングィスティック・プログラム)の手法で読み取り、それを総合判断して信憑性の格付けを行ってきた。これは情報を扱う人間にとって素養に属するものであり、任務を帯びて東京に滞在している外国人ならこのトレーニングは十分に受けているはずだが、日本人のほとんどはこの面で隙だらけである。東京には様々な肩書や役割を持った外国人が住み、国会議員や財界のトップと付き合って生活し、日本の国家機密に属す情報を収集しているが、これは自民党員が騒ぎ立てているようなスパイ罪的な低級レベルの問題ではなく頭脳ゲームとしてのインテリジェンスに属するものである。
 インテリジェンスは総合的な判断力の問題であり、姑息なスパイとは無縁ものであるが、この面での日本の水準はあまり高いとは言えず、日本人は情報のインフォメーションの側面に拘泥しがちである。
 仮に問題にして真相追及の必要があるとすれば、自民党幹事長がソ連大使館の情報官と車に同乗したり、首相の最高相談役がKGBとの関係を疑われ、総理のブレーンが外国のコネクションの指図に従って日本のメディアで派手に動いていることの方が優先であろう。あるいは、朝鮮半島の八紘一宇である統一教会に取り込まれて国会議員や学者がそのエージェントになったり、蔵相や外相が利権のために青幇と結ぶのを見破るのが、真に優れたインテリジェンス
ではないだろうか。ソウルに行って骨のあるジャーナリストと茶飲み話をすれば、日本人は余り知らない自民党の新井議員について、「あれはウチの人間であるだけでなく統一教会のほうが国会よりも活躍の場です」という話を幾らでも聞けるのである。
 石油産業は二十世紀を支配した王者のビジネスであり、帝国主義を体現して世界に君臨したが、石油の周辺にはスーパー級の詐欺師やぺてん師が横行して、紳士然とした顔で凄いイカサマをやってのけ、時には国がつぶれたり戦争がおきたりもする。
 運のよいことに私はこの石油ビジネスの参謀として二十年以上も世界中で生活してきたおかげで、情報の真偽や人間を識別する修行を積み、勝負の決め手になる眼力や洞察力を磨く訓練を受けてきた。そのせいだと自信を持って断言してもいいが、兆候から将来ありうることを予測したり、目の前で進行中のことの正常と異常に関してかなり的確に評価や診断を下せるまでになった。そして、洞察と診断がインテリジェンス能力だと理解して、そこに頭脳ゲームの基盤を認めるだけでなく、その価値を正当に評価できるようになっている。
 その蓄積が過去に積み重ねてきた二十冊ほどの著書だが、二十年近く前に予告した東京の上海化は、中曽根内閣時代に顕在化したヤマトニズメーション(『虚妄からの脱出』参照)とともに残念ながら現実ものになってしまった。
 政治は腐敗して利権の周辺で動いており、国益よりも党利党略や私益が我が物顔で横行し、東京に一種の国際租界に似た放埓がはびこっている。しかも、退廃的ムードが国の隅々に拡散すると、日本はヤクザ政治とカジノ経済に毒されて、ほとんど亡国に近い現象に包みこまれている。この上海化は第二次大戦前のベルリンの頽廃を含み、ポルノや倒錯精神が射倖的な投機と結びつき、踏みにじられて空洞化した憲法に見る通り、日本列島の上に世紀末的な世相を出現させ信頼感の崩壊と秩序の混乱が広がっている。
 田中内閣時代は金脈政治の形で札束のあらしが吹き荒れて、土地ころがしやロッキード疑獄を生んだが、中曽根時代になるとバブル経済の狂乱が起こり、裏の世界と表の世界の境界が無くなったところにリクルート疑獄などのスキャンダルが多発したがこれは完全に社会の病理現象の顕在化である。

 海外の方がよく知っている日本の恥部の秘密


  皇民党事件は竹下内閣誕生に深く関係した。暴力団がらみの不可解な事件と考えられているが、その発生はもっと古い時代に遡るものであり、中曽根の兄貴分の児玉誉士夫が政界の黒幕として健在だった、あの一九七〇年代にその源流に相当するものがあった。しかし、その問題はリクルート事件から逸脱するから、ここではキーポイントだけを報告すると、それはアングラ世界の国際化が大きな意味を持っていた。
 ヤクザがいち早くハワイやタイに進出を果たしたり、台湾や韓国にも拠点を築いているだけでなく、外国のマフィアと事業協力をしている点については既に日本でも広く知られているにしろ、この面での事実の掘り下げをするのが急務だろう。
 皇民党事件を最初に詳しく報道したのは伊勢暁史で、一九八八年二月号の月刊「現代」の誌上であり、この記事は皇民党事件を知るバイブルとして、事件記者をはじめ多くのジャーナリストに読まれたが、情報源は日本人ではなく外国の情報機関だと言われている。
 日本の暗黒街や特殊集団の情報に関しては、タブーに縛られて明確に報道できない日本人より、大胆にペンをふるうことが可能な外国人の方が、深く鋭い分析を活字にしているようだ。それは犯罪地下帝国を扱った「ヤクザ」(第三書館刊)や国家の諜報を論じた「日本の情報機関」(時事通信社刊)が明示している通りである。また、最近では表の世界に関しても優れたアナリストが登場し、オランダ人のヴァン・ウォルフレンが書いた「日本/権力の構造の謎」や、ロンドンの「エコノミスト」記者のウッドが著した「ババウル・エコノミー」のように、日本人には書けない分析を含む本が、力作と言える内容を伴って次々と出版されている。だから、複雑な内容のサブカルチャーやアングラ世界は、国外に恥部として伝わっていないと日本人が安心すれば、「悪事千里」の譬えが明示しているように、それはとんでもない油断を生んでしまうのである。 
 副総裁時代の二階堂進がワシントンを訪問して、東京の内密な動きについて得意げに耳打ちしようとした時に、ホワイトハウスの主人公であるレーガンが「我々は東京に四百人以上の人間を置いていて、日本のことはなんでも詳しく知っている」とほのめかしたことは、有名な語り草としてワシントン雀の間に伝わっている。しかも、児玉や小佐野がCIAのエージェントだったことは、現在ではすでに衆知の事実に属しており、米国の情報機関は日本のアングラ人脈を使って、政治や経済の操作までやっていたのである。
 同じことは韓国のKCIAについても言え、金大中拉致事件や文世光事件の背後には山口組の中の半島人脈が関係していたし、それは再び児玉コネクションに結びついて、児玉の舎弟の中曽根にと係り結ぶことになるのだ。このような視座を持てば、裏と表の世界の一体化が何故中曽根時代に起こり、それが戦後の日本の社会システムを解体し、結果的に戦後の総決算になったかについて、初めて明確な形で納得できるようになるのである。
 米国には情報公開法が存在しているから、ワシントンの国立公文書館を訪れて調べれば、日本では入手できない数々の極秘文書やタブーとして触れることのできない分野の情報が研究のために幾らでも閲覧が可能である。そこを突破口にして秘密の扉を開かない限り、日本でタブーになっている領域についての情報は残念なことになかなか手に入らないし、永久に問題提起も解決もできないのではないか。

  日本のタブーを構成するアングラ世界の構図
  日本では年間に数万冊の新刊書が出版されているが、地下帝国の内容について論じた本は非常に少なく、「黒の機関」(ダイヤモンド社刊)、「内幕」(学陽書房刊)、「腐蝕の系譜」(三省堂刊)。「日本の地下人脈」などが目につく程度であり、そのほとんどが絶版になっている状態だし、おしいことに最新のデータが含まれていない。
 その中では最も新しい岩川隆の「日本の地下人脈」には中曽根をめぐる人脈や性格分析とともに。「上海ダマ」と呼ばれる大陸の謀略人脈のスケッチがあり、表と裏の接点の灰色ゾーンの顔ぶれが紹介されている。だが、それがアングラ世界につながる肝心な部分や、爛れと汚れが絡む醜悪なものを慎重に避けて、なんとなく口籠った感じで筆を進めているからどうしても歯切れが悪い印象が残ってしまう。
 「上海で鍛えられて日本に帰ってくると、内地に住む日本人が単純な子供に見えて、なにをするにも赤子の手をひねるようなものでした」という実業家の言葉を引用しながら、上海体験者は上等な国際感覚も養われるが、志が低ければ人の動かし方やカネの使い方だけに長じて帰ると書いて、岩川は利権を漁る偽愛国者たちの姿と行動を描き出し、それ以上については読者の想像に一任している。
 このあたりの感傷を振り切るレポーターが現れ、現代の秘境に果敢に挑まない限りは、グレイゾーンを徘徊するアングラ紳士の告発はできず、すべてが歴史の彼方に霞んでしまうが、それにしても、上海ダマに関しての岩川のレポートは貴重である。
 血と涙を流して多くの代償を払って綴った歴史が、生き証人の死とともに民族に教訓を残さないまま、過去の出来事の集積として終わってしまえば、実に惜しいことだと言わざるを得ない。しかも、現在再び目の前で進行している不祥事やそれを生みだす構造を照らし出さないで、次の世代に同じ過ちの繰り返しをさせれば、暗黒街の帝王やその構造の解体は不可能だ。そして、タブーに護られて聖域から仕掛けられる巧妙な犯罪行為はなくならないに違いない。
 現在の日本でタブーになったまま放置され、誰も正面から挑んで取り上げようとしていない灰色の霧に包まれたアングラ世界の構図とは何か。なにがタブーに護られた見えない結社であり日本のアングラ世界を構成するのかといえば、それはいわゆる日陰者に属する存在の総体を指している。
 そこには大別して二種類のものが存在しており、最初のものはヤクザや暴力団に属していて、アウトロー集団の主体を構成しているし、過激さでは極右と極左の団体がそれに続く。また、日本の特殊性でアングラ的な存在に位置づけられ、長らく差別によって虐げられてきたのが、半島人脈や被差別部落に属す日本人であり、これは個人として不当な差別を受けた犠牲者も中に含んでいる。職業や出身地のせいで一般社会から疎外され、就職や居住地の選択などの面で差別を受けるために、彼らはアウトロー集団の予備軍になりやすい立場にあるが、これは本人には責任のない不当な差別である。憲法はこの種の差別を禁止して平等を保証しているが、思想の自由に反して極右と極左が危険視され、警察などが監視しているのと同じ状況に置かれている。弱者の立場を集団の力で克服しようとして、団体行動を起こす時にトラブルを起こすという理由で、半島人脈や被差別部落出身者に対しての差別は現実に日本では厳然として続いているのである。
 二種類ある日陰者集団のうちのもう一つの構成員は、微妙な存在として精神病理学がカバーする領域に属し、正常と異常の色分けをするのが非常に難しい、性的な倒錯趣味を指向するグループである。この集団を果たして独立させて考えるべきかは昔からいろいろと議論があったところだが、極端なケースを取り上げると異常心理が犯罪と結びつき、社会的にその存在と行為はアウトローになる。特にこのグループが排他的な結社を構成して、ナチスのように政治集団として権力を握ると、社会病理学帖の大問題を発生させるのであり、リクル―ト事件はその要因を内包していたが故にウヤムヤの内に迷宮入りで操作が打ち切られている。しかし、貴重な歴史の教訓として忘れてはならないことは、革命にまつわる天意を描いた「捜神記」が指摘する通り、天下に大騒乱が起きて白虹が立つ前には陰陽が乱れて倒錯が顕在化することが多いのである。

  病理としての倒錯精神の位置づけ

 大学の教養課程で学ぶフロイトやコフートの学説は、精神の発達段階やナルシズムなどについて、生理と心理の両側面からアプローチしており、普通の男女の友情や自己愛について正常な心理領域の問題を中心に取り扱っている。しかし、私がフランスの大学に留学した時に聴講した「全体主義の病理」という抗議のナチズムの分析では、分類上の順序としてナルシズムに始まって、フェティシズム。服装倒錯、サディズムとマゾヒズム、そしてホモセクシュアルという段階があり、それが異常の度合いを示していると教わった。
 今から三十年も前に聞いた授業の内容だから、果たして現在でも有効かどうかはわからないが、友情や自己愛が過度になって病的になり、エリート意識や排他主義に結びつくと、そこから異常性愛の問題が始まるのである。そして、ナチズムを倒錯の原理として理解することが政治の生態を診断する上で有効だと知り、私はじぶんなりに人間性の指標を作ってみた。これは私の頭の中にだけある物差しであり、仮説を学問的に検証したわけではないが、それぞれがオーバーラップしながら次のように並んでいる。

  聖者君子型人間(倫理人間)
  健全な人間(普通人間)
  コンプレックス型人間(ストレス人間)
  倒錯型人間(精神病理患者)
  ハレンチ型人間(犯罪病理容疑者)

 倫理人間は私の造語で高い徳性に象徴されているし、ほとんどの人は健全な人間として社会生活を営み、コンプレックス型人間はストレスに支配されている為に、灰色ゾーンの上部領域に位置している。私の規範だとこの水準までが生理に属していて、それから下が社会病理対象のアングラ世界であり、日陰者が君臨している地下帝国になる。この指標を使って善悪や可否を判定して、過去二十年間に歴史の証言を著書に記録し国際政治や日本の運命について論じてきたが、大枠として私の診断は正鵠を得ていたようである。
 最近の世紀末的な世相との関連で日陰者現象を捉え直すと、意識下における異種性恐怖コンプレックスの肥大化のせいで、視力障害なしの「黒メガネ症候群」の顕在化が目立つ。この病理グループの代表がゲイ族であり、社会で特殊な生態を営んでいるが、これは慢性的な快感倒錯に支配された集団である。「間脳幻想」の著者としての視点で診断すると、これは間脳の機能障害による内分泌異常が関係し、精神作用の逸脱や退行が進んでしまい、幼児から獣類に近いレベルに近接する時が多いために、精神が肉体に溶融した状態から脱却できなくなる。だから、かつては変態と呼ばれるグループに分類されて、社会的に大きな差別を受けて抑圧される立場を甘受してきた。しかし早発性痴呆症の早発性が否定されたり、性絵院分裂症(スキゾフェラニア)と精神病の位置づけが不明確になっているように、ホルモンや脳機能の関係にはファジーなものが多く、精神疾患の領域には多くの疑問が残っているのである。
 生理と病理の境界ははっきり確定しておらす、常に表の社会の体質の強靭さの関数であるが、それは生命体におけるがん細胞の存在と同じで、正常はいつも異常を要素として内包している。病理現象が潜在の状態に留まっていれば、それはノーマルであると診断しているが、潜在化して発病状態を呈するなら要注意になる。それが社会のレベルで問題化する時が世紀末や末世と呼ばれる症候群になるのだし、コミュニティである集団や会社などで起きた時にはスキャンダルや犯罪になると私は考えている。
 だから、精神病理や犯罪病理に属しているものが、強烈な自己主張を通じて表の世界に台頭しないで日陰者として地下に潜っている限りは、たとえスキャンダラスでも社会は健全性を維持できる。ところが、表の世界の体質が弱まって感染症を呈すとそこに時代精神が病むような現象が一般化し、規範の崩壊と価値の転倒が蔓延することに通じ、その社会は発病状態に陥ってしまうのである。
 この病理の診断には二種類のアプローチがあって、病因のパターン認識をする西洋医学の方法と病症のパターン認識に基づく東洋医学があり病院除去か変更是正かをめぐって根本的なアプローチ上の違いが存在し、私は病因の除去は不可能と考える立場をとる。
 それが治療において消極的だと承知の上で、私は漢方医学の証という概念を導入する。そして、社会の健康度と指導的立場の人間の資質からまず病質を理解してから病位の診断を試み、更に病性をみたうえで病勢を観察することで私流のダイアグノシスをしてきたのだし、リクルート事件の持つ意味の考察も行ってきた。こうして精神病理と犯罪病理が事件の主役を構成したが、同時にグレーゾーンに位置するコンプレックスが絡み合い、特殊な病理現象を発生したと結論したのである。

  リクルート症候群と中曽根発疹

 一九三四年六月三十日は「長いサーベルの夜」と呼ばれ、第三帝国の分岐点になった日だが、突撃隊(SA)の幕僚長エルンスト・レームを始め突撃隊が殲滅されたことによって、親衛隊に守られたヒトラーの独裁制が確立し、全体主義が世界史を狂わせる時代が始まった。病理学的にはマゾヒスト集団がサディスト集団を襲い立場を逆転してSMコンプレックス化したのであるが、本質的には倒錯集団相互の権力争奪戦により、ゲーリング=ヒムラー枢軸が基盤を固めて犯罪集団として驀進を開始したことでドイツは熱病に狂い立って暴虐の限りをつくしたのである。
 アナロジーを通じて人類の精神史を描くことに我々は未だに成功する段階に至っていないが、ナチスの歴史の教訓を下敷きにすると、倒錯集団の台頭を放置することの危険性が理解できる。しかも、三島事件の洗礼を既に受けている日本にとっては、血の盟約やエリート集団が友情の美学に陶酔しながら、倒錯グループとして権力を握りひそかに結束するのを放置すれば、社会病理上の兆候として非常にクリティカルである。
 時代精神が似た因子を多大にふくむだけでなく、精神構造や病跡上で三島に似た中曽根が権力を握って倒錯人脈の集団に取り囲まれた時代があり、そこにリクルート事件の基盤が築かれたのだから日本の運命にとって悪夢をそこに予想せざるを得なくなる。 既に幾つかの不吉な兆候を掴み取っていたし、それとなくカルテに記録したものを読んだ読者が、新たな監察結果を情報として提供してくれたからアメリカにいながら私は日本の様子がよくわかった。そして、東京地検の特捜部の検事たちが研究しているのがヤクザや秘密結社についての文献であることや特捜部には連日にわたり多数の情報が寄せられ、倒錯グループや被差別集団からの密告が多いことも知った、また、ヤクザ、半島、同和、ホモの四つの人脈がリクルート事件の核心を構成すると考えて捜査を進めているという情報もあり、私は自分の歴史分析の手法を使った診断に対し大いに自信を持って全体像を描きながら北極星の上にいる気分で捜査の進展を眺めたのである。
 リクルート社が就職情報誌を出すに当たって最も苦慮したのが被差別部落と半島出身者の扱いであり、就職あっせんが差別の拡大に結び付いていた点が問題を非常に複雑な方向に押しやっていた。だから、その方面に強いコネを持っていたので、森永事件の仲介役や労相をやった山口敏夫や、部落解放同盟大阪府連青年部長だった上田卓三などがその方面に強いということでこの事件に議員として関与した。しかも、リクルートコスモスは大阪を中心にして京都、神戸、堺などの周辺都市に大型プロジェクトで次々にマンションを建て、その地上げや底地買いあげの先兵要員にヤクザやアウトロー予備軍を使っただけでなくマンション販売の価格維持を考えて入居者の選択にも差別原理を適用したのである。 
 リクルート社にそのような意図があったことに加えて、江副や中曽根に女装趣味があったが故に予想外の内部告発が大量に行われたのだし、五百人を超す事情聴取を伴う大捜査になった。しかも、中曽根政権が旗を振った民活と諮問委員会政治は自愛と自虐に彩られた時代風俗として隠避な空気を国政の中に持ち込んだためにアノミー化した社会が熱病で痙攣したのである。
 そのような状況を太平洋の対岸から観察していた時に、日本の記者だけでなく特派員までが動いて、色んな形で取材をした興味深い情報を私のデーターベースの中に提供し続けた。その中には普通のルートでは入手困難な「バラ族」とかいう特殊な雑誌の編集長を取材した話として、その人物が大阪の地検に出頭を命じられて訊問を受け、議員会館に美少年を配達している会社の名前や、議員や財界人で誰がその種の愛好者かに関し、知っていることをすべて調書に取られたエピソードも含まれていた。東京地検は事件記者や外国の情報機関が二四時間体制で見張っていたから地検はノーマークの大阪を使って捜査を進めたのである。また日米協会が倒錯集団の巣窟であるのは有名だし、日本文学をやる外人に倒錯趣味が多いうえに政治家や財界人にも精神の退行現象は珍しくない・また、かつて田中角栄を取り囲んだ「維新会」のメンバーがそうだが、老人になって性的にインポテンツになると、えてして権力指向の活動にのめり込む財界人が多いのである。
 このような問題はどこの国にもあるだろうが、ジャーナリズムが健全な感覚を維持している限りは、ペンの力を使った予防医学のキャンペーンを通じて病理現象の顕在化を防ぐうえで貢献が続くはずである。それがタブーをタブ―たらしめる行為であり、社会の側から個人を見る目の力の方が個人の側から社会を見る視線より強ければ、社会規範が恣意的な自己主張より優位を保つのである。 
 最近のアメリカで脚光を浴びている話題は、四八年間もFBIの終身長官として君臨を続け大統領以上に権勢をふるったエドガー・フーバーが倒錯精神で女装趣味の持ち主でありケネディを脅かしてジョンソンを副大統領にして戦後の米国の政治を狂わしてきた物語が発掘されている。病理人間が地下の世界を支配する限りではそれほど大騒ぎをする必要はないであろうが、逆に表の世界の権力と結びついて采配を振るうと大問題を起こすのである。
 リクルート事件の背景に見え隠れしたように、アングラ勢力が紳士スタイルで権力と結びつき倒錯の美意識が表の世界を闊歩し始めれば中曽根時代のように価値の体系が逆転してしまう。そして、人目を忍ぶ湿疹が熱を帯びて発疹状態になり、さらに勢いづいて発疹からバブルが発生して、財テクが空気伝染で投機熱を高めれば狂乱の狼藉が社会を荒廃させてしまう。こうして日本が健康を損ねて生命力を放蕩したのが中曽根バブルの病跡学の記録として残り、秘苑の狂宴の裏で巨悪が微笑するのを放置し、それがリクルート事件以来のヤクザ政治を招いたのである


以上でした。お疲れ様。
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