ナマのパレスサイドホテル 京都

史跡等が好きです。京都は、140万人の市民の住む街でもあります。普段着の京都を紹介したいなぁ。と思っています。^^;

高瀬川のその近くに。。

2009年08月20日 | Weblog

おはようございます。
昼間はとても暑いのですが、朝方はけっこう爽やかな天気だったりします。
すこしづつではありますが、秋に近付いて行ってるのかもしれません。

 少し間が空いたのですが、今回は高瀬川周辺のご案内を再開します。
 高瀬川の「一の舟入」跡から、西に戻り 河原町通りに出ると
 「京都ホテルオークラ」さんがあります。
 
 京都では、蹴上の「ウェスティン都ホテル」と並んで 歴史のあるホテルです。

 その、ホテルの河原町通り沿いに、あまり目立ってはいないのですが、
 一人のお侍さんの像があります。
 
 写真でも見えますように、この人は「桂小五郎」
 (のちの 木戸孝允 です)
 西郷隆盛、大久保利通とならぶ「維新の三傑」の一人であります。
 皆さん、ご承知の通り、「桂小五郎」は幕末 長州藩の重鎮でありました。
 
  なぜ、この人の像がこの場所にあるのか?
 
それは、このホテルが今立っている場所が幕末「長州藩」屋敷だったからです。
 
 明治維新後、長州藩屋敷は政府のものとなり、のち勧業場 
 
となりました。
 

 こういったホテルのような大きな建物がある場所って、幕末に各地の大名の
 藩邸だったところが多いですね。
 ちなみに、ねっとで こういうサイト見つけました。
    http://onjweb.com/netbakumaz/kyoumap/kyoumap.html

 これを見てみると、今の京都大学はかつての「尾張藩邸」であったり、
 岡崎辺りは、彦根藩や越前藩の大きな建物があったのが分ります。

 上の 「勧業場」の石碑のすぐ向いに小さな石碑がひとつ。。
 

 当時を想わせるものは、いまの京都ホテル辺りにはありませんが、
 幕末、この長州藩や土佐藩を中心に動いた事を、しのばせる史跡は
 この周辺にもたくさんあります。

 次回もこの界隈をご紹介する予定です。
   

 

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キーワード
維新の三傑 大久保利通 ウェスティン
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