福島応援プロジェクト茨城

福島の子ども達の保養のために!

茨城の夏ゆっくらキャンプ2016

2016年06月02日 | 保養
◆2016年の保養キャンプ
7月31日(日)から8月6日(土)までの6泊7日の日程で保養キャンプを実施いたします。
小学生が中心ですが、保護者の付き添いがあれば、幼稚園生でも大丈夫です。
ゆっくりゆったり、していただけるような日程を組みたいと思っています。
 「ともいきの郷」がある本郷の地域は豊かな自然が広がる田園地帯です。
プール遊びやバーベキュー、そば打ちなど、色々な体験をして夏休みを楽しんでください。
メールや電話での申し込みをお待ちしています。
期間中、できれば親御さんが1泊でも一緒に参加してくださることを希望します。

キャンプ概要
受け入れ人数:子ども12名(保護者の参加も歓迎)  参加費:無料
宿泊場所:「ともいきの郷」 〒300-4102 茨城県土浦市本郷1403-1 
集合場所:福島駅西口午前9時半 




◆福島応援プロジェクト茨城は、福島の子ども達に対し保養キャンプの実施など、私たちにできる支援活動をやっていこうという趣旨で、2011年7月に結成されました。1回目のキャンプ(2011年8月16日から3泊4日)には、19名の子ども達と1名のお母さんが参加し、その後これまで計6回のプログラムを企画実施し86名が参加されてきました。
◆保養キャンプの拠点「ともいきの郷」
 2014年土浦市の筑波山麓のふもとにの古民家を購入し、保養キャンプなどの拠点「ともいきの郷」を整備いたしました。敷地は740坪(2450㎡)あり、前庭が広々としています。ここで子ども達に、自然体験や手創り遊びなどで、楽しい時間を過ごして貰いたいと思っています。 ここの空間線量は、山陰になっていたため茨城県の中でも格段と低く、福島に近いので、「ともいきの郷」が保養の場として果たす役割は大きいと考えています。



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「不思議なクニの憲法」上映会

2016年05月29日 | 保養
「不思議なクニの憲法」上映会を開催します。



主催 茨城の選挙を考える市民の会
監督 松井久子  上映時間122分  http://fushigina.jp/

6/12(日) 13:30開場 14:00~16:30上映会 
17:00~19:00 お話会

 映画を観たあとはお話しましょう(軽食付)

会場 つくばイノベーションプラザ (旧サイエンスインフォメーションセンター)
つくば市吾妻1-10-1 tel029-852-6789 
チケット 前売  1,000円 当日券  1,300円 高校生以下無料

いろんな人が、借り物でない自分の言葉で、憲法と政治とこの国のことを語っています。
憲法について話すために必要な材料を提供したうえで、
「で、あなたは?」とボールをこちらに投げかけて終わる映画です。
ともに考え、語り合いましょう!
この国の未来について。それを決めるのは政治家ではありません
憲法に保証された私たちの権利です。
 『憲法の未来 私たちが決める』

主催 茨城の選挙を考える市民の会 http://minaiba.jimdo.com 
〒305-0004 つくば市柴崎774-2  
問合せ連絡先(土浦市)小張090-9108-0464 (つくば市)長田090-7845-6599  
        永井070-5079-6308    (常総市)小滝050-3519-3846 
(牛久市)中川090-1777-6788  (取手市)森090-3348-4797  
  (石岡市)佐藤0299-42-3771 

支援:「私たちの主権」委員会 製作・著作: 株式会社エッセン・コミュニケーションズ

憲法には「私はどう生きるべきか」が書いてある。
この映画は、憲法論議が政治によって進められるのでなく、主権者である
私たち国民の間に広がることを願ってつくられたものです。
国のかたちをきめる憲法に、誰もが当たり前に関心を持ち、正しい知識を得、
そして理解を深めるために、歴史的事実を重んじながら
「意見」よりも日常に根ざした「人びとの声」に耳を傾けます。
怒りや憎しみから出発する議論は広がっていきません。
対立よりも冷静な選択を―。
私たち一人ひとりが個として大切にされる自由な社会を守りたい。
映画にメッセージがあるとすれば、その一点の「希い」のみです。

<映画の内容>
●立憲主義って何? ●歴史に学ぶ(敗戦から日本国憲法の成立まで) ●Peopleを主役に(国民主権)
●侵されてはならぬもの(基本的人権の尊重) ●封建的家族制度からの解放(男女平等)
●進む憲法の空文化(9条・戦争放棄をめぐって)
●戦後の日米外交史 ●沖縄は憲法を手にしているか ●未来に向けて―18歳選挙権と若者の政治参加
●そしてあなたは何を選ぶのか?(自民党の改憲案・護憲派の主張・護憲的改憲派からの提案)

声を上げる私たち 出演者
瀬戸内寂聴   作家
  孫崎享  元外交官・評論家
長谷部恭男  憲法学者・早稲田大学教授
赤松良子    (公法)日本ユニセフ協会会長・元文部大臣
三浦陽一    歴史研究家・中部大学教授
伊勢崎賢治  紛争解決請負人・ 東京外国語大学教授
船田元      自民党憲法改正推進本部長代行
カレル・ヴァン・ウオルフレン  オランダ人ジャーナリスト
竹下景子   ナレーション・俳優
   元山仁士郎  大学生・SEALDs
竪十萌子   弁護士・明日の自由を守る若手弁護士の会
原田謙介   若者と政治をつなぐNPO法人YouthCreate代表理事
水野スウ(母)  主婦・「紅茶の時間」主宰
中西万依(娘)  デザイナー
齋藤優里彩  制服向上委員会・アイドル
日比野和真  高校生
土屋聖子   主婦
辻仁美    主婦・安保関連法案に反対するママの会@埼玉
月股美子(母)  自衛隊員の母
月股可菜子(娘)自衛隊員の姉
高塚愛鳥    フリーター・デモ「戦争したくなくてふるえる。」発起人
安積遊歩(母)  ピアカウンセラー
安積宇宙(娘)  学生
長井鞠子   会議通訳者
小林照子   美容研究家
松本侑壬子  映画評論家
宮崎絢子   ボイスコンサルタント&ボイストレーナー


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「茨城の選挙を 市民の目線で考える会」開催

2016年03月07日 | 保養
#‎みんなで選挙‬

「茨城の選挙を
市民の目線で考える会」開催します。


2016年3月13日(日)午後1時半~4時 
コープつちうら 土浦市小松1-4-27
2Fコミュニティールーム


 現政権は秘密保護法や安保法制を強行採決し、今度の選挙で3分の2以上の議席を確保したときには、総理大臣に強力な権限を与える「緊急事態条項」を新設し、改憲に乗り出すと宣言しています。こんな憲法無視のやりたい放題を許してきたのは、私たち国民が政治家に任せっきりにしてきたためです。   

 私たちの手に平和な生活を取り戻すには選挙から !

 今、日本中で、”市民選対連絡会「ミナセン(みんなで選挙)」”という運動が、湧き上がっています。ミナセン結成の火付け役といっても過言ではない座間宮ガレイ氏が、各地で開催している選挙勉強会の動画をみんなで視聴し、自分たちに何ができるのかを話し合う会を開きたいと思います。是非ご参加ください。

視聴する動画 
IWJ 2016/1/10 激おこ!選挙勉強会 in 東京 ―座間宮ガレイ氏、古賀茂明氏

連絡先 小張090-9108-0464 

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緊急事態条項の危険性

2016年01月29日 | 保養
安倍首相が憲法に緊急事態条項というものを新設すると宣言しています。
これは日本を独裁国家に落としめてしまう恐ろしいものです!
お友達が、緊急事態条項の危険性についてブログ「原発報道あれこれ-」にまとめてくださったのでぜひご覧になってください。

http://tratnou.cocolog-nifty.com/blog/

2016/01/15  361 緊急事態条項 1
およそ1年半振りにブログを再開します。「まとまったものを書けるまでお休みしよう」と思っていたら、政治状況の方が坂道を転げ落ちるように悪くなっていき、今や「まとまったものを書く」などという贅沢なことを言っていられない状況になってしまいました。
◆ 断崖絶壁
私たちは今、断崖絶壁に立たされています。断崖絶壁とは、言うまでもなく、民主主義国家だと思っていた日本が、緊急事態条項を新設する改憲によって独裁国家に転落するかどうかの瀬戸際に立っているということです。
◆緊急事態条項(自民党改憲案 98条、99条)
改憲の危険性が話題にされる時、多くの人が思い浮かべるのは戦争放棄を定めた「9条」でしょう。「9条さえ手を付けられなければ安心」と思っていたら本当の危険性を見逃すことになりかねません。年末年始にかけて、安倍政権は緊急事態条項の新設に言及していて、全国紙などでは「ハードルの低いお試し改憲」などと書かれていますが、とんでもないことです!
◆万能のカードジョーカー
緊急事態条項は、IWJの岩上安身さんも言っているように「万能のカードジョーカーに等しい」もので、「その一枚を手にするだけで、憲法の他の条項を無にしてしまうことができるものです。総理大臣が全権を手に入れてしまい、国民の反対の多い9条の改正などは必要なくなってしまう」のです(http://iwj.co.jp/wj/open/archives/279662)。これは戦前の治安維持法に、あるいはナチスの全権委任法に匹敵するものです[参照(g)の解説]。こんな項目が新設されたら日本はあっというまに独裁国家になってしまいます。でも、この緊急事態条項の危険性は、まだまだ多くの人の共通認識にはなっていません。


そこでなるべくA4判一枚にコンパクトにまとめようと協力して
チラシを作ってみました。
先日の「福島の声を聞く会」でプリントして配布しました。
こんな恐ろしい条項を通させてしまったら
日本はおしまいです。
今年の選挙は私たちの正念場ですね。



以下のサイトも是非ご覧になってみてください。
【参考サイト】
(a) 日本国憲法改正草案 Q&A(増補版)PDFファイル   
  https://www.jimin.jp/policy/pamphlet/pdf/kenpou_qa.pdf
(b) あすわか(明日の自由を守る若手弁護士の会)作成動画6分 
 「憲法が変わっちゃったらどうなるの?~自民党案シミュレーション~」他 
    http://www.asuno-jiyuu.com/
(c) 2016/01/11 岩上安身による升永英俊・弁護士インタビュー ~
  緊急事態条項について http://iwj.co.jp/wj/open/archives/281877
(d) 永井幸寿弁護士インタビュー 2015/12/19 
  「国家を守り、人権を制限するのが国家緊急権」  
   http://iwj.co.jp/wj/open/archives/279662
(e) 澤藤統一郎の憲法日記:
  アベ政権の「緊急事態条項」は、ナチスの「全権委任法」にそっくりでは
  ないか http://article9.jp/wordpress/?p=6154
(f) 小口幸人さんに聞いた 緊急事態条項の導入は
  「災害」を名目にした「戦争への準備」(その2)
     http://www.magazine9.jp/article/konohito/23097/ 
(g) 「次の選挙が自由主義下での最後の選挙になってしまう」!?~
   2016/01/18ノンポリのママ弁護士がスイッチ「強」に!岩上安身による
  武井由起子弁護士インタビュー http://iwj.co.jp/wj/member/archives/43876
(h) 孫崎享 日本外交と政治の正体 
  「緊急事態条項」は独裁国家成立への道(日刊ゲンダイ 2016年1月22日) 
   http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/173899/2
(i) 日本弁護士連合会「憲法って、何だろう?」 
  http://www.nichibenren.or.jp/activity/human/constitution_issue/what.html

◆原発事故と緊急事態条項
脱原発を望む人たちにとって、緊急事態条項はどのような影響があるでしょうか?
たとえば、福島のような原発事故が起こった時のことを考えてみます。全ての権限が総理大臣に集中する状況で、「強力なリーダーシップで事故を収束させ、早い速度で被災地を復興させてくれるだろう」と期待していたら、全く逆のとんでもないことが起こる可能性もあるのです。

原発が事故を起こした場合、それが発表されない可能性もあります。飯館村がそうだったように、放射性プルームが飛んできても知らされずに汚染地帯に留まり続け、気が付いた時には既に被曝していたということにもなりかねません。

東日本大震災の後、被災者支援・立法提言活動に奔走してきた経験から、小口弁護士は災害時における緊急事態条項の危険性を指摘しています。少し長くなりますが、以下に抜粋・転載します(1)。

◆戦争中、隠蔽された二つの大地震
【小口】(前略)実は、第二次世界大戦末期の1944年12月には東南海地震、1945年の1月には三河地震と、それぞれ震度7クラスの地震が起きているのですが、みなさんご存知ないですよね? 実は、戦争に悪影響を与えるということで情報統制されて、当時もほぼ「なかったこと」にされたのです。十分な復旧復興活動も行われませんでした。

◆通信、報道規制による隠蔽
東日本大震災を経験した者からすると、一番怖いのは、原発事故を隠されることです。自民党の改憲案なら、それが可能です。内閣が緊急事態を宣言して、「災害復旧活動の混乱を招くような報道やデマに繋がる通信は規制する」ということで、報道については事前規制を、インターネットについては通信規制をして、違反者への罰則を定めてしまえば、原発事故は簡単に「なかった」ことにできると思います。

なんせ放射能は見えないんですから、ガイガーカウンターで測定でもしない限りはわからない。東日本のときも、原発事故に関する情報は、みんな国と東電の記者会見に依存していましたよね。例外はツイッターぐらいでした。あのときのことを思い出していただければ、絵空事ではないことがお分かりいただけると思います。

◆情報伝達の方法がなくなる
【編集部】誰かがガイガーカウンターで測定したとしても、その情報を拡散する術がないですね。

【小口】そうなんです。情報を伝達する方法がなくなる、というのは本当に恐ろしいものです。自分が見聞きしたもの以外は知ることができないんですから。
 災害直後という、ただでさえ通信が不十分になり混乱しているときは、どうしても政府からの情報に依存しがちです。4年前の原発事故のときだって、みんな、固唾を呑んでテレビで東電や枝野官房長官の記者会見を見ていたじゃないですか。緊急事態条項がなくてもあんな状態だったんです。更に国が情報を規制できる権限を憲法に定めたら、災害直後は、国が見せたいものしか見られなくなっても全然不思議ではありません。

◆避難もできない?
(中略)緊急事態宣言が出されて国家緊急権が発動される、なんていうことになったら…。いわゆる「御用学者」以外の学者やメディアは一切情報発信できなくなるし、移転の自由を制限して、住民の避難を止めることだってできてしまいます。国道は物資の輸送のために使用するから他の車両や人は一切通さないとか、いくらでも名目は立てられますから。(後略)



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福島の今を聞く会開催しました。

2016年01月28日 | 保養
1月16日の福島応援プロジェクト・茨城主催・・・福島の今・・・
【いまは福島のこと、いつかはあなたの町のこと】は、 25名の参加者を得て盛況のうちに終了しました。

当日中継されたIWJの映像は http://www.ustream.tv/channel/iwj-ibaraki1 
でアーカイブを見ることがきます。
また常総生協の大石副理事長さんが撮影してくださった動画がアップされていて、以下のURLからダウンロードすることができます。
http://firestorage.jp/download/b83f941ad029e0e179a7695562c1a20b4eeb97ab
17日に渋谷で開催されたお二人の話を聞く会の模様は以下で視聴できます。https://www.youtube.com/watch?v=KY-2c2CgQcw
https://www.youtube.com/watch?v=oB--V-l6QVQ#action=share

参加者もスタッフも初めて聞く凄い話が満載で、皆さん真剣にじっと耳を傾けておられました。三春町の飛田晋秀さんは取りためた被災地の写真の解説をしながら報告をしてくださいました。
地震や津波で押しつぶされた家がそのままになっている街に人の姿が一切無い!その気味の悪さ、おそろしさが伝わり、しかもいまだに高線量であることを証明する線量計とともに被災地の写真が次々プロジェクターからスクリーンに映しだされました。


飛田晋秀さんは取りためた被災地の写真の解説をしながら現状報告を。画面は、原発爆発後も富岡町に残り避難者に託された動物の世話 をしている松村直登さんについて話される飛田さん。松村さんは一旦はいわき市の親戚をたよって避難したものの「あんたは放射能で汚染されているから、家に 入れる訳にはいかない」と断られ頭にきて住民がいなくなった町に戻り、富岡町で暮らし
続けています。無人の町に出て様子を見に出たある日、誰もいないはずの町で「人間」に遭遇。その人はAP通信の記者で「富岡町の番人」として世界に発信してくれたのだそうです。しかし、国内では一部の報道しか伝えないために知らない人も多く、この日初めて聞いたという方がほとんどでした。松村さんの日常を 記録した中村真夕監督の映画「ナオトひとりっきり」は世界に発信され、昨年カナダで行われた映画祭でも高く評価されました。松村さんは海外での原発反対イ ベントに何度も招待され、フクシマ以降の福島を伝えています。飛田さんと木田さんは、昨年(2015年)の桜の季節に被災地の松村さん宅を訪ね、お話を聞かせていただいたとの事。

被災地では暴動も略奪も起きずに全て整然としていたように言われましたが、そうとばかりは言えなかったようです。コンビニに入ると必要なものを求めて長蛇の列ができているが、停電なので電卓だけが頼りの清算は時間がかかる。女性はみんなじっと待っているが、男性は手当たり次第に電池等をポケットに突っ込みお金を払わずに出て行ってしまう人が多かったという。そして頻発する泥棒団。 1時帰宅するたびに家が荒らされものが奪われて無くなっていくのを発見する。また、無人の家に人が入って暮らしている跡を発見する。お金がない原発収束作業員の下請けの人たちではないかと思われるとのこと。

木幡さんの住んでいた野上地域には避難の知らせが来なかったという。
大熊町には11日の夜にはいち早く避難のバスがきて多くの人が逃げたのだが、しかしこのバスに乗った人達はかえって大変な思いをしたのだそうだ。持病のある人が薬を持ち出せず、貯金通帳もお金も持ちだせずに着の身着のままで避難させられたのだそうだ。
情報の蚊帳の外に置かれた野上地区の人々は、ことの重大性を理解していた木幡さん夫婦などのリードもあって、帰れないということを認識して必要なものを持ち出して自家用車で逃げることができたのだ。

そして至る所で原発事故さえなければ救える命が、見捨てられ放置されていたのを、ごめんなさいと言いながら逃げるしかなかった苦しさを語る木幡さん。

原発立地である大熊町の行政は、他の町村に比べればはるかに多くの情報を手に入れることができた(この不平等にも驚かされ、怒りが湧いてくる)が、首長を始めとした担当者たちの原発事故による放射能の危険性に対する無知と、住民を救おうとする意識の薄さのために、多くの困難を強いられたという感がある。ヨウ素剤が用意されていたにもかかわらず、それを飲ませることの意味や必要性を、役所の人々が全く知らなかったということも怖いことだ。
大熊町は立入禁止だったが、猫や犬を置いて逃げださなければならなかったのでこっそりエサをやりに通った。しかし次々にやせ細って死んでいってしまった「ネコさん」や「犬さん」の事を語る声が詰まる。自衛隊や警察の方たちがそんなペットたちに餌をあげてくれていたことを、「とてもありがたかった」と感謝の言葉を述べ、野生の猿の姿が見えなくなっていることも心配気に話す木幡さんの優しさが胸を打った。

木幡ますみさんは徹底的な脱原発でありながら選ばれて、東京電力のモニターになっていたことがあったとのこと。
そして 2004年にモニターと東電の幹部が一堂に会し、第一原発を視察した時「こんな地下に非常用電源があったのでは役に立たないのではないか。自家発電機を安全なところに設置して欲しい」と要望したという。
その時勝俣は「メルトスルーは決して起きない」「だからそんな必要ない」「もしそんなことが起きたら謝る」と言ったそうです。
「でも、まだ謝りに来ないよ」「大勢のモニターがいて、みんな聞いていたんだから」
専門家では無い木幡さんがこんなに見抜かれていたことにも、驚かされました。


三番手の木田節子さんは発言者としてだけではなくスタッフとして準備から関わっていただきました。
そんなことから遠慮されたのか幾分いつもより控えめな発言でしたが、木田さんの生まれ故郷岩手県の原発を阻止し、昨年亡くなられた岩見ヒサさんの事跡と著書を紹介してくださいました。田野畑村には岩見さんの「吾が住み処 ここより外になしと思ふ 大気清澄にして 微塵とどめず」の歌碑が立つと言います。

木田さんはご自身のFacebookに「お話会より交流会、交流会よりその後、そして一泊していただき今朝の朝ごはんの時も、二人の話は途切れることなく問題発言いっぱいでした。」と記しておられます。木幡さんとは長いお付き合いなのに、初めて聞く話がいっぱいだったとのこと。場の雰囲気だったのか?今まで歯に衣着せない発言に対して、様々な抑圧を受けてきたのに、大熊町町議会選挙で上位2位の得票だったことが、木幡さんを支持する人が実は多かったという証で、吹っ切れてきた部分があるので はないかと思うと木田さんが言っておられました。木幡さんの魅力は何よりも明るさ。そして物事の本質を見る鋭さと、直感力。初めてお会いしましたが、いっぺんにファンになってしま いました。
『木幡さんは昨年の大熊町議選に立候補され、見事に当選!それもトップとはわずかな差の2位で。夫の木幡仁さんは以前大熊町の議員であったこともあり被災後にあった町長選に立候補してわずかな差で破れました。今回の町議選に立候補する件には大反対したそうです。震災以降避難所で「大熊の明日を考える女たちの会」を立ち上げ、ずっと走り続けてきたますみさんを心配してのことでしょうが「このままでいいのがい?」と反論するますみさんとは現在でも意見が合わないとか。そんな時には、震災後に生体間移植で自分の腎臓を提供した話を持ち出し「なんだかんだ言うなら腎臓返せ!って言ってやんだ」という話に、思わず爆笑。
※腎臓移植についてのお話はフォトジャーナリスト・山本宗補さんの写真集「鎮魂と抗い、3.11後の人々」(彩流社より出版)に紹介されています。夫婦で頑張ってきた、今も頑張り続けているお二人のエピソードです。

2次会は交流会。
木田さんを応援してくださる方から届いた差し入れの数々。新潟県津南町の人参ジュース、こんにゃくやおいしい島みかんもどれもみな美味しくいただきました。



『お話会が終わり、残った12名が参加した交流会でカンパーイ!
メニューは長田先生手作りの本格的なカレー3種とカボチャサラダ、イカと大根の煮物。

二間ぶち抜きの和室がある古民家だからできるお話会。皆さま、次の機会はぜひご参加を

おいしい、おいしい!と、何でも食べてくれたますみさん。この日は、翌日渋谷であった講演会に参加のため「ともいきの郷」に泊まっていただきました。
古民家でのひとときに帰れなくなった大熊町の自宅を思い出すのか、いいね!いいね!を連発。
「縁側の雰囲気、うちもこんな感じなんだ。うちは180年前の家を何回も何回も直して住んできたんだよ。震災前には台所を直したばっかりだったのにさ、180年経ってるから資産価値がないなんて言われて賠償の評価は二束三文。お金もらってっぺって言う人たちは、その辺の事情なんかわがんねえんだよな」・・そうなんだよね。』
上記は木田さんのFacebookから

大きな衝撃を受けたのは、ともいきの郷に泊まって翌朝起きてこられた木幡さんが、嬉しそうな晴れやかな笑顔でおっしゃった一言を聞いた事でした。
「久しぶりに大きな布団で眠れたのでゆっくりしました。とてもいい気持ちです」
一瞬、意味がわかりませんでした。私たちには消して潤沢な資金があるわけではないので、郷の布団は上等な布団ではありません。しかもシングルサイズの普通の布団です。
すると木幡さんは、続けて
「仮設住宅は狭いので、縮こまって寝ているんですよ。いつも。
昨日はおいしいもの食べさしてもらっていい布団で寝かせてもらってよかったです」と言われたのです。
こうやって交流して初めてわかることがいっぱいあります。
福島の子ども達だけではなく、仮設住宅におられる方々にも来ていただいて、時に手足を伸ばして休んでいただくことも、必要な支援だと、改めて思いました。

前日の交流会の残り物だけではなく、木田節子さんが小松菜のおひたしやお味噌汁、きんぴら、焼き魚など作ってくださったので、とっても豪華な朝ごはんになりました。小松菜や白菜は八郷の有機農家の佐藤守さん有里さんの差し入れでした。


昨晩の牛肉たっぷりでおいしい「芋煮」は木田節子さんの作品。大量の「焼き鳥」も木田さんの差し入れでした。



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福島の話を聞きく会を開催します。

2015年12月23日 | 保養
福島の今―
いまは福島のこと、いつかはあなたの町のこと―

2016年1月16日(土)午後2時~ 

本郷ともいきの郷 土浦市本郷1403-1  主催:福島応援プロジェクト茨城
                                   
事故後丸5年を目前にしている今、福島では何が起きているのか?原発の危険と健康被害を訴え続けている飛田晋秀さん、木幡ますみさん、木田節子さんをお招きして、お話を聞かせていただこうと思います。ぜひご参加ください。
 事故の原因究明もなく、収束の先も見えない中、福島では子どもの甲状腺癌や白血病の多発、様々な病気の発病が報告されています。そして、支援の打ち切りとセットで強制されている避難者の福島への帰還など、被災者にとって厳しい状況が突きつけられています。
 富岡町から水戸に避難している木田さんは、「いまは福島のこと、いつかはあなたの町のこと」と、ともすれば無関心になりがちな私たちにfacebookを中心に発信し、警鐘を鳴らしています。
 三春町在住の写真家飛田さんは、「事故を風化させない」、そして「福島の現実と福島県民の思いを知ってほしい」という思いで写真を撮り続け活動しています。www.hida-fukushima.com/
 木幡ますみさんは、大熊町の明日を考える女性の会代表として活躍し、このたび大熊町の町会議員に当選され、故郷の人々の為に尽力しています。masuminosola.blog.fc2.com/


参加費 無料
お話会終了後、5時より  
交流会をいたします。
参加費500円   
ご参加希望の方は、前日までにお申し込み下さい。


福島応援プロジェクト茨城は福島県の子供たちを始めと
した被災者に保養の機会を提供しようと2011年に発足し、
2014年、土浦市本郷に拠点として「ともいきの郷」を
整備しました。今までに6回の保養キャンプを実施し、
今後は大人も含めた自主保養の機会も増やしていきた
いと考えています。
一緒に活動してくださる方、運営資金のご協力をして
くださる方を求めています。事務局までご連絡ください。
http://blog.goo.ne.jp/oueniba

小張佐恵子
携帯 090-9108-0464 
メール saekoobari@gmail.com
「ともいきの郷」 土浦市本郷1403-1

カンパをお願いしています。

郵貯振替口座  00180-2-466753
加入者名 福島応援プロジェクト茨城

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「常総市民避難所支援有志の会」炊き出し

2015年09月27日 | 保養


「常総市民避難所支援有志の会」よりのお願い
私たちは、9月17日よりつくば市に避難しておられる常総市水害避難者の皆さんに炊き出しを始めました。
避難所の食事が あまりにも寂しくて野菜が足りないので、皆さんの健康が心配になったからです。

土浦友の会、ゲルソンランチの会、ボランティア協議会、そして私たち福島応援プロジェクト茨城のメンバーと、たくさんのボランティアの方が集まってくだ さって、つくば市前市長藤沢さんのお宅の調理場をお借りして、具沢山の味噌汁やおかず、サラダや漬物を作って、連日運んでいます。

フードバンクさんを通じて茨城県生協連合さんや、有機農業生産者の方々などが食材を無償で提供してくださっています。
それだけでは全く足りないので、募金を求めて食材をまかなっています。
趣旨にご賛同いただける皆様にご協力をお願い申し上げます。

 常総市民避難所支援有志の会 代表 小張佐恵子



以下は報告です。

12日、福島の避難民である木田節子さんが、「お世話になっている茨城県に対して自分も何かしなければならない気持ちなので連れて行って欲しい」と言うことで一緒に出かけた。

着いて入り口でボランティアの登録などを済ませると、玄関に車が到着して、寄贈されたとおぼしき大量のカップ麺が届いた。
玄関ホールには昼食の海苔も巻かれていない、たくあん2切れだけ入ったそっけないおにぎりパックと水や野菜ジュースが並んでいる。
交流センター入口のところにテーブルを並べて運んだカップ麺を置くと、市役所の方が「お箸がない」ので、これは提供できないという。
「いやーお箸くらいなんとかできるでしょう」と私は言って、交流センターの方と一緒に調理室に探しに向かうと、案の定棚の中には大量のお箸があった。
次には「お湯を沸かすのが大変だ。 難しい。」という市役所の方の声。
ちょっと待つうちに、なんとかするという声が出てきた。湯沸かし室に行ってみると、 90度のお湯が出る給湯器があるので、ポットにどんどん溜めるだけですぐに準備ができた。同時に、調理室のヤカンでお湯を沸かすボランティアさんもいる。
湯の準備ができてみると、市役所の男性の方が「お湯をこぼして火傷するようなことがあってはまずいので、やはり提供するのはやめよう」と主張される。この極めつけの発言には心底驚いてしまった。後でみんなで昼飯を食べながら話し合うとボランティアの皆が同じ思いだったのを知ることになる。

基本的に用意されているのは、冷たいおにぎりと冷たい水、野菜ジュース。菓子パンなので、暖かいカップめんがあれば、お汁がわりになって良いだろうと思う。

「気をつけて面倒みてあげればだいじょうぶ! なので、お出ししましょう」と強く提案して、結局各部屋ごとにボランティアさんが1人ついてお世話することになり、ようやく無事に食べていただくことになった。

私は1階の和室の担当で、お湯を注いであげたり、お箸を運んできてあげたりしながら皆さんのお話も聞かせて頂けた。
それにつけても、野菜やおかずの類は一切なしで、炭水化物だけのわびしい食事である。

食事が済んだ頃になって、用の済んだ箸を回収しに2階を廻ってみる。どの部屋も床は固いピータイルで、そこに毛布を引いて夜は休んだらしい。和室なら畳なので、多少は柔らかいと思われるが、それでも毛布だけの寝具では、ゆっくり休めないのではないかと心配だ。


お風呂は市内3カ所で、無料で入れるようになっているらしいが、案内板の掲示がとても小さくて、その情報が行き届いているのかどうかちょっとわからない感 じだ(その後あちこちの入浴施設の一覧表が掲示されるようになった)。廊下を通り掛かりに、携帯電話で知人と話している声が聞こえてきた。「心配しない で、もう大丈夫。食べるものも用意してもらっている。でもほとほと疲れたよ」・・・声の感じでは、さぞかし疲れているのだろうと思われた。
1時過ぎ、先に失礼することにして交流センターをあとにしたが、残ったボランティアの方たちも、やることがないので3時には解散になり、以後ボランティアは必要ないと断られることになった。

一夜明けて考えてみると、これは避難所生活の改善の余地がもっとあるのではないか。「もう少しマシな食事を提供することや、ゆっくり休める寝具を用意することができないのか、模索しませんか」と社協ボランティア連絡会副代表を務める矢沢容子さんと話し合った。

矢沢さんはゲルソンランチの会の代表で、昨日のボランティアも会のメーリングリストで声をかけてもらって行くことができたのだ。ボランティア連絡会のメンバーでなければ、原則的にボランティアも入れないとの事。
避難所のボランティアは、初めての経験だったが、行政の人たち全体に優しさや温かさと言う感じが少なくて、なんだかとても殺風景な感じがして、ホスピタリティーマインドが足りない感じだ。

つくば市が、物心ともにこんなに貧しいサービスしか提供できないのかと思うと、残念だ。

 13日朝一番に、福島応援プロジェクト茨城の代表長田満江さんと、つくば市議の金子かずおさんと3人で、市役所の危機管理課に現在の状況と話を聞きにいった。

つくば市の基本的考え方は、避難所ごとに差が出ないように公平を保つという事を優先順位第一に考えるので、炊き出しをしたいという私たちに、「するなら全 員600人分をやってもらいたい」との事。 600人は普通なかなかできないので、みんなすごすごと引き下がるしかない。
寝具については、改善をする考えも計画も無いとの事。
この日から10日以上経っているが、この「公平」と言う概念がそこかしこで行動を縛るのを目にしてきた。とにもかくにも市役所の担当者には、何とかして避難者の生活レベルを改善しようという意思はないように見受けられた。
どうにかならないだろうかと模索する私たちに、次のハードルが待ち受けていた。つくば市は保健所が厳しいので、検便などをしていない一般の人の炊き出しは無理だろうという声が聞こえてきた。市会議員さんや色んな人に聞いてもらってもらちがあかない。
たまりかねて自分で直接保健所に電話して聞くと、「こういう事態ですから、格別、お腹の具合が悪かったり体調の悪い方が調理しない限り、きちんと火を通して、交流センターのようなところで調理するのなら問題ないので、どうぞよろしくお願いします」

とあっさり言って下さる。誰か本当に保健所に問い合わせてダメだと言われたのか???

それから、交流センター調理室を貸していただけるように問い合わせてもらったが、使わせていただけないとのこと。
昔から懇意にしている藤沢順一さんにお願いして、保健所の許可も得ている、お宅の調理室をお借りすることが出来た。

矢沢容子さんが色々な方に声をかけてくださったことで人手も確保でき、ようやく炊き出しが許可されて、始められることになったのはなんと5日目だったのだ。

16日から準備を始め、 17日からスタートを切る。
夕食は筑波青年会議所がお汁を配っているというので、昼食に野菜たっぷりの味噌汁と野菜の浅漬けを作って届けた。
400食を作って行ってみると、実際には片付けなどに出かけていて4カ所合わせて150人くらいしかいなかったが、とにもかくにも喜んでくださったので、まずは3日続けようと、話し合う。

ボランティアメンバーは、矢沢さんが八方手を尽くして声をかけてくださったので、つくば食生活改善協議会、土浦友の会、ゲルソンランチの会、ボランティア協議会、そして私たちの福島応援プロジェクト茨城のメンバーと、たくさん集まってくださった。
様々なグループの集合体なので、「常総市民避難所支援有志の会」と名前をつけた。

あちこちに声をかけると食材を寄付して下さる方がたくさんいらしてとても助かる。

もちろんそれだけでは足りないので、立て替えて調味料野菜や肉などを買い足して、募金をお願いすることにする。

20日は休んだが、 21日からも継続しようということになり26日まで9日間、約120人から150人分のおかずやスープ、味噌汁などを避難所に運んだ。
避難所におられる皆さんは、野菜たっぷりの炊き出しを、とても喜んでくださっている。

21日の炊き出しは、肉じゃがと、茹でたブロッコリーのあんかけ。

谷田部体育館で配膳をしていると、茨城県から派遣されてこられた栄養士の方が、

私たちの調理した野菜料理をみて、「何て素晴らしい! これこそ皆さんに食べて頂きたい理想最高の食事です。 ありがたくて泣けてしまいます」と仰ってくださる。
避難者の方からは、一方ならない感謝の声をいただいているが、行政の方からこんなに感謝されたのは初めてのこと。
NHKのニュースで「こちらには、避難所で偏りがちな栄養面、食事のケアを担当する栄養士の方たちもいます。」と報道されていて「野菜等を選んで食べてほ しい」とコメントしていましたが、「そもそも野菜料理はお弁当に入っているほんの小さなもの以外提供されていないのだから、選びようがありませんよね。だ から私たちはこのボランティアを始めたのです」と、言ってしまった。
「私たちには、こういう料理を調理して出してあげることができないので、本当に助かります」と重ねてと仰る。
私が配膳する隣のテーブルには お弁当や 山盛りの バナナの箱、 大量の 飲料水や ジュース。 レトルトパックのお粥などが並ぶが、お弁当やバナナなどは食べきれずに 毎日大量に捨てているとのこと。
このお金や人手の無駄遣いは、 なんとかならないのだろうか?

避難者の体調や気持ちの苦しさについて、心を寄せる様子の、あまりに少ない行政の対応!
根本的には、食の重要性に対する無関心と見ることが出来る。

 行政に、防災対策組織に、女性や専門家の視点と意見が反映されない、システム上の欠陥を感じる。 行政が本気になれば、もっと効率的に快適な避難所の運営が出来る筈。寝具や環境も劣悪なままのところが多いようだ。

食材費を手当てして、市がボランティアを募集してくれればあちこちで炊き出しができ、廃棄の無駄も防ぐことが出来る筈で、避難者の健康と精神の安定維持に寄与できる。

常総市で、「おにぎりと水さえあればいいので、炊き出しは要らない」と 断られた避難所があると知人のボランティアさんから聞いた 。
重大な人権問題だと思う。

炭水化物だけでは、健康は保てないどころか、炭水化物の比率を減らした方が、より健康に良いということが言われている。
野菜の酵素やビタミンミネラルが必須。

つくば市でも、問題は山積だ。

つくば市は被災していないのだから、もっと暖かい支援ができる訳ではないか。

茨城県て、日本て、こんなに貧しかったのか???
いや、違う! 意識と認識の問題だと思う。もっと言えば、思想と哲学の問題だと考える。

常総市の現場もつくば市の避難所も、担当者が日替わりになり、情報化社会と言われて久しい中で、人々の要望や不足物資の情報がなかなか回り切れないと言う実態がある。

311震災時の時も、同じ問題があったと聞く。
災害列島の日本だから、いざという時のために、今回の経験と反省を活かしていかなければと痛感する。

今、ご家族が使われて車がない日はレンタカーまで駆りだして水戸から通い、一緒に全力で頑張ってくださっている富岡町避難民の木田節子さんの「今は福島のこと、いつかはあなたの町のことに」という言葉をかみしめながら、この不条理を放っておけない気がしている。

今日は27日。 2週間以上この炊き出しに駆け回ってきたので、長田さんも私も、
自分の仕事が山積みになって、にっちもさっちもいかなくなっている。

木田さんが「なんとか続けましょうよ」と言ってくれているので、今後の予定を話し合おうと今朝もまた電話をかけまくる事になっている。

9月27日


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茨城の夏ゆっくらキャンプ報告2

2015年08月16日 | 保養
今度の茨城の夏ゆっくらキャンプは、かつて無く大勢の皆さんが協力してくださいました。

お子様連れで参加してくださったママさんたち6人を含めて、参加してくださった方たちは全部で60名以上おられました。


昨年同様全期間通じて協力してくださった片平さんは、前回と同じく福島へのバスでの送迎もご一緒してくださいまして、朝から夜中まで子どもたちに細かく心配りをしてくださいました。
片平さんは福島出身の元学校の先生で、現在学童保育の指導をされているベテランで、心強い味方です。


長田と小張の他に、大和和尚さん、京都から窪さん、滋賀県から山田さんが参加してくださり、4人が連続泊まり込みで協力してくださいました。計6人。



富岡町から水戸に避難している木田さんは、2泊して日帰りも含めて4日間協力していただき、芋煮や豪華フルーツポンチを作ってくださいました。
その上に、福島へ送るバスにもご一緒してくださり、木田さんの避難者証明書の提示のお陰で帰りの高速代金が無料になりました。ありがたい!



ひたちなか市や水戸市のリリウムの会からは荻さん、岩崎さん、塩谷さんの3人で1泊2日の協力。
田吹さん、茂木さん、吉葉さんは、大和さん、窪さん、山田さんたちと一緒に子供たちの見守りやプールの設置や片付け、テントの設営など力強い協力をしてくださいました。



差し入れや寄付をして下さった多くの皆さま、往復のバスを格安で出してくださった玉里観光さん、

電気工事をボランティアでしてくれた従兄弟の加藤勇さん、その他書き切れないくらいの皆様の善意によって支えられているのが、福島応援プロジェクトのゆっくらキャンプです。


女の子の1人は、5日目だったか6日目だったかに、「あと1ヶ月はここに居たい」と言ってくれて、 「あと半月も続いたら、私たちは倒れちゃうぞ」と内心思いながらも、とても嬉しい気持ちになり「そうか、うんうん」とニコニコしてしまいました。

便秘などでお腹の調子が悪い子や、風邪が治りきらないで参加した子など何人かいて
体調不良の子供が今までになく多くいましたが、休ませたり、私たちなりの手当てをしたりで回復し、お医者さんにかかることもなく元気で無事に福島に送り届けることができました。

終了後は、ボランティアの分まで含めるた21枚の敷き布団や枕を干したり、大量のカバーやタオルケット、敷布を洗濯し、
掃除をしたりで再び汗をかきました。

今後は、福島応援プロジェクトの方向性を、ご協力いただいた皆様と話し合っていきたいと思います。

お力添え、本当にありがとうございました。心より感謝申し上げます。

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茨城の夏ゆっくらキャンプ~2015年報告です。

2015年08月15日 | 保養
2015年8月2日。元気に到着した12人をともいきの郷に迎えて、キャンプ開始。この可愛い旗は片平さんが作ってくださいました。

まずお互いの自己紹介とキャンプ中の生活の注意点について説明をしました。毎日新聞社が取材に来てくださって、翌3日の朝刊に記事を掲載してくださいました。
郷のお風呂が狭いので、まず汗を流してもらおうと車を連ねて、阿の山中腹にある「いやしの里」の露天風呂にいきました。夕ご飯は鶏のグリルとスープ、生野菜。
2回目の参加は3人の兄弟だけですから、9名は初めての経験です。緊張や興奮もあって夜中1時ごろまで寝付けない子もいて、大変でした。

8月3日 2日目。午後「ものづくり工房ヘパイストス」の協力で工作教室。


バーベキューパーティでは、この度たくさんの寄付をしてくださった桜霞ライオンズクラブから平田さん他4名の方が来てくださってお手伝いをしてくださいました。


食後には、去年も来てくださったソプラノ君が美声を聞かせてくださいました。


8月4日3日目。小張の夫の車もだしてもらい、車を連ねて、筑波山中腹のベゴニアガーデンまで行き散策しました。ここには羊さんがいっぱいいて、脇を流れる沢に沢ガニがいます。沢ガニ獲り名人の小張夫が石を動かしてみつける方法を教えて、しばし夢中に。

筑波山の麓まで戻って、神郡(かんごうり)にある障害者の施設「自然生クラブ・田井ミュージアム」に行きました。

ここの皆さんは有機農の作業をしたり、絵を描いたり、太鼓や舞踊をしたり、とても生き生きと生活しています。アトリエを見学し、ミュージアムでダビデ王を題材にした新作を披露していただき、鑑賞。

その後、太鼓や様々な楽器で一緒に演奏しました。



お昼ご飯は自然生のカフェで、皆さんが作って収穫した野菜や小麦粉で作って頂いた、さまざまな種類のピザとパスタを、これ以上食べられないというまでお腹いっぱいいただきました。
自然生の代表の柳瀬さんが汗みずくになって作ってくださったのです。
午後は花畑公園の屋外プールに行きました。

小森谷さんのグループがお子さんたちと一緒に3人で待っていてくださり、大学生の2人のお兄さんと水戸から来てくださった荻さんと2人の大人が、皆さんで事故のないように見守りながら、一緒に遊んでくださいました。たっぷり遊んで夕ご飯はお肉の生姜焼き。
体を動かしたので、さすがに疲れたらしく、夜はぐっすり寝てくれました。

8月5日4日目。午前中は土浦市小野の小町の館体験館でそば打ち体験。

常総市から桜井さんと吉田さんが自分の道具も運んで来てくださって、指導してくださり、 7つのグループに分かれてそば打ちに挑戦。長田と小張は小松崎さんに手伝ってもらいながら天ぷら作り。自分たちで作ったおそばを思いきり食べて、大満足の子供たち。

連日の猛暑にくたびれてきたので、山遊びはやめてともいきの郷に戻ってゆっくりすることに予定変更。また体力の余っている子供たちは庭のプールで元気に遊んでいます。

家の中でゲームをしたり、本を読んだりそれぞれ自由に過ごしました。 4時からは隣の石岡市で有機農業をしている佐藤由里さんが「手当法」のワークショップを開いてくださり、頭蓋仙骨手当を学びました。

終了後はジャンべを演奏していただいて楽しく踊りました。

夕食は子どもの大好きなカレーライス。

8月6日5日目。今日は広島に原爆が落ちた日。平和の鐘一振り運動に子どもたちと参加しました。 子どもたちはなかなか言うことを聞いてくれず騒がしいので、ついつい大きな声で叱責しなければならない場面も多々ありましたが、 そんな中でも、薦めたわけでもないのに、本箱の「はだしのゲン」や、童話屋編集部からでている、「日本国憲法」を熱心に読んでいる子も多かったのです。

朝食の時、長田先生が「今日は70年前広島に原爆が落とされた日です。多くの人々、多くの子どもたちが命を奪われた日です。平和を願い、亡くなった人々の魂を慰めるために鐘を衝きに行きます。みんな参加してくれるかな?」と話すと、全員が手を挙げてくれました。つくば市栗原の北斗寺に向かい、地元の参加者も含めてみんなで一振りずつ鐘を衝きました。合計27人。


郷に戻るとほどなく、ウララフレンドハウスのみなさんが来てくださり、折り紙教室を開いてくださいました。


昼食は長田先生の念願だったそうめん流し。菊地さんがつくば市のNPO「華の木」の棟梁さんから 借りてくださった竹製のそうめん流しセットを連ねてワクワクのイベントになりました。


午後は子供たちはプールに入ったり、本を読んだりカードをしたりとそれぞれに自由に過ごしました。


夕食には守谷市から来てくださった丸町さんのグループが、買い物からすっかり引き受けてくださって、煮込みハンバーグの豪華な夕食が出来上がりました。
夕食後には金子さんがオカリナを演奏してくださって、楽しく歌を歌いました。

8月7日6日目。 今日は午前中ハイキング。
午後は荷物の整理などをして、お別れ会のちらし寿司とスイカのフルーツポンチの夕食後に花火とキャンプファイヤーで盛り上がりました。




8月8日はとうとう最終日。 9時に出発して福島に向かいました。

いつもはバスの中で、 1人ずつ感想を述べてもらったりしたのですが、小張のパワーが今一歩足りなくて、トイレ休憩以外どこにも買い物にも立ち寄らず福島駅にまっしぐらと向かいました。
保護者の方にお子さんたちをお渡しして、ほっと肩の荷がおりました。
詳しい報告はまたいずれいつかするにしても、取り急ぎ簡単なレポートでございます。

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8月14日(金)のつぶやき

2015年08月15日 | 保養

F1から高濃度放射性水蒸気の噴出が止まらない
冷静にデブリの状況を分析すれば止まるはずが無い事は判断できる。自然収束などあり得ない。
よって、最低でも11月~12月にかけて首都圏を含めた約4000万人に避難勧告が出されるpic.twitter.com/fqrbu1PjsD
急病人
渋谷

小張さえこさんがリツイート | 4 RT


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