光年・千年

纏わりつくが、纏まらないおはなし、日記ふう。

日の出よりも、空に大河のように続く雲の形が印象的である。

2016-10-14 14:09:00 | 散策
  春、夏、秋、と来て冬が来る。四季があって、それ以外にもお正月とか、関係はないが、Xmasが

  ある。盆だ、暮れだ、馴染みはなくなった。夏休み、これは夏は毎日。毎日何かある。雨男、かなり

  多いはずである。

  海の日も山の日も、そのうちに、雲の日も出来るかな。星の日は七夕。しかし、七夕といわれて、

  思うことの少なさ。


  今日は天気はいいが、また外にいるほうが暖かいが、いまは北風に変わっているので、風の通り道に

  出るとかなり体温は奪われそうである。空の色も一定の時間がたつと、真っ青な空ではなくなるよう

  で、なにか理由はあるのだろう。


  日の出、日が実際に出てくるのは、いまは午前6時15分を過ぎている、これからさらに遅くなるが、今朝は

  大きな雲が、大きな川のようでゆるくカーブしていて、その先はわからなかった。

  日の出よりも、この雲のある空のほうがきれいだと思えた。




  その一。  




  その二。




  その三。




  その四。いつも思うが、まぶしすぎるものを見ない方がいいようである。まぶしいものを直接
  見なくてもである。明るすぎる日の光は、よくはないことがはっきりとわかった。




  その五。日の出と言えるかどうか、むつかしいところだが、色合いがおかしくもなる。
  見た感じでひどくはないものを選ぶ。




  その六。空高くある雲の様子のほうがきれいでもあるし、興味を引く。太陽はもちろん、出ないと
  人は生きていけないが。



  しばらく時間がたって、



  その七。白い雲と、濃い青い空がきれいだ。ただ、あまり画像を見すぎていると、どうなのかわから
  なくなる。




  その八。




  その九。


  メガネをかけている方で、たしか光が強いときはよくはないので、そのための処理をしたレンズを

  使うという。この前来た叔母も、紫外線をカットするためと、明るすぎて困るときがあるので

  そのためのレンズを使っていると言っていた。ただ、細かいものはよくは見えないようである。

  老眼の厳しさは私も最近よくわかるようになった。あまり、目を使いすぎるのもよくはない。

  今は近いものは、レンズなしのほうがはるかによく見える。


  で、秋だからということで、いろいろなことがあるわけ、ではないか。まーそれはどっちでもいい。

  今日もピンポンとなったので、外に出たが、車の止まる場所で何の用事かというのはすぐにわかった

  が、玄関で顔を合わせて、名前をすぐに思い出せなかった。あー、名前が出て来ない、とか思いながら、

  「忘れました」と正直にいう。

  こうゆうことは多い。その方は、他の何かと関連させて、おまじないのような言葉を、名前がその中に

  入るように言われた。なるほど、と思うが、私もそうゆう風にして、忘れないようにしている。


  で、これもよくあるかどうか判断できないが、人と話をしていて、もう一人の、別の方が来られると

  いうこともある。で、私が忘れた最初の方の名前と、次に来られた方の苗字の一部は同じで、それも最初の

  一文字目である。すぐに気が付いたが、別に不思議でもないか。


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