ぶらぶら人生

心の呟き

シクラメンの花のあと

2016-12-30 | 草花舎の四季



過日(21日)、草花舎にいったとき、小さな花瓶に注目した。

「何か分かります?」
と、Yさんに聞かれた。
葉がユキノシタに似ている。
が、ユキノシタではない。

「何?」
と、尋ねる。
花瓶に挿してあるのは、シクラメンの葉と花が終わった後の茎なのだそうだ。

どう考えても、シクラメンの花の名残には見えない。
花茎が、くるくる巻きになっているのは、その先にある種子(?)を守ろうとしているのだろうか。
まるでゼンマイのようだ。

自然界は、不思議に満ちている。

書棚にあるはずの本、
田中修著の『植物はすごい 生き残りをかけたしくみと工夫』
       『雑草のはなし 見つけ方、たのしみ方』
を思い出した。

帰宅後、中公新書2冊(写真)を、予想した書棚に見つけ、取り出した。
その後、折々ページを繰って、植物の不可思議な世界を楽しんでいる。




植物は、黙々と生きている。
いかにして身を守るか、いかにして子孫を残すかなどを、仲間同士で語り合ったり、口論したりすることはない。
それでも、身を守るすべを考え、利口に生きている。
黙々と。
決して、不平も言わない。

それに比べて人間は、政治家を始め、何かにつけて駄弁を弄し、多弁であり過ぎる!
そして、内容は空疎である。
虚しい饒舌が時に鬱陶しく、植物を見習いたくなってくる。


※ 昨日、近所の87歳の方が亡くなられた。
  私同様、昭和の一桁生まれで、<昭和の匂い>の濃く漂う人であった。
  働き者のお婆さんであった。
  野菜はいらないかと、よく来宅されたものだった。
  しかし、ここ数年、足が不自由になり、畑作りもやめておられた。

  昨夕、通夜に出かけてきた。
  心は寂しく、心身ともに、ひどく疲れた。
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