亡国の坂道

日蓮大聖人の云く、「仏法漸く転動しければ世間も又濁乱せり、仏法は体の如し、世間は影の如し、体曲がれば影斜めなり」と。

浅井会長による三大秘法抄講義禄の最終回と顕正会の堕落

2017年02月24日 07時45分45秒 | 亡国の坂道 
叡山の迹門の戒壇を破す

本文

『此の戒法立ちて後、延暦寺の階段は迹門の理戒なれば益あるまじき処に、叡山の座主始まって第三第四の慈覚・智証存の外に本師伝教・義真に背きて理同事勝の狂言を本として我が山の戒法をあなづり戯論とわらいし故に、思いの外に延暦寺の戒・清浄無染の中道の妙戒なりしが徒に土泥となりぬる事云うても余りあり、嘆きても何かはせん、彼の魔黎山の瓦礫となり、栴檀林の荊棘となるにも過ぎたるなるべし。夫れ一代聖教の邪正偏円を弁えたらん学者の人をして、今の延暦寺の戒壇を蹋ましむべしや。』

「此の戒法立ちて後」とは、未だ「事の戒法」たる国立戒壇は建たずとも、弘安二年十月十二日を以って本門戒壇の大御本尊が立てられた以上は、その所住の処は義において本門戒壇なるゆえ、かく仰せ給うのである。大聖人により末法の戒法がかく定められた後は、たとえ不純はなくとも叡山の戒壇は迹門の理戒であるから時過ぎて利益はないところ、その上、慈覚・智証はあろうことか本師伝教・義真に背いて邪宗真言の毒を叡山に取り入れてしまった。よって、嘗っては清浄であった延暦寺の妙戒も土泥となりおわったのである。

「一代聖教の邪正偏円を弁えたらん学者の人」とは、大聖人の御門下を指す。門下たる者断じて叡山の戒壇に詣でてはいけないと誡め給うのである。しかるに大聖人滅後、ほどなくして日昭・日朗・日向等は「聖人の法門は天台宗なり」として、叡山において弟子を授戒させている。彼らには本抄の仰せが一分もわかっていなかったのである。また、慈覚・智証が伝教大師のでしでありながら、檀那たる国主にへつらい、真言の邪義を本として本師伝教の教をえあなずり戯論と笑ったこと、まことに他人事(よそごと)とは思えない。無道心の者は常に「師をあなずり檀那にへつらう」ものである。いま我が宗門においても、宗務役僧にして、日本一国の広宣流布を〝机上の空論〟と笑い、その暁の戒壇を〝戯論〟とあなずる者がいる。これ、大檀越の学会が選挙のために国立戒壇を捨てるを見てこれにへつらい、本師たる大聖人に背き御遺命をあなずる姿以外の何ものでもない。但し、たとえ伝教の仏法は獅子身中の虫によって曲げられるとも彼は像末過時、末法本仏の遺命だけは断じて曲げられるものではない。大聖人の御威徳は厳然であり、御遺命の正義を守る妙信講は捨身である。必ずや正本堂の誑惑は打ち摧かれ、国立戒壇は実現する。

末法能弘の人を明かす

本文

『此の法門は義を案じて理をちまびらかにせよ。此の三大秘法は二千余年の当初・地涌千界の上首として日蓮慥かに教主大覚世尊より口決相承せしなり、今日蓮が所行は霊鷲山の稟承に芥爾計りも相違なき色も替らぬ寿量品の事の三大事なり。』

これまで明かされた三大秘法の実体は、よくよく深信に徹して思索をせねばわかるものではない。ゆえに「此の法門は義を案じて理をちまびらかにせよ」と誡め給うのである。それは三大秘法が前代未聞の御法門だからである。まさに然り、本門の本尊は本果の釈尊にあらずして久遠元初の無作三身すなわち末法出現の日蓮大聖人と定め給い、本門の題目は天台の理行・自行に対して自行化他にわたる文底下種事行の題目を高唱され、本門の戒壇においては叡山の戒壇を破して、一国同帰の国立戒壇・事の戒法を明かし給うのである。うかつに文相のみを拝するのみでどうして御聖意が理解できよう。よってかくお諭(さと)し遊ばすのである。

さて、この前代未聞の三大秘法は、二千余年の昔、上行菩薩として日蓮大聖人がたしかに釈尊より口決相承したものである。諸御書には、大聖人が上行菩薩の再誕であることすら間接的なご表現をなされているが、ここはまことに明確である。これによっても本抄の重書たることがわかる。いま大聖人のお振舞いは「霊鷲山の稟承」すなわち神力品の付属に、寸分違わぬ内証寿量品の三大秘法である。神力品には、寿量品の三大秘法を上行菩薩に付属するに、まず四句の要法に約して本門の本尊を付属し、次に題目を勧奨し、次に戒壇を勧奨している。すなわち三大秘法である。いま大聖人一代の御化導の総括たる日興上人への御付属状(一期弘法抄)を拝するにまた同じ。すなわち「日蓮一期の弘法」とは本門の本尊、「本門弘通等」とは所弘即本門の題目、「国主此の法等」とは本門の戒壇。全く神力品の付属と同じである。ゆえに「霊鷲山の稟承に芥爾計りの相違なき云々」と仰せられるのである。これらの意は寛尊の依義判文抄にくわしい。

本文

『問う、一念三千の正しき証文如何。答う、次に申し出す可し、此に於いて二種あり、方便品に云く「諸法実相所謂諸法如是相乃至欲令衆生開仏知見」等云々、底下の凡夫理性所具の一念三千か、寿量品に云く「然我実成仏已来無量無辺」等云々、大覚世尊久遠実成の当初証得の一念三千なり、今日蓮が時に感じて此の法門広宣流布するなり。』

三大秘法総在の本門の本尊は人法体一であるゆえに先には人に約して「無作三身」といい、ここには法に約して「一念三千」を明かし給うのである。一念三千の法相は三種に説かれる。すなわち迹門・本門・文底である。迹門の一念三千は諸法実相に約し、本門は因・果・国に約す。而してこの本迹の一念三千をともに文底の一念三千に望んでは理とし、ただ文底の一念三千だけを事とする。これ人法体一なるゆえんである。然るに本抄には二種だけを挙げ給うは、末法は即久遠元初とのゆえである。

久遠元初には能化の名字位の御本仏と、所化たる底下の荒凡夫しか存在しない。「底下の荒凡夫理性所具の一念三千」とは、われら凡夫の一念三千は、あくまで素質として本来具えているに過ぎない。御本尊の妙縁に値わなければ成仏はできない。ここに日蓮大聖人の大慈大悲の御化導があるのである。それを次文に説き給いて云く「寿量品に云く乃至今日蓮が時に感じて此の法門広宣流布するなり」と。「寿量品」とは内証の寿量品、したがって「然我実成仏已来無量無辺」は久遠元初の成道をあらわす。ゆえに「大覚世尊久遠実成の当初証得の一念三千」と仰せられるのである。「久遠実成の当初」とは文上の「五百塵点の当初」と全く同じ、久遠元初の説きを指す。すなわち、釈尊久遠元初名字凡夫の御時に証得し給う一念三千が、本門の本尊・三大秘法として、日蓮大聖人によって末法に弘通されるのである。

まさに日蓮大聖人こそ久遠元初の自受用身であり、五百塵点の当初(そのかみ)以来、毎自作是然以我令衆生得入無上道速成就仏身の大悲願力を以って末法に出現し、自ら身命を惜しまず此の三大秘法を授与せられ給うのである。

本文

『予年来己心に秘すと雖も、此の法門書き付けて留め置かずんば門家の遺弟等定めて無慈悲の讒言を加う可し、其の後は何と悔ゆとも叶うまじきと存ずる間貴辺に対し書き遺し候、一見の後は秘して他見ある可からず、口外も栓無し。』

本抄を著(あら)わされた御意をここにお述べである。まことにこの御文を拝すれば、滅後のことを慮(おもんぱか)られる大慈悲胸に迫るものである。「門下の遺弟」「書き遺し」等のお言葉は、この書が大聖人のご遺言であることをあらわすものでなくて何であろうか。三大秘法の法門において、もし将来誤りを生ぜば、人は悪道に堕し国は傾く、その時になって、大聖人がはっきりと書いておいて下さらぬからである、との怨(うら)みごとが門下の中から出てもすでにおそい、よって未来のために本抄を書き遺すのであると仰せ給うのである。その未来とはまさに今である。あろうことか大聖人唯一の御遺命たる国立戒壇の正義が正系門家より失われんとしているのである。大聖人はいかほどお悲しみであろうか。いまこそ妙信講員は、この三大秘法抄を心肝に染め、〝仏勅を受けて立つ〟の獅子王心を以って歪曲を摧き、大聖人に応え奉らなくてはならぬ。

結文

本文

『法華経を諸仏出世の一大事と説かせ給いて候は此の三大秘法を含みたる経にて渡らせ給えばなり、秘すべし秘すべし。』

諸仏は法華経を説くために出現するといわれるが、なにゆえに法華経がそれほど大事であるかといえば、文底に三大秘法を内包せる経だからである。三大秘法こそ、諸仏諸教の能生の根源・諸仏諸経の帰趣するところである。ゆえに、釈迦仏が法華経を説いたのも、多宝・十方分身の諸仏が証明を加えたのも、実にこの三大秘法が末法に出現することを証明するためである。と。


以上を以って、浅井会長の三大秘法抄の講義は終えられていますが、当時の妙信講員は全員でこうした貴重な三大秘法抄の講義を一年間掛けて会長と共に学ぶ機会があったのであります。

妙信講という講中は、宗門の中では教学に取り組む最も熱心な講中と云われ、それだけに妙信講員は数ある法華講の中でも大聖人様の究竟の御本願は、広宣流布の暁の「国立戒壇」にあり。ということが自然の内に身に染まり、国立戒壇を前面に出して折伏活動に取り組む姿勢は創価学会と共に、他の講中には見られない異彩を放つ存在だったのであります。

そうしたところ、昭和45年当りから宗門最大の信徒団体といわれた創価学会の政治進出が本格化するにつれて、学会が選挙に勝つために国立戒壇を掲げて闘うには世間の抵抗があまりにも強く、むしろ国立戒壇は邪魔な存在になってきました。国立戒壇を捨てないと政治的に不利だという事が解ってくると、国立戒壇を主張する妙信講をつぶしにかかってきたのです。当時管長職を務めていた第六十六世の日達管長は創価学会池田大作の意向を受けて、法華講連合会会長の平沢益吉に憎まれ役を押し付け、無理難題を吹っかけてきました。云く、①「妙信講が国立戒壇を捨てないとの理由で、5年間にも亘る長い間御登山の禁止」②「教学なんて生意気だ止めてしまえ」③「妙信講の青年部は連合会で鍛え直してやるので連合会の青年部会に参加させろ」④「顕正新聞は廃刊にして大白法という立派な新聞を読め」等々、妙信講を潰そうとして様々な圧力をかけてきた末、日達管長は、昭和49年8月12日には妙信講の幹部を除名した上、暴戻にも講中解散処分を通告してきたのであります。

そうした間違った処分に対し妙信講の浅井昭衛理事長は「妙信講は今の腐った宗門に作って貰ったものではない。妙信講は国立戒壇を宣揚する正しい御法主として、信徒の教導に務めて来られた先代の日淳上人猊下から正式に御認証戴いた講中であれば、妙信講は絶対に解散しない」「御遺命を曲げた池田大作を日本から追放するまで闘う」「5年後の昭和56年までに、五万人の大法華講をつくりあげて、必ず御遺命守護完結を期す」あるいは「学会員750万人を一対一の白兵戦を展開して、必ず国立戒壇の正義に目覚めさせる」等と叫ばれていたのであります。

ところが、妙信講は昭和57年10月9日、地涌の菩薩の六万恒河沙の闘いを今に移す等と称して、日本武道館で一万人の総会を開催し、その時、講員には何のまえぶれもなく、今までの妙信講を突然、「日蓮正宗顕正会」と改めたのですが、そのお話を耳にした時、いったい何が起ったのだろうと、正直言って何とも名状しがたい興奮と強烈な衝撃を受けた事を思い出します。その後、平成8年11月18日には宗教法人を取得して、その直後の11月26日に行われた総幹部会の席で、またまた名称を改め、今度は「冨士大石寺顕正会」と再び名前を変えて現在に至っているのでありますが、何とも可笑しなことをするものですね。これではまるで験担ぎですね。「妙信講は絶対に解散しない」等と断言していたものが、数年を経ずして妙信講は二回に亘り名前を変更し、事実上妙信講は解散してしまったのであります。よって、一万八千の妙信講員は、完全に浅井会長から見事に騙されたことになったのであります。

その時の浅井会長の言いぐさがふるっています。云く「日蓮正宗は創価学会の池田大作と修羅と悪龍の合戦を繰り広げ、阿部日顕管長はシアトル事件の醜聞を晒し世間の笑いものになっている。こんな汚れた教団の名前を冠しては、広宣流布は夢物語で終わってしまう。顕正会は日興上人・日目上人がお在した上代の清らかな富士の源流に立ち帰りたい。よって、世間の顰蹙を買って笑い者に晒されているこれまでの日蓮正宗から決別して、今日から『冨士大石寺顕正会』と名称を改めることにしました」等と。

妙信講から顕正会へと変身した顕正会は当然の如く完全な別法人となってしまったのでありますが、浅井会長は何故に「冨士大石寺顕正会」などとした紛らわしい宗教法人組織を作らなければならなかったのでしょうか、それが災いして宗門の坊さんからは、富士大石寺を詐称する猿まね集団などと揶揄され、すっかり笑い者にされてしまっているのであります。

変われば変わるもので、宗門の中で一番熱心に折伏と教学に取り組んでいると言われた妙信講が、顕正会などと名前を変えて宗門を目の敵にして悪口を言いふらし、本流は顕正会だといって騒いでいるのであります。かつての妙信講員が親しみをもって取り組んでいた教学と御書講義は、今や語り草にもならない幻となってしまいました。

さらに浅井会長は平成9年7月16日には、一国諌暁などと称して「日蓮大聖人に帰依しなければ日本は必ず亡ぶ」とした諫暁書と称する本を著わし、新聞各紙に誇大な広告を載せて多くの会員を扇動したのです。

そして平成10年4月10日、突如として、宗門が正本堂に御安置されていた本門戒壇の大御本尊を奉安殿に御遷座したことを何処からか聞きつけて、顕正会では勝手に、誑惑の正本堂から大御本尊様の還御が叶ったと称して浅井会長は涙を流し「御遺命守護完結法要」を行ったりしました。

さらに顕正会は、この時を以って新しい時代に入ったとして朝夕の勤行の方法を改め、朝の勤行は東天に向かって「方便品の十如是」と「寿量品の自我偈」の読誦並びに、御本尊に向かって「方便品の十如是」と「寿量品」の読誦と唱題の二座とし、夕の勤行は御本尊に向かって「方便品の十如是」と「寿量品」の読誦と唱題の一座としました。合わせて観念文も改変した上、「儀礼室」なるものを設置し、法要執行職員(坊さんの代行)として4名を任命し、顕正会員の葬儀・法要の際には、彼らは有髪の僧を演じさせられる事となってしまいました。その内の一人、浅井会長の娘婿となった小峰勝彦氏は長い間、坊さんの真似ごとまでやらされた揚げ句、浅井会長の逆鱗に触れたか、後に粛清されて離婚に至ったのでありますが、小峰氏のご両親並びに兄弟を含むご家族もさることながら、ご本人の心労は察するに余りあるものがあります。

それは置くとして、妙信講は、昭和三十三年一月十五日、第六十五世を継がれた日淳上人から、闘う法華講としての唯一認証状を戴いた宗門の中では稀有な存在だったのであります。彼の日淳上人は、認証状授与式の席で妙信講の講頭に対して厳かに斯く仰せられたのであります。

云く「今まで法華講というのは盆と正月にお寺に来るだけの墓檀家のように言われてきたが、法華講とは熱原の法華講衆にその源を発するのです。妙信講は熱原の法華講衆を鏡として、戦う法華講となって御奉公しなさい。まず三千の弘通を為してごらんなさい。そして将来にわたって宗門を外護してください」と満腔の期待を籠められて妙信講を激励下されたのであります。

そうした妙信講は時の御法主上人猊下より本山で認証式まで開いて戴き、今後の宗門外護を堅くお誓いして、御遺命守護完結に向けて力強く再出発したのであります。それが数年を経ずして何故に、日淳上人と堅くお誓いしたお約束を平然と破り、上人の御慈悲とご期待をかなぐり捨てて、日蓮正宗とは似ても似つかない、お坊さんの一人もいない外の顕正会へと、飛び出して行かなければならなかったのでしょうか?

大聖人様は開目抄に孝養の大事を次のように御教示であります。「孝と申すは高なり天高けれども孝よりも高からず、又孝とは厚なり地厚けれども孝よりは厚からず。聖賢の二類は孝の家よりいでたり、何に況んや仏法を学せん人・知恩報恩なかるべしや、仏弟子は必ず四恩をしって知恩報恩をいたすべし」とありますが、浅井会長が成人式等で常々孝養の大事と報恩の大切について仰せられるご高説と行動とは、完全に真逆の百八十度も異なる現実であります。

今や、御書講義を一切取り止めて御書をぜんぜん学ばなくなった顕正会は何を目指し、浅井会長は何を為さろうとしておられるのでしょうか! 宗教法人冨士大石寺顕正会としての代表権は早々と世襲で固めて次男坊の城衛氏に譲って、自らは第一線から退いた形を取られていますが、こうした措置は、外には安倍政権の進める防衛政策・経済政策を酷評して大衆を扇動し、内に有っては幹部の首を手当たり次第切り捨てた責任を問われる等、万一の事態に備えた法的(民事・刑事)責任を逃れようと計ったつもりなのか、まったく理解に苦しむところでありますが、穿った見方をするまでもありませんが、何かの弾みで浅井会長が官憲から法的責任を問われる事態が発生した場合、目に入れても痛くない最愛の息子の城衛氏にその責任を被せて、己は逃げる為の次善の策なのでしょうか?

とにかく常人の憶測を越えた下手な小細工ばかりが目に付きます。ここで思い出されるのは、大聖人様が佐渡御書で仰せの「例せば修羅のおごり、帝釈に責められて、無熱池の蓮の中に小身と 成って隠れしが如し」の御教示であります。浅井会長は何に怯えているのか想像も付きませんが、何も起らないうちから安全地帯に身をおいて安心を得ているご様子のようです。

それにわずか一握りの血族だけが職業人として宗教法人顕正会から報酬を得て生活を営んでいる様は、税金を払えば許される問題ではありません。まるで彼らは宗教貴族よろしく在家が宗教で飯を食らい、宗教を生業(なりわい)として当たり前のような顔をしています。さながら生き仏のように目を細めて超然と構え、会員の伏せ拝の送迎に身を委ねて悦に入る浅井会長とは、いったい何を考え何処へ向かおうとしているのでしょうか? 

浅井会長が妙信講員と約束していた「妙信講は絶対に解散しない」「御遺命を曲げた池田大作を日本から追放する」「五万人の大法華講をつくり御遺命守護を完結する」等々の約束事はすべて会員を騙すための方便となってしまいました。真の御遺命守護完結とは、云うまでもなく、第六十五世日淳上人が法燈を継がれて富士の清流が蕩々と流れていた往時の清らかな宗門に蘇らせる闘い、即ち、国立戒壇を宗門の公論とする闘いだったのでありますが、そのいずれもが残念ながら虚偽と未完に終わっているのであります。

それらを放擲して講員との約束をすべて反故にした今日の顕正会は、御書を学ぶことを大聖人様より許されなくなったのであります。顕正会の最大の誤りと今日の狂いの原因は、妙信講を認証してくださった日淳上人との堅い約束を平然と破って、上人の温情溢れる御慈悲を仇で返した揚げ句、熱原の法華講の名を継ぐ名誉ある地位をゴミ箱に鼻紙のように捨てたが故の、仏罰であります。

大聖人様は「仏弟子は必ず四恩をしって知恩報恩をいたすべし」と御教示でありますように、日淳上人から将来の宗門外護を切望され、宗門の盤石を懇請されたにも拘わらず、それを何の躊躇いもなく反故にして、外へ飛び出して行って太平楽に浸っている不知恩の徒と堕した浅井会長に対しては、大聖人様が絶対にお許しにならないのであります。
   







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