光年・千年

纏わりつくが、纏まらないおはなし、日記ふう。

兄弟の顔は、似ているかいないか。

2017-05-14 13:45:21 | 散策
  姉が一人いる。いま思うと、父も母ももういなくなったので、何かのときに頼りにしないと

  いけない。

  いや頼りになるのは、たぶんいまの感じだと姉一人だ。それゆえ、悩ましいことは多い。

  なかなか言いたいことも言えない。実際にいろいろなことで頼んでいることはある。

  これも補足しておくと、嫁いでいるので苗字も違って生活も違うが、姉がやらないといけない形式的な、事務

  的なことはやはりあると思う。


  ときどき会う。あんまり顔も見ないが。けっこうきつい口調で、いろいろ言う。まだ言ってくれるのでいい

  方だろうと思う。一応、むかしの戸籍謄本を見ると、姉の名はある。私よりは先に。また、どうゆうわけか

  小学生ころの写真も残っている。このときの、姉と私の顔は似ているかも知れない、とむかしから

  思っていた。姉のほうがこのときは背は高い。

  誰かと会う。見ず知らずの人とも。

  話をするときは顔を見る。そうでないときでも、やっぱり顔だろう。特に相手が女性だと、最初に見るのは

  靴でもなく、帽子でもなく、顔だ。


  いまにもっとも近いときに会ったときの姉の顔を見て、似ていないなと思う。この印象は、年齢を重ねるにつれて

  強くなる。似ているのは声と話し方で、これは変わっていない。両親は同じだな、とは思う。後者の方で。


  父の兄弟で、ある年齢まで生き残ったのは、父と妹二人だが、顔は、三人とも、あまり似ていない。父のすぐ

  したの妹は、私にとっては叔母、長く北海道にいたので、長くどうゆう人か知ることはなかった。もっ

  とも、一番下の妹もそう。父方の祖父母の顔はよく覚えているが、父は、祖母に似ている。

  祖父の兄弟というと、私が学生のころまでに会っているのは、お兄さんで、苗字は違う。私から見てこの関係を

  なんというかわからない。辞書には出ているはずだが。で、祖父と祖父の兄の顔の印象はというと、

  これもおぼろげだが、似ていない、である。それでも、私一人、遊びに来ていたとき祖父の兄は、やさしい

  声の持ち主で、「お父さんに、(つまり私の父に)似ているね」とかいう話をしてくれたと思う。


  これくらいなら書けそう、というもので残ったものは姉の顔で、似ていないな、からの始まり。

  おしまい。


  5月08日。月、夕日。




  その一。




  その二。




  その三。




  その四。





  その五。




  その六。




  その七。




  その八。




  その九。


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