ナマのパレスサイドホテル 京都

史跡等が好きです。京都は、140万人の市民の住む街でもあります。普段着の京都を紹介したいなぁ。と思っています。^^;

来年の大河ドラマは。。

2009年08月05日 | Weblog

 こんばんは。  今日は蒸し暑い一日でした。
 少し、お昼過ぎに出かけたのですが、昨日よりもずっと暑く感じました。

 さて、皆さんは来年の大河ドラマは何か御存知ですか?
 来年は 幕末 坂本龍馬がモデルの 「龍馬伝」です。

 よく考えて見れば、うちのホテルの隣の京都御所は幕末の大きな舞台の
 一つでもあります。
  今の京都府庁は「京都所司代」でありますし、同志社大学は「薩摩藩邸」
 だったし、京都ホテルオークラは「長州藩邸」でもありました。

 灯台もと暗し、すぐ近くの京都御所へ出かけてみました。
 出水口から入って、突き当りの大宮御所に向って進みます。
  左手に建礼門を見ながら、京都御所の南東の角を左に行くと、そこに
 「学習院跡」の碑があります。
 
 今は、何にもない芝生です。
 

 三条実万が初代の伝奏(学長)として開かれ、孝明天皇が「学習院」の名  前を 与えました。当初は御公家さんの学校として開かれたのだそうですが、やがて
 時代とともに、朝廷と尊王攘夷派の折衝の場となり、高杉晋作などの長州藩の
 志士や真木和泉らの尊王急進派が攘夷派の公家たちと謀議を巡らす場所と
 なったそうです。
  やがて、8月18日の政変で、長州藩が破れ尊王攘夷派の公家たちとともに
 長州に戻った事により、以降、本来の学問所として発展していきました。

 そういう、謀議が行われた場所とは思われないほど、のんびりした空気が今は
 流れています。

 すぐ近くには、こんな石碑がありました。
 
 昨年の大河ドラマ「篤姫」で、堀北真希が演じた和宮が生まれた
 場所であります。
   和宮は孝明天皇の異母妹で、幼少の頃は母の実家である「橋本家」で
 育てられたそうです。
 

 和宮は皆さんもご承知の通り、幕府の公武合体策により
 許婚が居たにも関わらず徳川家茂へと嫁がされた悲劇の女性であります。
 しかし、 実際の、家茂との生活は仲睦まじかったと言われています。

  家茂が亡くなった後は、大奥に残り、明治になって「明治天皇」に許され
  京都に帰って来ました。京都に戻ってからは、以前ご案内した事のある
 「聖護院」で晩年を送ったそうです。
 


  この学習院・和宮の生地から、北へ程無く行くと「猿が辻」があります。
 北東は古来より「鬼門」と呼ばれていて、北東の方角に厄除けの木が植えられたり
 しておりました。 
 京都御所のこの北東方角は、丁度L字型に築地塀になっていて、
 
 そこに 猿の人形が置かれています。 一説によると、江戸期の名大工
 「左甚五 郎」作と 呼ばれています。
 猿が置かれたのは「難がさる」と言うことからだそうです。
 

 幕末には、この猿が辻で 尊王攘夷派の急先鋒姉小路公知
 、何者かによって襲撃されました。 「猿が辻の変」と呼ばれています。
 一説には薩摩藩士の田中新兵衛がその犯人と言われていますが、定か  ではありません。

 猿が辻のもう少し、東に行ったところには「中山邸跡」、「祐井」(さちのい)が
 ありますが、それらはまた次の機会に。。。
 

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出世稲荷に行ってきました。

2009年07月29日 | Weblog

こんにちは。
今日は蒸し暑い一日です。少し風があるだけでも、まだマシか。。

 こんかいは、千本通り沿いにある、「出世稲荷」さんに行ってきました。
 場所は、JRの「二条駅」と丸太町通りの間くらいです。

 「出世・・」と言う名前の起こりは、この神社が元々 豊臣秀吉の造営した
 「聚楽第」にあったことに縁ります。

   秀吉と言えば、日本人にとっては「出世」の代名詞であります。
  その秀吉がお稲荷さんを崇拝していた為に、聚楽第の中にお稲荷さんを
  勧請してきたのが、その始まりです。

  ちなみに「出世」の称号は、秀吉と蜜月の関係にあった「御陽成天皇」
 与えたとのことです。

 通りから入ると、小さな鳥居が数本。
 

 江戸時代の最盛期には、この地の鳥居も300本以上あったそうで、
 全国の諸大名などがこのお社に、参拝をしに来たそうです。
 

 江戸時代、徳川の世になって、秀吉の造営した「聚楽第」は取り壊されました。
 その後、聚楽第の中のお稲荷さんは、現在地に移ったそうです。
 

 余談ではありますが、聚楽第は徳川の世で取り壊され、やがて
 街の人々のゴミ捨て場となってしまいました。
   その腐葉土を利用して栽培し始めたのが、「堀川ごぼう」であります。

  割と小さなお社です。でも、珍しい出世祈願のお社であります。
 

  皆さんも、機会があれば一度のぞいてみたら。。

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サッカーのお好きな方におすすめ

2009年07月22日 | Weblog

こんにちは。世間では皆既日食とか衆議院の解散などで、ずいぶんと賑やかです。
でも、、ホテルは結構のんびりしています。

 先日、堀川今出川の「白峯神宮」に行ってきました。
その存在は以前から知ってはいたのですが、お恥ずかしい話 初めて行ってきました。
 崇徳天皇がお祀りされているとか、サッカーの神様であるとかは知っていたのですが。。
 結構、面白い神社であることを知りました。
 場所は、車の往来の激しい 堀川今出川を少し東に入ったところにあります。
 

 

 境内に入って すぐ右手の所に、名水の井戸があります。
 「飛鳥井の水」と言います。
 かつて、和歌と蹴鞠の宗家であった飛鳥井家の邸宅があった場所ため
 その名前が付けられています。
 かの清少納言の「枕草子」の中にも出てきている名水であります。
 
 
 

 井戸の傍には大きなオガタマの木があります。
 かつての飛鳥井家の邸宅の中にあったと言われる木です。
 
 
 
  オガタマの木の横に、蹴鞠の碑があります。
 
 中の玉を回すことで「球運」があがるそうです。
 

 先ほど書いたように、飛鳥井家は蹴鞠の宗家でもあったため、この神社は
 今では、サッカーの神様ひいては球技の神様としても有名です。
 本殿の横には、ご利益を受けた 球技の「球」達が供えられています。
 

  ご覧のように、サッカーのみならず、野球、バレーボール、バスケットボール
 ラグビー、野球、テニスの球が沢山ありました。
  中には「セタパクロー」の球もありましたよ。
 
 特に、サッカー関連は多いです。
 サッカーファンの方は、御ひいきのチームが強くなりますようにお参りされて
 はいかがでしょうか。。
  私は、ラグビーが好きですが、ラグビーでこんな神社が有ったら、嬉しいですね!
  
 本殿の横には、「蹴鞠場」(って言うんかいな。。)があります。
 
 この神社さんに行った時は、ちょうど雨上がりの時でしたので、
 境内いっぱい、厳かな雰囲気がいっぱいでした。
 
  結構広い境内、厳かな雰囲気、訪ねる観光客の方も少ない
 穴場の神社です。 ぜひ機会があれば訪ねてみてくださいね。
 

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大文字 五山送り火コンサートのご案内。

2009年07月19日 | Weblog

みなさん。こんにちは。
今朝がたは少しぐずつき気味の天気だったのですが、今は晴れています。
この時期になって、ようやく梅雨らしくなってきたような気がします。

 今回は、少し 当ホテルの宣伝をば。。

 祇園祭も山鉾巡行が終わりました。この時期 いろんな場所でお祭りが
有る京都の街ですが、夏の終わりを飾る お祭りと言えば、何といっても

 「京都五山送り火」ではないでしょうか。

 東から 大文字→ 妙・法 → 舟形 → 左大文字 → 鳥居形
 
     と 5つ(6つ)の山々に点火されていきます。

 市内では、三条河原や出町柳の三角州などが、観賞場所として有名ですが、
 なかなか複数の送り火を見る事のできる場所はないものです。

 そんな中、当ホテルの屋上からは4つ(5つ)の山の送り火がご覧いただけます。

 当日は、ご宿泊の方と ホテルのレストランと宴会場でのディナーライブに
 来られた方は 無料でご覧いただけます。(レストランでは2,000円以上の食事を
 された方)

 レストランのメニューは 
   2,000円、3,000円、6,300円 の3種類。
 
 宴会場では
   大人の方が8,500円、お子様(小学生)が2,600円 にてお召し上がり頂けます。
   (宴会場では 今年は 南インド古典舞踊のライブがございます)

                    *レストラン・宴会場 とも 税込みの料金です。

 詳しくは、当ホテルのHPをご覧下さいね。

  「五山送り火 南インド古典舞踊ライブ&ディナー」

 まだ、空席はありますので、よろしくお願いします。
 
         お問合わせ・ご予約は 
           075-415-8887 にて

 では、当ホテルからの屋上から見える 送り火の山々をご覧頂きましょう。

 まずは、東山・如意ケ岳の大文字  午後8時点火です。
 京都市内のいたるところから、良く見えます。
 この山の麓に 銀閣寺があります。


 
 この大文字山から、視線を左に移していくと、霊峰比叡山(848m)が見えます。


 
 比叡山から、大文字山へと続く 山々の稜線はとても美しく、
 鴨川の河原からは、よーく見えます。
 天気の良い日などは、見事ですよ!



 話は戻って、大文字山に続くのは
  松ケ崎西山の  「妙・法」の 「妙」の字です。午後8時5分点火
  この時期、緑が濃いので、少し見にくいですね。

 
 同時刻に点火されるのが、松ケ崎東山の「妙・法」の「法」の字です。
 ちょうど、京都御苑内京都御所の建物の真上に見えます。



 その後、視線をしばらく 左に移すと 西賀茂妙見山の「舟形」が
 見えます。 午後8時10分点火
 ちょうど菱形のような形をしています。
 周囲の建物の上にくっきりと見ることが出来ます。


 
 その比較的そば、視線をやはり左に移していくと
  衣笠・大北山の「左大文字」が見えます。 午後8時15分点火。
 この左大文字の麓には 金閣寺があります。
 東山の 大文字 からすると比較的小さな 大の字ですが、はっきりと見えます。



 もう一つ、嵯峨野の曼荼羅山に鳥居形が点火されますが、ごめんなさい、
 それは見えません。

 先ほど、ご紹介した比叡山のちょうど 対面に 京都で一番高い山
 「愛宕山」(924m) が見えます。



 当ホテルは風致地区にあるため、高い建物がありません。
 そのため、これだけ多くの送り火が見ることが出来ます。

 いつもは、安全の為、屋上に行くことができません。
 この8月16日だけ、屋上を開放しています。

  お盆の最後、五山の送り火を見ながら、ご先祖さんを
 あの世に送り、過ぎ去りゆく 京都の夏を過ごしてみませんか。


 * おまけ

  

  上の写真は、やはり屋上から蹴上、華頂山を眺めたものです。
 奥に見える建物は「ウェスティン都ホテル」さん。ちょうどこの辺りが
 東海道の京都市内への入口にあたる場所です。

   

  ブログの読者様へ

 お陰様で、今回の「大文字五山送り火ディナー」は
  宴会場・レストラン共
 ご予約にて、満席となりました。
 また来年も開催いたしますので、どうぞ宜しくお願いいたします。

                        8月5日 ブログ筆者
    
 
  
    

  

 

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鴨川に沿って。。

2009年07月09日 | Weblog

 こんにちは。
 少しお久しぶりのブログです。ご無沙汰していてすいません。
 今月は、お陰さまで 少し忙しくて、なかなか取材にもいけず。。
 申し訳なく思っております。

  で、今回は随分と間があいてしまったのですが、出町柳から
 河原町丸太町周辺についてです。

 幸神社から、大原口の石碑を通り、河原町通りを商店街に沿って
 進み、「豆餅」で有名な「ふたば」の前を東に進むと 出町橋があるのですが、
 その橋のすぐそばに「妙音弁財天」があります。
  目印は、そのお社のすぐ横にある 黄色のテントでしょうか。。

  妙なる音と言う美しい名前が付いているこの神社は、芸事上達の
 お社でもあります。 ふと見過ごしてしまいがちなこのお社ですが、
 結構落ち着けます!
  
 社務所ではお守りなども売っています。
 その社務所の上には、「京洛七福神」と言う小さな看板が。。
  「七福神めぐり」といえば、「都七福神めぐり」が一番有名です。
 下の写真を見ても、「都七福神めぐり」とは違うのがお分りいただけると
 思います。


 さて、そののち。。
 妙音弁財天をあとに、河原町通りを南に進み、丸太町通りの手前に
 茅葺屋根の小さな建物があります。

  ちょっと話が外れますが、京都は良く「山紫水明」の土地と言われているように
 三方を山々に囲まれ、街の中心には美しい鴨川が流れています。

 この茅葺屋根の小さな建物の名前が「山紫水明処」と呼ばれる建物です。
  江戸時代の後期、文人で学者でもあった 「頼山陽」の書斎として使われて
 いました。「頼山陽」は幕末に「安政の大獄」で処刑された 
 頼三樹三郎の父親でもあります。




 普段は公開をしていなくて、知恩院のそばに住む、そのご子孫に連絡を
 した上で、見ることができるそうです。

  
 かつて、頼山陽が 霊峰比叡や大文字山(如意ケ岳)を望みながら
 思索にふけっていた、その窓からは今、何が見えるのでしょうか。。
  比叡山はくっきり見えそうですが、大文字山はどうやろ。。。



 「山紫水明処」は、丸太町通りを河原町とおりから少し東に進むと
 コンビニエンスストアの前に石碑があります。
  鴨川の河原も、自転車で走れるので、木陰で一休みしながら
 行ってみるのも良いかも。。

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出町柳の辺りには。。

2009年07月06日 | Weblog

こんばんわ。
出かける時には、曇りがちの天気だったのですが、徐々に雲行きが
あやしくなってきました。
先ほどは、大きな雷鳴がホテル周辺に轟いていました。
梅雨らしい不安定な天気です。

今回は、当ホテルから自転車で10分ほどの出町柳界隈の小さなお社を
訪ねてみました。
 京都御苑の清和院御門を出て、梨木神社の横の 石薬師通を北に上がり、今出川通りを越えたところに、その小さなお社があります。

「幸神社」と書いて 「さいのかみのやしろ」」と読みます。
元々は、加茂川の河原に祀られていた道祖神で、平安時代に創建された
歴史の古いお社です。
 かつては、出雲氏の氏神だったそうで、社域も広く、王城を護る鬼門の
神様として崇められていたそうです。
 
 いまは。。 縁結びや鬼門除け・合格祈願の神様として信仰されているようです。
 絵馬もたくさん奉納されていました。

 

 幸神社を離れて、今出川通りを寺町通りに向います。 

 かつて、豊臣秀吉が織田信長亡きあと、この京都に上洛して、京都市内に
約26キロにわたって堤防を築きました。

 これを「御土居」といいます。

それには いろんな理由が考えられていて、防衛のため、あるいは鴨川が
氾濫した時の堤防のため などとも言われています。
 当時、この御土居の内側を「洛中」と呼び、外側を「洛外」と呼んだそうです。

 

 その、御土居を横切って、道が作られた跡が 上の写真の石碑でして、
特にこの辺りは、三千院などで有名な大原へと続く口であったため、
「大原口」(おおはらぐち)と呼ばれていたそうです。

京都市内には、この大原口以外にも 地下鉄の駅にもなっている
「鞍馬口」(くらまぐち)やJRの駅名にもなっている「丹波口」など、
 御土居の遺構がたくさんありますよー。
 他、「荒神口」や「粟田口」などなど。。

 詳しくはココ「京の七口」を読んでみてくださいね。実際には七つではなくて
 もう少し多かったみたいですよ。

 次回は、出町柳から丸太町橋周辺のご案内をしまーす。 


 

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おすすめ!

2009年07月04日 | Weblog

こんにちは。
今日は晴れたと思えば、曇ったり 曇ったと思えば晴れたりの妙な天気です。

 先日、後日御案内しますが、出町柳や河原町丸太町周辺に行ってきました。
 その帰りに、先日朝のローカルテレビで紹介していた
     「どんこぶ」と言うお店に行ってきました。

   場所は、河原町二条上がる。ちょうど京都市役所から北に少し上がった
 所です。 河原町通りに沿ってあります。

  
 玄関は1間程度の小さなお店です。
 商品は、2品。
  
 お店の名前にもなっている「どんこぶ」 698円!
 もうひとつは
 
 もうひとつは「しなちく」 398円!

 この2品です。たまにご主人さんが遊び(?)でちりめん山椒を作られます。
 これは 598円!

 どちらも、めっちゃ美味しい!
 お店に入ると、ご主人さんが 「まぁ、試しに一度食べてみておくれやす」
 と声をかけて下さいます。
 
  口に含むと。。。 美味しい! 
 かめば噛むほど、じわっ と味が広がります。
 味が減りません。(って変な表現ですいません)
  白い御飯が欲しくなります。
 
  どちらも、一日に40人分しか作ってません。売り切れ御免です。
 だから、もし買いに行かれるのなら 早い目に。。。
 
   当ホテルからは自転車で約10分程度です。
 以前にご紹介した、 「澤井醤油」「本田味噌」
  「ちりめん山椒 こと路」 よりも個人的にはおすすめです。 
  なぜなら客観的に本当においしいから。   
  勿論、澤井さんも本田さんも、こと路さんもかなりレベルが高いお店です!

 
 
 
  と言うことで、次回は出町柳界隈をご紹介いたします。

  

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西陣のお寺さん

2009年07月01日 | Weblog

こんにちは。
今日の京都は、午前中は曇りの天気でしたが、昼からは天気が良くなるみたい。。
でも やっとこさ 梅雨らしい天気になってきたようです。

 先日、西陣に仕事で行く用事があり、その近くのお寺さん2カ所に寄って
来ました。
 京都には、通りの名前となっているお寺さんが沢山あります。
 例えば 仏光寺通り、浄福寺通り、智恵光院通り、などなど。。。
 今回は、その中の 浄福寺と智恵光院のご紹介をいたします。

 下の写真は「千本中立売」の交差点です。
 かつては、この交差点を京都市電北野線が通り、たいそう賑やかだった
 そうです。いまも、アーケードのある、商店街になっています。
 
 上の写真の車の側をまっすぐに進むと北野天満宮へと辿り着きます。
 
 上の写真は千本通り、かつて平安京があった頃の朱雀大路です。
 この千本中立売交差点の傍には、「西陣京極」という名の、かつての
 繁華街があります。夜は飲み屋さん街になっています。
  

 この西陣の中に、赤い色のお寺の門がひとつ。。。
 これが、別名「赤門寺」。浄福寺さんです。
 
 奥行きが長いんですよ。。
 雰囲気的には、禅宗寺院の塔頭まわりを歩いているような感じです。
 
 私は、この浄福寺さんには初めて来たのですが、なかなかに立派な
 作りのお寺さんです。
 

 鎌倉時代に作られた、二十五菩薩来迎図(重文)や土佐光信筆の襖絵なども
 あり、なかなかに大したお寺さんです。
  本堂の建物も変わっています。
 写真では分りにくいのですが、入母屋造の礼堂と寄棟造の仏殿を合わせ 
 た複合建築で、珍しい作りになっています。
 
 大きな寺域ではありますが、人の姿もさほどなく、のんびりとしています。
 (ちなみに非公開みたい。。 境内自由とはありましたけど。。)

 この浄福寺のさんの傍にあるのが、「智恵光院」さんです。
 
 こちらも境内は自由。
 
 こちらものんびりとしています。
 
 この智恵光院さんは正式には「称念山平等寺」と言う浄土宗のお寺さんで、
 鎌倉時代の後期に鷹司家の祖である藤原兼平が如空というお坊さんを
 開山として創建したそうです。

  如空は百万遍知恩寺の六世の住職で、浄土宗きっての高僧だったそうです。
 現在は、さほど大きなお寺さんではありませんが、今もなお
 快慶作と伝わる 阿弥陀三尊像 と 小野篁作と言う六臂地蔵尊が祀られて
 います。
  こちらも非公開ですが、境内は自由に拝観出来ます。

 京都市内には、このように、素晴らしいお宝を持ったお寺さんがひっそりと
 佇んでいます。
 こういうお寺さんを、これからももっとご案内していきたいと思っています。

 

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もうすぐ祇園祭ですね。

2009年06月26日 | Weblog

おはようございます。
朝から暑い京都です。昨日の天気予報だと、今日の最高気温は34度だそうで、
いったい、梅雨はどこに。。 といった感じです。

 6月ももう後半。来月からはいよいよ夏の京都の大イベント「祇園祭」
始まります。 四条通りの室町・新町通り界隈は大変に賑わってきます。

 この祇園祭が始ったのが、平安時代の初めのころ。当時流行していた疫病を
おさめるため、祇園社(今の八坂神社)の社司が中心となって、近隣の農民や
市中の男子とともに、66本(当時の国の数、今でいう都道府県の数のようなもの)の
鉾を立て、神輿を担いで 今日ご案内する「神泉苑」に出向いて、疫病退散の神事
を行ったのが、その始まりとされています。

 今日は、その「神泉苑」をご紹介いたします。

 神泉苑までは、当ホテルから自転車に乗って約10分ほど。。
 広い御池通りを、まっすぐに西に進み、右手に二条城を見ながら、過ぎて
 300mほど行った右手にあります。

 
 結構、今日の歴史の中では、重要な場所ではあるのですが、平素行くと
 お客さんの少ないところです。
  この中には、「祇園平八」と言うお食事処があって、バスに乗っていると
 「次は神泉苑前、神泉苑前 祇園平八前です。」とアナウンスがありますので、
 どちらかと言うと、そちらの方が有名かも知れない。。
 
 うどんすきなどが中心のメニューみたい。。

  神泉苑は、先ほどの祇園祭の由来の件以前 平安京造営の際の禁苑で
 あったり、東寺の弘法大師空海と西寺(もう廃寺になってます)の守敏大徳
 が雨降りの修法を競い、弘法大師が勝った話 など 結構 歴史の要所要所
 で登場してくる場所です。

  弘法大師空海が、雨が降るように祈ったのが「善女龍王」です。
  

 また、江戸時代の初めに、二条城が造営される際には、二条城の泉を利用
 したため、神泉苑の苑域が大きく縮小されたそうです。

 神泉苑に行ったは天気のよい日だったのですが、緑がとても鮮やかでした。
 
 奥の「龍王船」は、上記 平八さん のものです。
 
 今は、のんびりとした大きな池のある、庭園 と言った風情です。
 この池のほとりに、こんなものもありました。
 
 
  他にも、毎年GWの頃には 「神泉苑大念仏狂言」が上演公開されて
 います。

  近くに「御池通り」と言う大きな通りの名前は、この神泉苑からとられて
 います。いつ行っても、あまり人がいませんし のんびり過ごすことが出来ますよ。
 一度、皆さんも訪ねてみたら。。
 

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熊野神社界隈、3回目。

2009年06月25日 | Weblog

こんにちは。
今年の梅雨は、やけに天気が良いような気がします。
その代り、雨が一度降り出すと大雨だったりします。
 今年の梅雨はねちねちした梅雨ではないようですね。

 さて、今回はまた京都の話題に戻って 「熊野神社界隈」の3回目です。
 前々回、ご紹介した「武徳殿」のすぐ近くに、「踏水会」があります。
  水泳教室としては、大阪の浜寺水練学校などと並ぶ 名門であります。

   特に有名なのは「古式泳法」と呼ばれるもので、昔のお侍さん達が行って
 いた泳ぎ方だそうです。
 今は、子供さんたちも通っていたりします。
 
 

 この踏水会のすぐ近くに、京都大学熊野寮があります。
 

 私が学生の時は、この寮の前に「反米帝!トマホーク配備反対!!」などの
 立て看板や、白やら黒やらのヘルメットを被った人たちがたくさんいました。
 今は、留学生達が多いのかな。。 写真を撮っているときにも多くの留学生達が
 出入りをしていました。 当時と比べると、ずいぶん雰囲気が明るくなった様な
  気がします。

 
  

  
  この留学生には便利が良いのかな。。
 丸太町通りを挟んで、向い側に「大阪入国管理局」があります。
  「なんで、こんな所にあるねーん」と言う感じで、ビルが建っていて、この
 ビルの4階に「大阪入国管理局 京都出張所」があります。
  
  

  

 うちのホテルにもたくさんの留学生達がいるので、ここには良く来ているみたい
 です。

 この界隈には、京都大学の関連の施設もたくさんあって、各研究所や
 京大病院などがあります。
  決して、観光地ではありませんが、のんびり散策してみても良いのでは。。

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