ぶらぶら人生

心の呟き

新しい住まい

2016-12-13 | 身辺雑記
自らの老いを考え、空室のあるうちに、<A福祉センターN>の部屋を借りることを決断をした。
5日、後見人の妹と一緒に施設を訪れ、正式に入居の手続きを完了した。

書類の作成(住所氏名・電話番号を記入し、捺印するだけの作業)であったが、その枚数が多く、こうした単純な作業さえ、今年だからできたのかもしれないと思った。
いずれは、銀行から経費が引き落とされることになるようで、その手続きに必要な書類作りをしたり…。
妹の記入欄は、本人の私より、さらに多かった。
事務長の説明と、書類作成、部屋の内部の確認に、2時間近くを要した。

5歳違いの妹は、年が明ければ、79歳である。
私の過去をふり返ると、その年(79歳)、帯状疱疹を患って以来、<老いの質>が変わってきた。
その後は、年々、衰えが増すばかりの状態である。
個人差はあるとしても、妹も、老境に域に入っている。
それに主人の病気への気遣いもある。
私のことで、なるべく迷惑をかけないようにしなくてはならない、と自覚している。

5日以後、生活に必要最低限のもの(私自身、新居では、こういうふうに過ごしたいという考えがあるので、そのために必要なものなど)を、数度に分けて運んだ。
そして、11日、荷物を整理するために、一夜宿泊した。

まだ、自分の住処(すみか)としての実感がわかない。
あくまで旅の気分である。

生活にかなりの支障を感じるまでは、なるべく今いる家で、と考えている。
(ただ、最近、心身すべての面で、急速な衰えを感じているので、いつまで家で暮らせるかは、私自身にも分からない。)

2時ごろ入室し、運び込んでおいた荷物(必要最低限)を使い勝手を考慮しながら、戸棚や引出しに収めた。
ところが、頭の働きが鈍くなっているので、自分でしまったものがどこにあるか、たちまち分からなくなる。
幾度、引出しを確認したことか知れない。

最近、記憶力がぷつんと切れる。
昨日は、M美容院で、髪の手入れをしていただいた後、果物店に立ち寄り、過日、お餅や新米を送ってくださったOさんに、そのお礼として林檎を送ろうとした。
それは、毎年のしきたりでもある。

お店が推薦される林檎に決めた後、
「送り先は?」
と尋ねられ、恩人の名前が、さっぱり出て来なかった。

「こちらから、毎年メロンを送っていただいている、山口の…」
と言いつつ、しばらく考えた。

こんな経験は、今まで全くない。
俳優や歌手の名前が出てこないのはしばしばだが、それとはわけが違う。

お店の人が、メロン発送先名簿を調べてくださっているとき、
「Oさんでした!」
と、一瞬早く、名字を思い出すことができた。
「〇〇子さんですね」
「そうです、そうです」
と言いつつ、自らの頼りなさにあわせ、今後どうなってゆくのだろう? という不安がよぎった。

昨夜(新たな住いで)、すでに写真だけは用意してあるブログに、文を書き添えて投稿した。(3稿、まとめて)
その時も、先日、ポニーでいただいたコーヒーの銘柄UCCが思い出せず、しばらく思考が停止した。
(結局、UCCだったと気づいたのは、二日後の今日になってからである。)

老いてなお、頭脳明晰な老人もいらっしゃる。
しかし、私は日々、自信をなくしている。

こんなにしばしば、人名や単純な言葉に躓いていては、文章を書くのも容易ではない。
ブログ云々より、人間らしくあり続けることさえ、おぼつかなくなる。
(しかし、愚痴は禁物。老いることの大変さ、厄介さは、言ってみてもどうなるものでもない。)

11日午後2時 4階の自室の窓辺から見た風景
海と山々の連なり、さらに集落の家々
すべてが新鮮な眺めである






入口のドアを出て、広いフロアーの大窓越しに眺めた河口と海




片づけの後、15分の散歩
重い雲と河口の風景






夕方5時の空に月
新居では、居ながらにして、月見ができるらしい
それが、最初の歓びであった
(お月さまを眺めながら、あちらが南かと、方向を確認)


11日の夕食 12日の朝食
 

(書きたいことはたくさんあるけれど、疲れてきた。今日はこれまで。)
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