ぶらぶら人生

心の呟き

絵画 <曾我蕭白>の世界 (補 白い彼岸花)

2007-09-21 | 身辺雑記
 画家・曾我蕭白(1730~1781)が、現代に生きているなら、どんな人物であろうか。大きな器、自尊の人、豪放で磊落、随分存在感のある人だったに違いない。
 曾我を名乗ってはいるが、桃山時代の曾我派の末裔を自称するだけで、その流派の出ではないようだ。
 しかし、自らの絵には相当な自信を持っていたらしい。
 同世代を生き、沢山の弟子を抱えていた円山応挙(1733~1795)の絵を堂々と批判し、応挙の絵は絵図にすぎないと言うぐらいだ。蕭白が描くものこそ絵であるという自負を持っていたらしい。自らは本物のアーティストであり、応挙はアーティザン(職人)に過ぎないというのだ。
 DVDで、二人の「美人図」を並べられると、なるほどと思う。
 応挙の美人図は、典型的な美女であり、蕭白のそれは、魂の込められた女人像である。蕭白は、応挙が描くような美人画には、全く興味がなかっただけでなく、嫌悪しか抱かなかったに違いない。
 そんな蕭白という個性は、なかなか魅力的で面白い。

 今日も、「知るを楽しむ この人この世界」<ギョッとする江戸の絵画>(辻惟雄)のテキストとDVDに導かれて、曾我蕭白の世界を楽しんだ。
 DVDで紹介された絵は、
  ① 「唐獅子図」(三重県松坂市 <朝田寺>蔵)
  ② 「群仙図屏風」(文化庁蔵)
  ③ 「鷹図」
  ④ 「美人図」
  ⑤ 「雲龍図」(ボストン美術館蔵)
 テキスト掲載の絵は、その他、
  ⑥ 「寒山拾得図」(興聖寺蔵)
  ⑦ 「達磨図」
 など。
 ③の<群仙図>の魔的な奇怪さ、原色表現の強烈さは、まさしく<ギョッとする>世界だ。絵画の裏に、蕭白のシニカルな表情が隠されていそうな気がする。
 ボストン美術館にあって、現物を見ることのできない⑤の「雲龍図」は、辻氏の努力で、流出以前は、三重県の「中山寺」にあった可能性の高いことが突き止められ、昨年8月に、復元されたものが、お寺の襖絵として掲げられたという。絵のサイズがぴったりあったというのだから、辻氏の功績は大きい。
 ⑥の「寒山拾得」も蕭白らしい。山雪の「寒山拾得」も、個性のある絵だったけれど。一体、幾人の画家が、「寒山拾得」を描いているのだろう?
 <「寒山拾得」大集合展>といった展覧会が催されたら、さぞ面白いだろうと思う。

 とにかくチマチマしたところの全くない曾我蕭白の人となりと、その絵には、無類の面白さがある。


 今朝は五時、新聞を取り出すついでに、玄関に下りてみた。
 真正面の空に、オリオン星座がまだ輝きを放っていた。
 今、カーテンを閉めようと、空を見あげると、同じ位置に半月があった。
 空は、もやもやした感情を沈めてくれる。
 お彼岸というのに、相変わらず暑い。昨日は当地、34.8度を記録したとテレビが言っていた。今日の最高は聞いていないが、かなりの気温だっただろう。
 定期診断を受けに病院に行き、町へ出て食事を取った。その後で、益田川の川土手にゆき、曼珠沙華の咲き具合を見てこようと思っていたのだが、日差しの濃さに逡巡し、早々に帰宅した。
 添付の写真は、今朝、裏庭にひとつだけ咲いた白色の曼珠沙華である。 
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