福島応援プロジェクト茨城

福島の子ども達の保養のために!

クリスマス パーテーのお誘い

2016年12月08日 | 保養
福島応援プロジェクト茨城 クリスマス パーテーのお誘い

12月23日(金) 14:00~16:30
 場所:ともいきの郷 土浦市本郷 1403-1


 今年も、はや師走を迎え、福島原発事故からもうすぐ6年になろうとしております。
 原発の放射能汚染のために故郷を離れて避難された皆様は、ようやく落ち着いて生活が営まれてきたのに、福島に帰還せよという動きが急になってきています。
特に自主避難の方々は、住宅支援の打ち切りを告げられて、その期限が迫ってまいりました。
私たちは、この問題をみんなで考え取り組んでいかなければならない問題だと考え、茨城支援の会を立ち上げました。 帰還政策を受け入れることは、 放射能の危険性、つまり 被ばくの問題を無いものとする政策を、受け入れることと一緒です。

今後、できる限りの支援を行い、 話し合いを重ねながら前に進んでいきたいと思います。

それはさておき、避難者の方を交え、忘年会を兼ねた楽しいクリスマスパーテーを開きたいと存じます。
お誘い合わせの上是非ご参加くださいますよう、日程を調整していただけるようにお願い申し上げます。


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「福島原発事故避難者支援」を話し合う会

2016年11月30日 | 保養
「福島原発事故避難者支援」を話し合う会を開きます
12月1日(木) 15:00~ つくば市民活動センター
         〒305-0031つくば市吾妻1丁目10−1
         つくばセンタービル1F

いま、日本全国1万2千世帯の自主避難者に対する住宅支援が、来年3月で打ち切られようとしています。11月現在、つくば市にも茨城県最多の538人の避難者がおられ、そのうち17世帯が自主避難者として住宅援助の打ち切りが告げられています。特に小さいお子さんを抱えておられる世帯では、線量も高く、ライフライン・教育施設・病院などが整備されていない状況にある福島への帰還は考えられないことだと思います。
この困難にして非情な状況を、日本に住むすべての人が自分のこととして考えていかなければならないと私たちは考えています。
福島への帰還政策と支援打ち切りという現在の方針は、これで留まるとは限らず、今後、福島からの避難者全員への帰還強制・支援打ち切りとなる可能性があります。現に、原発の立地自治体大熊町が平成30年には町役場を完成させて町民を戻そうとしている動きがあります。避難している皆さんは全員、明日は我が身ということになりかねないのです。
福島の現状を見ると、さらなる汚染が起きないとも限らず、健康被害が今以上に深刻化していくことは避けられないでしょう。
各方面で裁判も起こされていますが、あらゆる場で、避難や保養の権利を様々な形で、粘り強く訴えていかなければならないのではないでしょうか。福島応援プロジェクト茨城は、この度の市長選挙に先立ち、候補者3名に避難者支援に関するお考えを伺うアンケートをお願いしました。市長となった五十嵐立青さんからは、積極的に支援をしていきたいというお答えを書いていただきました。
五十嵐さんには、つくば市長として県や国に対して避難者支援の継続を求める声明を出していただけるように、懇談会を開いて求めていきたいと言う提案も出ています。
当事者の声を聞き、私たちにどういう支援が可能か、必要かを話し合う場を設けたいと存じます。現在、打ち切りを告げられている避難者の方だけでなく、告げられていない避難者の方も含めて、ご参加いただきたくご案内申し上げます。

2016年11月28日                      
        呼掛け団体 福島応援プロジェクト茨城
             連絡先:長田満江 
                 小張佐恵子

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福島原発事故による避難者の移住支援についてアンケート

2016年11月10日 | 保養
福島応援プロジェクトは、来春の自主避難者の住宅支援打ち切りに伴って、今後の生活に困窮する方が多く存在するつくば市において、支援の必要性についてのお考えを伺うべく、以下のアンケートをつくば市長選挙候補者3名に送付いたしました。
大泉ひろ子氏、五十嵐立青氏から回答を受けましたので、お知らせ申し上げます。
なお、飯岡宏之氏からはご返答いただいておりません。

つくば市長選立候補者アンケート
---福島原発事故による避難者の移住支援について---

                                                    2016年10月6日
前略、 現在市長選挙に立候補しておられる方々のお考えをお伺い致したく、アンケートへの回答をお願いいたします。
私たちは、2011年、福島第一原発事故直後の7月、原発事故で被ばくし高線量下の地域に住み続けている子どもたちに、せめて短時間でも線量の低い地域で保養してもらうため、「福島応援プロジェクト茨城」を立ち上げた者です。私たちは、子供たちの保養支援だけでなく、県南地域に暮らす避難者の皆様との交流支援も続けてきました。
 このような民間団体による取り組みは日本各地にあり、地方自治体が避難者の生活や保養の支援を単独で実施したり、市民との協同で実施している場合もあります。自主避難者の移住支援に関して言えば、岡山県や長野県、山梨県北杜市、京都府などで、以下のような取り組みがなされています。
 福島第一原発事故から5年7ヶ月が経ち、現在日本政府と福島県は、福島県の一部地域について帰還政策を進めています。
さらに来年 2017年3月以降は自主避難者への住宅支援を打ち切ることにしています。しかし成長期の子供を抱えた世帯では、インフラ整備も整わず、未だに線量の高い地域が点在する場所へと戻る事を望まない人々が多いのが真実です。平成24年に避難の権利の保障を宣言した「原発事故子ども・被災者支援法」が創設されましたが、法整備が進まない状況の中、政府による自主避難者への支援は、ほとんど手が付けられていないため、困っている方が多くおられます。
私たちは、人権を守る自治体であるつくば市には、自主避難者への多様な支援を是非とも実施して頂きたいと考えております。これはつくば市のイにメージアップにもつながり、また福島以外の地域からの移住促進のプラットホーム形成にも役立つのではないかと思います。
 お忙しい中とは存じますが、10月末日までにご回答くださいますようお願い申し上げます。
ご回答は新聞社・ミニコミ誌に送るとともに、私どものホームページやFacebookなどでも公表させていただきます。
回答書は同封の封筒に入れ、投函くださいますようお願い致します。
                     福島応援プロジェクト茨城代表 長田満江
                                  

(1)岡山県.岡山、倉敷、津山などの8市が、移住支援協定を締結。
http://saigaijyouhou.com/blog-entry-2645.html 2014年5月県外からの移住希望者に住宅
情報などを行政レベルで提供する移住支援協定を結んでいる。
(2)山梨県北杜市では避難・移住を検討する際市役所で相談を受けたり、引っ越しの支援、避
難・移住のための下見や保養のための一時滞在の場合の宿泊費支援などの相談に応じている。
   http://tsunagarunet43.blog.fc2.com/blog-entry-40.html
(3)長野県では避難者用として安価な借家やアパートの登録制度を設け、情報提供をしている。
  「手をつなぐ3.11信州」http://tewotunagu311.net/?page_id=58
(4)京都府では、事故後積極的に避難者や保養を受け入れてきたが、現在避難者に限らず、今後福島から移住を求める人にも住宅物件探しや仕事探しなどの支援を行ってい 
   る。 京都移住コンシェルジュhttp://kyoto-iju.com/about
(5)その他公営住宅の提供(無償/有償)や住宅費補助なども考えられる。

 

---福島原発事故による避難者の移住支援についてのアンケート---

 お名前                                    

Q1 つくば市として今後、福島原発事故による避難者の移住支援を行うべきだとお考えになりま
すか? どちらか一方に丸をおつけください。
A. 支援を行うべきだと考える  
B. 支援を行う必要はない

Q2 A「支援を行うべき」と答えられた方は、つくば市としてどのような支援をすべきとお考えで
しょうか?【別記リストの番号、または自由記述でお願いします】


Q3 B.行う必要は無いと答えられた方は、どのような理由で必要がないとお考えでしょうか?
      ご意見をお書きください。

Q4  つくば市としては今後、市民によって行われる福島県の子どもの保養活動などに、援助や支援を行うべきだとお考えになりますか? どちらか一方に丸をおつけください。
A. 支援を行うべきだと考える  
B. 支援を行う必要はない


福島原発事故による避難者の移住支援についてのアンケート回答

 いがらし立青氏
Q1. A 
Q2. 原発立地自治体の方と、それ以外の自治体の方によって資金力が大きな差があることが一つの大きな問題。立地自治体以外から避難されている方や、自主避難をされた方は東電からの補償が限定的なため、公務員住宅から出ることができない状況がある。市として空き家住宅の斡旋や、それらのリフォーム補助などが考えられる。

 避難者の相談やネットワーク化を支援している活動に対しての資金面や情報提供面の支援も必要。住民票を移していない方には一元的な情報提供がされないケースもある。そういった方にも常に寄り添う姿勢で、相談窓口を設け、あらゆるライフステージにおいて相談できる体制を作ることが安心感にもつながる。

 私の妻の両親は、南相馬在住だった。沿岸から数十メートルにあった自宅は津波で跡形もなく流され、つくばの公務員住宅に入居できるまでの経緯はひと言では言い表せないものであった。つくばへの移住を考えていたが、東電からの補償がない自主避難のため適切な金額の物件を見つけることができず、結局牛久に何とか手の届く中古物件のめどが付き、引っ越しの準備をしている段階である。

 震災から5年以上が経ち、世間では忘れられかけている問題であるが、私にとっては現在進行系の問題である。何より必要なことは、忘れられていない、寄り添われているということを当事者が感じられることであると思う。行政の支援はもちろん必要であるが、貴プロジェクトのような地道な活動の価値は大変に大きいと考える。ご支援に心から感謝致します。

Q4 A

 大泉ひろ子氏

Q1 答 A  支援を行うべきと考える

Q2 答 A  日本は難民救済に消極的であることが、国際社会で指摘されてきた。
福島の原発事故による避難は、難民とは異なるが、原発事故は東電の問題だけではなく、国のエネルギー政策にも責を負うべきものである。
したがって、自主避難であるにせよ、国、○○○(判読不能)団体ができる限りの支援をしなければならない。住宅補助(さまざまの方法で)をはじめ、自立援助、学校教育のカウンセリングなど、きめ細かな支援をすべきと考える。

Q4 答 A 支援を行うべきと考える

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藍生葉染教室開催。

2016年09月04日 | 保養
藍生葉染教室開催。
9月10日(土)9:30~講習料500円 材料費実費1,000円~3,500円
場所 ともいきの郷 土浦市本郷1403-1


今年の福島応援プロジェクト茨城の夏のキャンプで 藍染教室を開きました。小張夫が育てた藍草の葉っぱをみんなで摘み、洗った葉をミキサーで擦りつぶし桶に貯めます。水で濡らしたシルクのハンカチを液の中で揉んでいると、 2 ・ 3分で鮮やかなターコイズブルーに染まります。生葉染めは夏だけのサプライズ染色。液をアルカリで還元して、木綿のストールも染めました。福島の子どもたちも大変喜んでお土産に持って帰りました。まだ藍の葉っぱがいっぱい茂っています。一緒に染めてみませんか。

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茨城ゆっくらキャンプ2016報告です

2016年08月16日 | 保養
福島応援プロジェクトの「茨城ゆっくらキャンプ2016」は
7月31日から始まり、8月6日で終了しました。

けが人もなく、病人も出ずに無事に親御さんにお返しすることができてほっとしました。

皆様の多大なご協力に心より感謝いたします。

様々なプログラムを実施しましたが、特に今回は東京から我妻先生と言う方においでいただき、快医学の講義と実践をしました。




我妻先生の見立てでは、講座当日来ていただいたお母さんも含めほぼ全員に甲状腺機能に問題ありとのことでした。
見た目にも腫れている子供も数名。
ほとんどの子どもの腎臓と膀胱にセシウム反応があるとのことでしたが、東京のこどもにも多く出ているので、不思議ではないと、先生がおっしゃいましたことを考えると、やはり心配です。

先生に推奨されたよもぎとスギナの薬草茶は、次の日につくば山の麓でみんなで採取し、作ることができました。


温熱療法のこんにゃく湿布を全員とても気に入って、毎晩喜んで実施いたしました。


タオルを持って並び、「こんにゃくお願いします」と言ってくる子供たちを見ると、
気持ち良いからにしても、それぞれ健康に対して不安を
抱えているのだなと思って切ない気持ちになりました。

これは多分福島に帰ってからも、続けられる方法だと思います。
講習では和裁用のコテアイロンを使って温熱療法をされています。

いずれ
快医学の講習会も開催したいと考えています。

期間中、5人ほど体調不良の子どもが出ましたが、ニンジンやバジルのエキスの塗布や
頭蓋仙骨手当などしましたら、ほどなく元気になりました。
快医学の霊験あらたか!

実際に様々な手当で体調回復したことを実感した子どもたちですので
きっと今後も、自分たちの健康を自ら守ることに前向きに取り組んでくれることと信じています。

帰る前日、石岡の佐藤有里さんが来てくださって、チェックをしていただいたところ
ほとんどの子どもが、「ほとんど回復している感じ」との事。

1年に一度でもこうやって
手当と保養をして、今後も継続的に気をつけていけば、ずいぶん違ってくるはずだと思います。

千葉工業大学の手島教授が学生さんを連れて、今年も来てくださいました。


うららフレンドハウスの田中さんや栗栖さんたちの折り紙教室も人気でした。



小張が担当した藍染ワークショップも大好評でした。



この日は常総生協の大石さんや弁護士の尾池さん丸山さんが来てくださり、
生協からそうめんと天ぷら油もたくさん差し入れていただきました。
そうめん流しの写真です。


その他、そば打ちや太鼓のワークショップ、


最終日の6日は原爆忌。


鶴文乃さんが始められた平和の鐘一振運動で、つくば市の北斗寺に朝行って、子どもたちも皆、心を込めて鐘を衝きました。
ちょっと生意気な子も、素直な気持ちで参加してくれたので、ジーンとしました。
食事作りや子どもの見守りなど本当にたくさんの人に助けられて、この保養キャンプが行われています。

今年も盛りだくさんのプログラムメニューでした。

昨年に続いて守谷の丸町グループ、水戸に避難している富岡町の木田さん、プロジェクトのメンバー、そして今年は土浦友の会の皆さんがお食事作りに絶大な力を発揮してくださいました。本当にありがとうございました。

小さい写真はクリックしていただくと大きく拡大して見ることができます。

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茨城の夏ゆっくらキャンプ2016

2016年06月02日 | 保養
◆2016年の保養キャンプ
7月31日(日)から8月6日(土)までの6泊7日の日程で保養キャンプを実施いたします。
小学生が中心ですが、保護者の付き添いがあれば、幼稚園生でも大丈夫です。
ゆっくりゆったり、していただけるような日程を組みたいと思っています。
 「ともいきの郷」がある本郷の地域は豊かな自然が広がる田園地帯です。
プール遊びやバーベキュー、そば打ちなど、色々な体験をして夏休みを楽しんでください。
メールや電話での申し込みをお待ちしています。
期間中、できれば親御さんが1泊でも一緒に参加してくださることを希望します。

キャンプ概要
受け入れ人数:子ども12名(保護者の参加も歓迎)  参加費:無料
宿泊場所:「ともいきの郷」 〒300-4102 茨城県土浦市本郷1403-1 
集合場所:福島駅西口午前9時半 




◆福島応援プロジェクト茨城は、福島の子ども達に対し保養キャンプの実施など、私たちにできる支援活動をやっていこうという趣旨で、2011年7月に結成されました。1回目のキャンプ(2011年8月16日から3泊4日)には、19名の子ども達と1名のお母さんが参加し、その後これまで計6回のプログラムを企画実施し86名が参加されてきました。
◆保養キャンプの拠点「ともいきの郷」
 2014年土浦市の筑波山麓のふもとにの古民家を購入し、保養キャンプなどの拠点「ともいきの郷」を整備いたしました。敷地は740坪(2450㎡)あり、前庭が広々としています。ここで子ども達に、自然体験や手創り遊びなどで、楽しい時間を過ごして貰いたいと思っています。 ここの空間線量は、山陰になっていたため茨城県の中でも格段と低く、福島に近いので、「ともいきの郷」が保養の場として果たす役割は大きいと考えています。



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「不思議なクニの憲法」上映会

2016年05月29日 | 保養
「不思議なクニの憲法」上映会を開催します。



主催 茨城の選挙を考える市民の会
監督 松井久子  上映時間122分  http://fushigina.jp/

6/12(日) 13:30開場 14:00~16:30上映会 
17:00~19:00 お話会

 映画を観たあとはお話しましょう(軽食付)

会場 つくばイノベーションプラザ (旧サイエンスインフォメーションセンター)
つくば市吾妻1-10-1 tel029-852-6789 
チケット 前売  1,000円 当日券  1,300円 高校生以下無料

いろんな人が、借り物でない自分の言葉で、憲法と政治とこの国のことを語っています。
憲法について話すために必要な材料を提供したうえで、
「で、あなたは?」とボールをこちらに投げかけて終わる映画です。
ともに考え、語り合いましょう!
この国の未来について。それを決めるのは政治家ではありません
憲法に保証された私たちの権利です。
 『憲法の未来 私たちが決める』

主催 茨城の選挙を考える市民の会 http://minaiba.jimdo.com 
〒305-0004 つくば市柴崎774-2  
問合せ連絡先(土浦市)小張090-9108-0464 (つくば市)長田090-7845-6599  
        永井070-5079-6308    (常総市)小滝050-3519-3846 
(牛久市)中川090-1777-6788  (取手市)森090-3348-4797  
  (石岡市)佐藤0299-42-3771 

支援:「私たちの主権」委員会 製作・著作: 株式会社エッセン・コミュニケーションズ

憲法には「私はどう生きるべきか」が書いてある。
この映画は、憲法論議が政治によって進められるのでなく、主権者である
私たち国民の間に広がることを願ってつくられたものです。
国のかたちをきめる憲法に、誰もが当たり前に関心を持ち、正しい知識を得、
そして理解を深めるために、歴史的事実を重んじながら
「意見」よりも日常に根ざした「人びとの声」に耳を傾けます。
怒りや憎しみから出発する議論は広がっていきません。
対立よりも冷静な選択を―。
私たち一人ひとりが個として大切にされる自由な社会を守りたい。
映画にメッセージがあるとすれば、その一点の「希い」のみです。

<映画の内容>
●立憲主義って何? ●歴史に学ぶ(敗戦から日本国憲法の成立まで) ●Peopleを主役に(国民主権)
●侵されてはならぬもの(基本的人権の尊重) ●封建的家族制度からの解放(男女平等)
●進む憲法の空文化(9条・戦争放棄をめぐって)
●戦後の日米外交史 ●沖縄は憲法を手にしているか ●未来に向けて―18歳選挙権と若者の政治参加
●そしてあなたは何を選ぶのか?(自民党の改憲案・護憲派の主張・護憲的改憲派からの提案)

声を上げる私たち 出演者
瀬戸内寂聴   作家
  孫崎享  元外交官・評論家
長谷部恭男  憲法学者・早稲田大学教授
赤松良子    (公法)日本ユニセフ協会会長・元文部大臣
三浦陽一    歴史研究家・中部大学教授
伊勢崎賢治  紛争解決請負人・ 東京外国語大学教授
船田元      自民党憲法改正推進本部長代行
カレル・ヴァン・ウオルフレン  オランダ人ジャーナリスト
竹下景子   ナレーション・俳優
   元山仁士郎  大学生・SEALDs
竪十萌子   弁護士・明日の自由を守る若手弁護士の会
原田謙介   若者と政治をつなぐNPO法人YouthCreate代表理事
水野スウ(母)  主婦・「紅茶の時間」主宰
中西万依(娘)  デザイナー
齋藤優里彩  制服向上委員会・アイドル
日比野和真  高校生
土屋聖子   主婦
辻仁美    主婦・安保関連法案に反対するママの会@埼玉
月股美子(母)  自衛隊員の母
月股可菜子(娘)自衛隊員の姉
高塚愛鳥    フリーター・デモ「戦争したくなくてふるえる。」発起人
安積遊歩(母)  ピアカウンセラー
安積宇宙(娘)  学生
長井鞠子   会議通訳者
小林照子   美容研究家
松本侑壬子  映画評論家
宮崎絢子   ボイスコンサルタント&ボイストレーナー


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「茨城の選挙を 市民の目線で考える会」開催

2016年03月07日 | 保養
#‎みんなで選挙‬

「茨城の選挙を
市民の目線で考える会」開催します。


2016年3月13日(日)午後1時半~4時 
コープつちうら 土浦市小松1-4-27
2Fコミュニティールーム


 現政権は秘密保護法や安保法制を強行採決し、今度の選挙で3分の2以上の議席を確保したときには、総理大臣に強力な権限を与える「緊急事態条項」を新設し、改憲に乗り出すと宣言しています。こんな憲法無視のやりたい放題を許してきたのは、私たち国民が政治家に任せっきりにしてきたためです。   

 私たちの手に平和な生活を取り戻すには選挙から !

 今、日本中で、”市民選対連絡会「ミナセン(みんなで選挙)」”という運動が、湧き上がっています。ミナセン結成の火付け役といっても過言ではない座間宮ガレイ氏が、各地で開催している選挙勉強会の動画をみんなで視聴し、自分たちに何ができるのかを話し合う会を開きたいと思います。是非ご参加ください。

視聴する動画 
IWJ 2016/1/10 激おこ!選挙勉強会 in 東京 ―座間宮ガレイ氏、古賀茂明氏

連絡先 小張090-9108-0464 

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緊急事態条項の危険性

2016年01月29日 | 保養
安倍首相が憲法に緊急事態条項というものを新設すると宣言しています。
これは日本を独裁国家に落としめてしまう恐ろしいものです!
お友達が、緊急事態条項の危険性についてブログ「原発報道あれこれ-」にまとめてくださったのでぜひご覧になってください。

http://tratnou.cocolog-nifty.com/blog/

2016/01/15  361 緊急事態条項 1
およそ1年半振りにブログを再開します。「まとまったものを書けるまでお休みしよう」と思っていたら、政治状況の方が坂道を転げ落ちるように悪くなっていき、今や「まとまったものを書く」などという贅沢なことを言っていられない状況になってしまいました。
◆ 断崖絶壁
私たちは今、断崖絶壁に立たされています。断崖絶壁とは、言うまでもなく、民主主義国家だと思っていた日本が、緊急事態条項を新設する改憲によって独裁国家に転落するかどうかの瀬戸際に立っているということです。
◆緊急事態条項(自民党改憲案 98条、99条)
改憲の危険性が話題にされる時、多くの人が思い浮かべるのは戦争放棄を定めた「9条」でしょう。「9条さえ手を付けられなければ安心」と思っていたら本当の危険性を見逃すことになりかねません。年末年始にかけて、安倍政権は緊急事態条項の新設に言及していて、全国紙などでは「ハードルの低いお試し改憲」などと書かれていますが、とんでもないことです!
◆万能のカードジョーカー
緊急事態条項は、IWJの岩上安身さんも言っているように「万能のカードジョーカーに等しい」もので、「その一枚を手にするだけで、憲法の他の条項を無にしてしまうことができるものです。総理大臣が全権を手に入れてしまい、国民の反対の多い9条の改正などは必要なくなってしまう」のです(http://iwj.co.jp/wj/open/archives/279662)。これは戦前の治安維持法に、あるいはナチスの全権委任法に匹敵するものです[参照(g)の解説]。こんな項目が新設されたら日本はあっというまに独裁国家になってしまいます。でも、この緊急事態条項の危険性は、まだまだ多くの人の共通認識にはなっていません。


そこでなるべくA4判一枚にコンパクトにまとめようと協力して
チラシを作ってみました。
先日の「福島の声を聞く会」でプリントして配布しました。
こんな恐ろしい条項を通させてしまったら
日本はおしまいです。
今年の選挙は私たちの正念場ですね。



以下のサイトも是非ご覧になってみてください。
【参考サイト】
(a) 日本国憲法改正草案 Q&A(増補版)PDFファイル   
  https://www.jimin.jp/policy/pamphlet/pdf/kenpou_qa.pdf
(b) あすわか(明日の自由を守る若手弁護士の会)作成動画6分 
 「憲法が変わっちゃったらどうなるの?~自民党案シミュレーション~」他 
    http://www.asuno-jiyuu.com/
(c) 2016/01/11 岩上安身による升永英俊・弁護士インタビュー ~
  緊急事態条項について http://iwj.co.jp/wj/open/archives/281877
(d) 永井幸寿弁護士インタビュー 2015/12/19 
  「国家を守り、人権を制限するのが国家緊急権」  
   http://iwj.co.jp/wj/open/archives/279662
(e) 澤藤統一郎の憲法日記:
  アベ政権の「緊急事態条項」は、ナチスの「全権委任法」にそっくりでは
  ないか http://article9.jp/wordpress/?p=6154
(f) 小口幸人さんに聞いた 緊急事態条項の導入は
  「災害」を名目にした「戦争への準備」(その2)
     http://www.magazine9.jp/article/konohito/23097/ 
(g) 「次の選挙が自由主義下での最後の選挙になってしまう」!?~
   2016/01/18ノンポリのママ弁護士がスイッチ「強」に!岩上安身による
  武井由起子弁護士インタビュー http://iwj.co.jp/wj/member/archives/43876
(h) 孫崎享 日本外交と政治の正体 
  「緊急事態条項」は独裁国家成立への道(日刊ゲンダイ 2016年1月22日) 
   http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/173899/2
(i) 日本弁護士連合会「憲法って、何だろう?」 
  http://www.nichibenren.or.jp/activity/human/constitution_issue/what.html

◆原発事故と緊急事態条項
脱原発を望む人たちにとって、緊急事態条項はどのような影響があるでしょうか?
たとえば、福島のような原発事故が起こった時のことを考えてみます。全ての権限が総理大臣に集中する状況で、「強力なリーダーシップで事故を収束させ、早い速度で被災地を復興させてくれるだろう」と期待していたら、全く逆のとんでもないことが起こる可能性もあるのです。

原発が事故を起こした場合、それが発表されない可能性もあります。飯館村がそうだったように、放射性プルームが飛んできても知らされずに汚染地帯に留まり続け、気が付いた時には既に被曝していたということにもなりかねません。

東日本大震災の後、被災者支援・立法提言活動に奔走してきた経験から、小口弁護士は災害時における緊急事態条項の危険性を指摘しています。少し長くなりますが、以下に抜粋・転載します(1)。

◆戦争中、隠蔽された二つの大地震
【小口】(前略)実は、第二次世界大戦末期の1944年12月には東南海地震、1945年の1月には三河地震と、それぞれ震度7クラスの地震が起きているのですが、みなさんご存知ないですよね? 実は、戦争に悪影響を与えるということで情報統制されて、当時もほぼ「なかったこと」にされたのです。十分な復旧復興活動も行われませんでした。

◆通信、報道規制による隠蔽
東日本大震災を経験した者からすると、一番怖いのは、原発事故を隠されることです。自民党の改憲案なら、それが可能です。内閣が緊急事態を宣言して、「災害復旧活動の混乱を招くような報道やデマに繋がる通信は規制する」ということで、報道については事前規制を、インターネットについては通信規制をして、違反者への罰則を定めてしまえば、原発事故は簡単に「なかった」ことにできると思います。

なんせ放射能は見えないんですから、ガイガーカウンターで測定でもしない限りはわからない。東日本のときも、原発事故に関する情報は、みんな国と東電の記者会見に依存していましたよね。例外はツイッターぐらいでした。あのときのことを思い出していただければ、絵空事ではないことがお分かりいただけると思います。

◆情報伝達の方法がなくなる
【編集部】誰かがガイガーカウンターで測定したとしても、その情報を拡散する術がないですね。

【小口】そうなんです。情報を伝達する方法がなくなる、というのは本当に恐ろしいものです。自分が見聞きしたもの以外は知ることができないんですから。
 災害直後という、ただでさえ通信が不十分になり混乱しているときは、どうしても政府からの情報に依存しがちです。4年前の原発事故のときだって、みんな、固唾を呑んでテレビで東電や枝野官房長官の記者会見を見ていたじゃないですか。緊急事態条項がなくてもあんな状態だったんです。更に国が情報を規制できる権限を憲法に定めたら、災害直後は、国が見せたいものしか見られなくなっても全然不思議ではありません。

◆避難もできない?
(中略)緊急事態宣言が出されて国家緊急権が発動される、なんていうことになったら…。いわゆる「御用学者」以外の学者やメディアは一切情報発信できなくなるし、移転の自由を制限して、住民の避難を止めることだってできてしまいます。国道は物資の輸送のために使用するから他の車両や人は一切通さないとか、いくらでも名目は立てられますから。(後略)



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福島の今を聞く会開催しました。

2016年01月28日 | 保養
1月16日の福島応援プロジェクト・茨城主催・・・福島の今・・・
【いまは福島のこと、いつかはあなたの町のこと】は、 25名の参加者を得て盛況のうちに終了しました。

当日中継されたIWJの映像は http://www.ustream.tv/channel/iwj-ibaraki1 
でアーカイブを見ることがきます。
また常総生協の大石副理事長さんが撮影してくださった動画がアップされていて、以下のURLからダウンロードすることができます。
http://firestorage.jp/download/b83f941ad029e0e179a7695562c1a20b4eeb97ab
17日に渋谷で開催されたお二人の話を聞く会の模様は以下で視聴できます。https://www.youtube.com/watch?v=KY-2c2CgQcw
https://www.youtube.com/watch?v=oB--V-l6QVQ#action=share

参加者もスタッフも初めて聞く凄い話が満載で、皆さん真剣にじっと耳を傾けておられました。三春町の飛田晋秀さんは取りためた被災地の写真の解説をしながら報告をしてくださいました。
地震や津波で押しつぶされた家がそのままになっている街に人の姿が一切無い!その気味の悪さ、おそろしさが伝わり、しかもいまだに高線量であることを証明する線量計とともに被災地の写真が次々プロジェクターからスクリーンに映しだされました。


飛田晋秀さんは取りためた被災地の写真の解説をしながら現状報告を。画面は、原発爆発後も富岡町に残り避難者に託された動物の世話 をしている松村直登さんについて話される飛田さん。松村さんは一旦はいわき市の親戚をたよって避難したものの「あんたは放射能で汚染されているから、家に 入れる訳にはいかない」と断られ頭にきて住民がいなくなった町に戻り、富岡町で暮らし
続けています。無人の町に出て様子を見に出たある日、誰もいないはずの町で「人間」に遭遇。その人はAP通信の記者で「富岡町の番人」として世界に発信してくれたのだそうです。しかし、国内では一部の報道しか伝えないために知らない人も多く、この日初めて聞いたという方がほとんどでした。松村さんの日常を 記録した中村真夕監督の映画「ナオトひとりっきり」は世界に発信され、昨年カナダで行われた映画祭でも高く評価されました。松村さんは海外での原発反対イ ベントに何度も招待され、フクシマ以降の福島を伝えています。飛田さんと木田さんは、昨年(2015年)の桜の季節に被災地の松村さん宅を訪ね、お話を聞かせていただいたとの事。

被災地では暴動も略奪も起きずに全て整然としていたように言われましたが、そうとばかりは言えなかったようです。コンビニに入ると必要なものを求めて長蛇の列ができているが、停電なので電卓だけが頼りの清算は時間がかかる。女性はみんなじっと待っているが、男性は手当たり次第に電池等をポケットに突っ込みお金を払わずに出て行ってしまう人が多かったという。そして頻発する泥棒団。 1時帰宅するたびに家が荒らされものが奪われて無くなっていくのを発見する。また、無人の家に人が入って暮らしている跡を発見する。お金がない原発収束作業員の下請けの人たちではないかと思われるとのこと。

木幡さんの住んでいた野上地域には避難の知らせが来なかったという。
大熊町には11日の夜にはいち早く避難のバスがきて多くの人が逃げたのだが、しかしこのバスに乗った人達はかえって大変な思いをしたのだそうだ。持病のある人が薬を持ち出せず、貯金通帳もお金も持ちだせずに着の身着のままで避難させられたのだそうだ。
情報の蚊帳の外に置かれた野上地区の人々は、ことの重大性を理解していた木幡さん夫婦などのリードもあって、帰れないということを認識して必要なものを持ち出して自家用車で逃げることができたのだ。

そして至る所で原発事故さえなければ救える命が、見捨てられ放置されていたのを、ごめんなさいと言いながら逃げるしかなかった苦しさを語る木幡さん。

原発立地である大熊町の行政は、他の町村に比べればはるかに多くの情報を手に入れることができた(この不平等にも驚かされ、怒りが湧いてくる)が、首長を始めとした担当者たちの原発事故による放射能の危険性に対する無知と、住民を救おうとする意識の薄さのために、多くの困難を強いられたという感がある。ヨウ素剤が用意されていたにもかかわらず、それを飲ませることの意味や必要性を、役所の人々が全く知らなかったということも怖いことだ。
大熊町は立入禁止だったが、猫や犬を置いて逃げださなければならなかったのでこっそりエサをやりに通った。しかし次々にやせ細って死んでいってしまった「ネコさん」や「犬さん」の事を語る声が詰まる。自衛隊や警察の方たちがそんなペットたちに餌をあげてくれていたことを、「とてもありがたかった」と感謝の言葉を述べ、野生の猿の姿が見えなくなっていることも心配気に話す木幡さんの優しさが胸を打った。

木幡ますみさんは徹底的な脱原発でありながら選ばれて、東京電力のモニターになっていたことがあったとのこと。
そして 2004年にモニターと東電の幹部が一堂に会し、第一原発を視察した時「こんな地下に非常用電源があったのでは役に立たないのではないか。自家発電機を安全なところに設置して欲しい」と要望したという。
その時勝俣は「メルトスルーは決して起きない」「だからそんな必要ない」「もしそんなことが起きたら謝る」と言ったそうです。
「でも、まだ謝りに来ないよ」「大勢のモニターがいて、みんな聞いていたんだから」
専門家では無い木幡さんがこんなに見抜かれていたことにも、驚かされました。


三番手の木田節子さんは発言者としてだけではなくスタッフとして準備から関わっていただきました。
そんなことから遠慮されたのか幾分いつもより控えめな発言でしたが、木田さんの生まれ故郷岩手県の原発を阻止し、昨年亡くなられた岩見ヒサさんの事跡と著書を紹介してくださいました。田野畑村には岩見さんの「吾が住み処 ここより外になしと思ふ 大気清澄にして 微塵とどめず」の歌碑が立つと言います。

木田さんはご自身のFacebookに「お話会より交流会、交流会よりその後、そして一泊していただき今朝の朝ごはんの時も、二人の話は途切れることなく問題発言いっぱいでした。」と記しておられます。木幡さんとは長いお付き合いなのに、初めて聞く話がいっぱいだったとのこと。場の雰囲気だったのか?今まで歯に衣着せない発言に対して、様々な抑圧を受けてきたのに、大熊町町議会選挙で上位2位の得票だったことが、木幡さんを支持する人が実は多かったという証で、吹っ切れてきた部分があるので はないかと思うと木田さんが言っておられました。木幡さんの魅力は何よりも明るさ。そして物事の本質を見る鋭さと、直感力。初めてお会いしましたが、いっぺんにファンになってしま いました。
『木幡さんは昨年の大熊町議選に立候補され、見事に当選!それもトップとはわずかな差の2位で。夫の木幡仁さんは以前大熊町の議員であったこともあり被災後にあった町長選に立候補してわずかな差で破れました。今回の町議選に立候補する件には大反対したそうです。震災以降避難所で「大熊の明日を考える女たちの会」を立ち上げ、ずっと走り続けてきたますみさんを心配してのことでしょうが「このままでいいのがい?」と反論するますみさんとは現在でも意見が合わないとか。そんな時には、震災後に生体間移植で自分の腎臓を提供した話を持ち出し「なんだかんだ言うなら腎臓返せ!って言ってやんだ」という話に、思わず爆笑。
※腎臓移植についてのお話はフォトジャーナリスト・山本宗補さんの写真集「鎮魂と抗い、3.11後の人々」(彩流社より出版)に紹介されています。夫婦で頑張ってきた、今も頑張り続けているお二人のエピソードです。

2次会は交流会。
木田さんを応援してくださる方から届いた差し入れの数々。新潟県津南町の人参ジュース、こんにゃくやおいしい島みかんもどれもみな美味しくいただきました。



『お話会が終わり、残った12名が参加した交流会でカンパーイ!
メニューは長田先生手作りの本格的なカレー3種とカボチャサラダ、イカと大根の煮物。

二間ぶち抜きの和室がある古民家だからできるお話会。皆さま、次の機会はぜひご参加を

おいしい、おいしい!と、何でも食べてくれたますみさん。この日は、翌日渋谷であった講演会に参加のため「ともいきの郷」に泊まっていただきました。
古民家でのひとときに帰れなくなった大熊町の自宅を思い出すのか、いいね!いいね!を連発。
「縁側の雰囲気、うちもこんな感じなんだ。うちは180年前の家を何回も何回も直して住んできたんだよ。震災前には台所を直したばっかりだったのにさ、180年経ってるから資産価値がないなんて言われて賠償の評価は二束三文。お金もらってっぺって言う人たちは、その辺の事情なんかわがんねえんだよな」・・そうなんだよね。』
上記は木田さんのFacebookから

大きな衝撃を受けたのは、ともいきの郷に泊まって翌朝起きてこられた木幡さんが、嬉しそうな晴れやかな笑顔でおっしゃった一言を聞いた事でした。
「久しぶりに大きな布団で眠れたのでゆっくりしました。とてもいい気持ちです」
一瞬、意味がわかりませんでした。私たちには消して潤沢な資金があるわけではないので、郷の布団は上等な布団ではありません。しかもシングルサイズの普通の布団です。
すると木幡さんは、続けて
「仮設住宅は狭いので、縮こまって寝ているんですよ。いつも。
昨日はおいしいもの食べさしてもらっていい布団で寝かせてもらってよかったです」と言われたのです。
こうやって交流して初めてわかることがいっぱいあります。
福島の子ども達だけではなく、仮設住宅におられる方々にも来ていただいて、時に手足を伸ばして休んでいただくことも、必要な支援だと、改めて思いました。

前日の交流会の残り物だけではなく、木田節子さんが小松菜のおひたしやお味噌汁、きんぴら、焼き魚など作ってくださったので、とっても豪華な朝ごはんになりました。小松菜や白菜は八郷の有機農家の佐藤守さん有里さんの差し入れでした。


昨晩の牛肉たっぷりでおいしい「芋煮」は木田節子さんの作品。大量の「焼き鳥」も木田さんの差し入れでした。



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