光年・千年

纏わりつくが、纏まらないおはなし、日記ふう。

水滴の残る小さいカエデの葉、ヒガンバナ咲き始める。

2016-09-15 14:22:16 | 植物・花(秋)
  先ほどから、かなりいい風が入って来ていて、じっとしていると、この風のありがたみが

  わからない。それで立ち上がった。9月15日、空は白いが、晴れていて、南の方角はかなり明るい。

  お日様の位置。


  きのうの午前中に、予想外に湿気のある、蚊も多い、いえの周りと、少し離れているところで、

  いくらか秋の小さい風景を撮ってきた。ほとんど目の前にあるというものを、あるいは地面の下に

  あるもので、接近することが出来る場合がある。出来ない場合が多いけど。画像はそのままのものが

  残る感じで、ただ水滴が残っているものがある。雨が降っていた証拠だが、それがわかる画像を

  見ていると、この水滴があってよかったと思う。


  蚊にも喰われたけど、私の血の成分に毒があることがわかったのか、そんなひどく喰われてはいな

  かった。ただ、もう一人の自分が、私を観察しているとして、その格好の悪さを指摘する。

  自覚しつつやっている。




  その一。




  その二。いくらか、水滴を意識する。朝までの雨が残っているが、落ちるものは落ちるから
  多くはない。




  その三。




  その四。色でいうと、よくはない。ふつうに新しい葉が出ているという状態。ここは「垣」で
  色は緑色だが、いろいろなものが葉を出すが、見た感じはよくはない。



  ヒガンバナ。



  その五。目で見ていると、ほとんどわからない。メガネはずしている。玄関から出るとき、決めるが
  どっちがいいかわからないが、今回はメガネをはずした。

  雨が残っていると、カメラのモニタはよく見えるが、どの程度それが写っているかは、細かいところ
  になると、まったくわからない。

  雨が残っていると、むつかしい対象になる。




  その六。




  その七。




  その八。




  その九。これからというところ。


  そこにはなかなか行けない、というところに、ヒガンバナはこれまで出ている。今年は、秋の予定の

  草刈りだけど、8月下旬やっていて、このときすでに芽が出ていたものが切られたことも考えたが、

  それはないと思う。

  いまのところ、他の場所で、花はわからない。三箇所くらいで咲く。

  ヒガンバナは群生しているところがいい、ということで、新聞にも載る。しかし、そうゆうところは

  この近くでは見当たらない。



  この画像と関係のないことを書くと、

  ときどきある、あの本はどこにいった、という疑問が2日ほど前から、脳裏に浮かんだ。

  可能性のある場所、これがまったく当たらなかった。

  今日、もうこんな狭いところには入れないよ、というところがあるが、光線の具合か、それらしきも

  のが。


  これがよかったかどうか。はっきりというと、読まない本の上下、あるいは掃除をしていない場所は、

  綿埃(わたぼこり)で、覆いつくされる。

  狭いところ、窮屈、身体を折り曲げて、ゴミが飛ばないように。といっても空中をゴミが、綿埃が

  ふわふわしているのがわかる。


  ここで止めておけばよかった。いくらか本の山があるが、その上の方が、意外とよく動く。

  しかし下のほうは、何年も動いていない。

  30cmくらいかな。ついに山を崩すことにした。


  小さい山が、5つか6つ出来た。ゴミがあるかないか。シリーズだと番号順にそろえたい。

  ここにもゴミありとなしが。2016年のPR誌。これも確認した。どっかへいった、という新書が出て

  きた。カメラの説明書も。

  で、どうなったか。片付けはしたが、くたびれた。

  このところ何を見ていたか、わからなくなったが、それはそれでいい。身体がガタガタになるだろう。

  筋肉痛を緩和する薬を塗りながら、やったが。


  やってよかったか、これはいまはわからない。どうなるかわからない。そうゆうもの。


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