蒼ざめた馬の “一人ブラブラ、儚く、はてしなく”

山とスキー、車と旅、そして一人の生活

色キチガイと自称するオジサンとスキー場のゴンドラで遭遇した後、安曇野・山小屋に初お泊まりする

2017-03-05 02:15:08 | 山とスキーでブラブラ

 2/28、滋賀では降雪もなく、名神は順調に進み、この日は安曇野・山小屋に荷物を降ろし、整理して栂池の定宿に行くだけなので、中津川ICを出て木曽路R19をノンビリ行く。

 10時前、安曇野着。今回運んだ荷物の半分は、今後まず使わないモノ、つまりゴミ。

スキーの板が4本。
就職して2年目の年末一時金、全てをはたいてゲットしたFISHER。在職していた会社は船室艤装品メーカー、造船業界は斜陽産業になり始めていて、会社の業績は下がり気味、この年の一時金は、確か10万程、それをスカッとスキー板に使い果たした。
その後、特殊機械メーカーに転職して、東京転勤中、銀座の好日山荘でケットした、断面が台形のTUA。
阪神大震災の年にゲットしたSALOMONのデモモデル。
立山・室堂~薬師~槍~上高地のジャパンオートルートで使ったBLACK DIAMOND。
全て、エッジはサビ尽き、タダのゴミになってしまったが、棄てきれず、持って来てしまった。

そして布引谷・山の家と叔母の家を整理していて、またもや棄てきれなかったゴミが、コンテナ3つ分、主に古い写真。
台紙に貼られた小学生(?)の卒業写真(?)、オフクロが保管していたので、多分昭和ヒトケタ時代のモノ。男女別の時代なので、全員女の子、しかしオフクロがどれだか判らない。
右端に担任の(?)男性教師が立っていて、左端に髭を蓄え羽織袴の老人、これは校長か。今話題のヘンな幼稚園で強制されている教育勅語などを、アタリマエの様に言わされていた時代。
それでも私生児だったオフクロは、男性教師を父親の様に慕っていたのかも知れない。そんな写真が、コンテナのふたを透して見える。

それらを降ろして、前週受け取れなかった通販の荷物を、運送会社へ引き取りに行き、ついでにこの日の昼食とコーヒーなどを調達する。 

15時半、栂池の定宿へ向かって移動する。

 山小屋を出て数分走ると、鹿島槍~白馬三山の見事な景色。

 3/1、天気はいいが、上に登るのがナンかシンドい、ゲレンデでノンビリの日とする。

 ハクジンのバケーションは2月までで、彼らは帰国し、ゲレンデはニホンジンの学生が目立つ。

 前週はハクジンで混雑していた栂の森も、ヒッソリしている。

中間駅まで下りて、ゴンドラに乗ると直ぐ、続いてオジサンが乗って来た。深いシワの丸顔、何時代か前の色彩豊かなウェア。

ゴンドラで若い女性と同乗するコトはまずなく、若い男性は同乗すると直ぐ、カマボコの板のようなモノを出して、指でなぞりながらひたすら画面を見ているが、オジサンは何かと喋りかけてくる。

このオジサンも、「ここはいつもこんなベチャベチャの雪ですか」と、訊いてきた。
ワタクシは「場所と日ィによってマチマチですわぁ」と、応えた。
オジサンは富山から来た、富山のスキー場は狭いので、久しぶりに栂池へ来た、と言い、「どちらから?」と、尋ねてきた。

つい最近までは神戸からだったが、先週安曇野へ移住した、神戸はもう面白くなくて、と応えると、「ボクは年に10回程、タイに行くんですよ、面白いですよタイは」、「へッ?タイ?」、ワタクシが不思議がっていると、オジサンは「コレです」と、小指を立てた。
「エエッ、タイに愛人いるンですか、よう聞くハナシやけど」、「イヤ、特定ではなくて、バンコクにそう言う店があって」と、オジサンはその享楽の日々を話し始めた。

富山にアパートを持っていて、公務員を定年でヤメた後、その家賃収入で遊んでいる、そもそも沖縄にゴルフをしに行っていて、それならむしろタイの方がイイと奨められ、最初はマジメに(?)ゴルフをしていたが、そう言う店を知った。
オジサンは、そう言いながらスマートフォンの画面をワタクシに差し出した。
そこにはタイの若い女性が映っていて、このコは22歳、このコは女子大生と、オジサンは次々と「連戦の記録」を見せた。
全てモデルの様な美人、そんな女の子がお立ち台で踊っていて、気に行ったのを選ぶらしい。@¥7,500.-だとか。いつも2週間程滞在していて、飛行機代が7万程で、ホテル代も含め1回20万程だとか。
「先祖の遺した金で遊んでます、要は色キチガイですワ、ワハハ」と、笑い飛ばしていた。ワタクシも、何人ものタイ美人の画面を見せられて、大笑いした。ゴンドラでこんな話を聞いたのは初めてだった。最初かなり年上だと思っていたが、同学年だった。それにしてもスゴイ。
オジサンは2台のスマホを駆使していて、「こっちがタイ用」、「それ奥さんに見られたら、エライことになりますネ」、「ウスウスと気付いていると思いますが、ワタシ、アパートの方にズッといて、家族とはほとんど顔を会わせません」、とのこと。

オジサンは栂の森のリフトを降りて、八方尾根はどれですか、と訊いていた。
ワタクシは、後立山の峰々を順番に指差し、「八方尾根はあれです、それじゃタイのカノジョによろしく、今後も色キチガイでいって下さいヨ」と、言うとオジサンは、またもや「ワハハ」と大笑い。ワタクシも大笑いしながら栂の森を下った。「色キチガイですワ、ワハハ」が、何か痛快だった。

カフェテリアの前を通過しようとすると、Sサンに呼び止められた。
1ヶ月程のご無沙汰、月曜から好天続きで3日連続で登っているとか。
暫し歓談後、一緒に下ったが、Sサンはアッと言う間に親の原の方へスッ飛んでいった。

  3/2、ドンヨリしている。大阪の高校が大勢でやってきている様子。 

 栂の森では雪が降り出した。今日もヒッソリしている。

  中間駅もヒッソリしている。

インド美人はこの日、栂の森駅にいた。
「ハァ~イ、雨ふりだしましたネ」、「イヤ、雪やでェ、下でも数センチつもってル」、「ホォウ」、明るく楽しいコです。

 栂の森~中間駅を5往復して休憩。その後、鐘の鳴る丘へ下って、この日はオシマイ。

 3/3、未明に降雪、定宿のオヤジは朝早くから除雪機を動かしていた。

 昼前に安曇野・山小屋へ戻り、まずペンダントライトを付ける。

14時過ぎにNTTが来て、電話とネット回線の工事。

 15時半に工事終了、これで電話が繋がった。

 その後、灯油と食料とウィスキーの買い出し、戻ると日が暮れかけ、明かりを点ける。

 ストーブも点ける。

その後、酔い潰れ、何年も前に使っていた冬山用シュラフに入って、初お泊まり。 寒くて眼が覚めるコトはなかった。

 2/4、朝の室内は8℃、屋外は0℃だった。

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